雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第三回

2015-06-30 10:06:32 | 二条の姫君  第一章
          第一章  ( 二 )


拝礼などの公式の儀式が終り、二条の姫君は自室にお下がりになられました。
すると,程なくして、あの御方からのお手紙が届きました。

「昨日の雪も今日よりは跡踏みつけむ、行く末」などと書かれています。
つまり、「昨日降り積もった雪にも、今日からは足跡を付けましょう、これから先いついつまでも」と、親しいお付き合いを伝えてきているのです。
紅の薄様の上質紙八枚に、濃い紅の単衣(ヒトエ)、萌黄の表着、唐衣、袴、三つ小袖、二つ小袖などが、衣類を包む布に美しく包まれて届けられています。

あの御方と申しますのは、姫さまの母方の御縁筋に当たられる西園寺実兼殿のことです。御歳二十三歳ですが、すでに家督を相続されている当主であられます。
この御方を、姫さまは密かに雪の曙さまとお呼びになって、お慕い申し上げているのです。

そうとは申しましても、新年とはいえあまりにも大仰な贈り物なので、そのままお返しするように言われましたが、ふと見ましたところ、その着物の袖の上に添えられた薄様の紙に歌が書かれております。

『 つばさこそ重ぬることのかなはずと 着てだになれよ鶴の毛衣 』
と、ありました。
つばさを重ねるなどと姫さまを思う気持ちが込められていますのに、むげにお返しすることなどなさらない方がよろしいかと申し上げますと、
姫さまは、「『 よそながらなれてはよしや小夜衣 いとど袂(タモト)の朽ちもこそすれ 』思う心の末空しからずは」とお手紙をお書きになり、それを添えて折角の贈り物をお返ししてしまいました。

「まだ本当に親しくなったわけでもないのに、この着物を肌身に着慣れてしまったりすれば、これまで以上に涙を流すことになり、わたしの夜着の袂は濡れて朽ち果ててしまうでしょう」と実にいじらしいご返歌なのです。
そして、あなたのお気持が将来も心変わりしないのであれば、いつかはつばさを重ねることが出来ますでしょう、と書き添えているのです。
姫さまのお気持が、いじらしくもあり、じれったくもあるのです。

その夜は宿直のお勤めでしたので、姫さまは出仕されました。
すると、その夜中頃に、裏口の戸を叩く人がありました。幼い女童が見に行きましたが、
「これを差し入れて、使いの人はさっさと帰ってしまいました」
と、一旦お返しした贈り物を手にしているのです。そして、新たに歌が添えられているのです。

『 契りおきし心の末の変わらずは ひとり片敷け夜半の狭衣(サゴロモ) 』
「愛を誓い合った二人の心が将来も変わらないのであれば、一人寝の衣として使って下さい」といった愛情のこもった御歌に、戸惑い気味の姫さまは、「いずれ、また、お返しせねば」と呟かれながらも、これ以上突き返すようなことは出来ないご様子でした。

一月三日、後深草院の御父上であられる後嵯峨法皇がお見えになられましたが、この時姫さまは、雪の曙殿より贈られた衣をお召しになっていました。
随行されておられました姫さまの御父上の大納言殿は、新しいお召物に気付かれ、
「なかなかに色も光沢も素晴らしい衣のようだが、御所さまより賜ったものなのか」
とお尋ねになられました。
姫さまは、僅かに頬を染めながらも、
「常磐井の准后さまより頂戴いたしました」
とお答えになりました。

常磐井の准后さまと申されるは、雪の曙殿の祖母であり、姫さまとも縁続きの御方であります。
まだまだ幼いと思っておりました二条の姫君でございますが、いつの間にか恋する女の嘘がつけるようになっていたのですねぇ。

     * * *



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