第一章 十四歳の春
第一章 ( 一 )
霞立つ初春の朝(アシタ)が、物語の始まりでございます。
新年の朝、まだ明けやらぬうちから、後深草院の御所には女房たちが数多出仕されてきています。
いずれも、今朝の晴着は何日も前から選びぬいたものなのでしょう、いずれも華やかで姸(ケン)を競い合うように居並んでいます。
その咲き乱れたかのような女房たちの間を、わが二条の姫君も姿をお見せになられ、上段へと進まれています。
その御装束と申しますと、蕾紅梅でしょうか、表は紅梅・裏は蘇芳といった実に愛らしい七つ襲(ガサネ)に紅の袿(ウチギ)、萌黄の表着(ウワギ)、その上には赤色の唐衣をお召しになられています。さらには、梅唐草を浮き織にした二つ小袖に、唐垣に梅を縫ってあるものを着ておられます。
艶やかな女房たちの中にあって、ひときわ輝いていて匂い立つようでございます。
二条の姫君、十四歳の初春でございます。
さて、正月元日から三日までの間は、上皇であられる後深草院は屠蘇などを服されます。
邪気を払うための恒例行事で、今朝の御給仕役には久我大納言殿が伺候されておられます。村上源氏の血筋であられるこの御方は、二条の姫君の実の父親でございます。
公式の儀式が終わりますと、御所さまは内の部屋に移られ、大納言殿や台盤所の女房たちをお召しになって、いつもの通りの酒宴となります。
大納言殿が、表での儀式で三三九と申しまして九度の献盃をなされていましたので、
「内々の御事でも、その数だけ頂戴致しましょう」
と、申し上げられましたが、
「いやいや、この度は、九三であるべし」
と、御所さまは仰せになられます。九三とは、九盃を三回、つまり二十七盃ということになります。
このような調子でございますから、御所さまも大納言殿も、伺候する女房たちまでもが酔いつぶれんばかりの宴となっていきます。
宴もたけなわの頃、御所さまは自らの御土器(カワラケ)を大納言殿に与えられながら、
「この春より、たのむの雁もわが方(カタ)によ」
と申されました。古歌を引用されて、そなたの娘もわが方に与えよ、との仰せなのでございましょう。
大納言殿はたいそう畏まった様子になり、九三の返しも終えて退出されていきました。
何かしら、御所さまと密やかなお話があったやにお見受けしましたが、それが何であったかなど、二条の姫君には想像することさえできませんでした。
* * *
第一章 ( 一 )
霞立つ初春の朝(アシタ)が、物語の始まりでございます。
新年の朝、まだ明けやらぬうちから、後深草院の御所には女房たちが数多出仕されてきています。
いずれも、今朝の晴着は何日も前から選びぬいたものなのでしょう、いずれも華やかで姸(ケン)を競い合うように居並んでいます。
その咲き乱れたかのような女房たちの間を、わが二条の姫君も姿をお見せになられ、上段へと進まれています。
その御装束と申しますと、蕾紅梅でしょうか、表は紅梅・裏は蘇芳といった実に愛らしい七つ襲(ガサネ)に紅の袿(ウチギ)、萌黄の表着(ウワギ)、その上には赤色の唐衣をお召しになられています。さらには、梅唐草を浮き織にした二つ小袖に、唐垣に梅を縫ってあるものを着ておられます。
艶やかな女房たちの中にあって、ひときわ輝いていて匂い立つようでございます。
二条の姫君、十四歳の初春でございます。
さて、正月元日から三日までの間は、上皇であられる後深草院は屠蘇などを服されます。
邪気を払うための恒例行事で、今朝の御給仕役には久我大納言殿が伺候されておられます。村上源氏の血筋であられるこの御方は、二条の姫君の実の父親でございます。
公式の儀式が終わりますと、御所さまは内の部屋に移られ、大納言殿や台盤所の女房たちをお召しになって、いつもの通りの酒宴となります。
大納言殿が、表での儀式で三三九と申しまして九度の献盃をなされていましたので、
「内々の御事でも、その数だけ頂戴致しましょう」
と、申し上げられましたが、
「いやいや、この度は、九三であるべし」
と、御所さまは仰せになられます。九三とは、九盃を三回、つまり二十七盃ということになります。
このような調子でございますから、御所さまも大納言殿も、伺候する女房たちまでもが酔いつぶれんばかりの宴となっていきます。
宴もたけなわの頃、御所さまは自らの御土器(カワラケ)を大納言殿に与えられながら、
「この春より、たのむの雁もわが方(カタ)によ」
と申されました。古歌を引用されて、そなたの娘もわが方に与えよ、との仰せなのでございましょう。
大納言殿はたいそう畏まった様子になり、九三の返しも終えて退出されていきました。
何かしら、御所さまと密やかなお話があったやにお見受けしましたが、それが何であったかなど、二条の姫君には想像することさえできませんでした。
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