「敏感期」というものが
存在するということ…
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自然は早期の(正しい)教育に味方している
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遊びの価値を問い直す著書の中で、
そんな言葉を目にしたことがあります。
敏感期とは、とても本能的なもので、
人間の生まれ持ったプログラムが作動して
起こる現象ですね。
現在はそうした自然のプログラムを誤作動させてしまう環境も多いので
子どもの敏感期を見たことがない、気づかなかった…とおっしゃる方がいます。
敏感期という名前では呼べないけれど、
わが子の成長を見ていると、小学生には小学生の
中学生には中学生の
高校生には高校生の
幼児期の敏感期に似たものがあるんだな~
と実感しています。
娘も息子も小学校の高学年になった頃は
抽象的な概念の理解と興味が急速に発達する時期がありました。
読んでいた本ががらりと変わり
難しい言葉を好み
理屈っぽくなりました。
必ずしも学校の成績に直通するわけではないけれど、
子どもの内部で
何かが急速に変化しているのがわかるのです。
高校生になると
自分の夢や生きていく道
社会への関心を口にするようになりました。
失敗から主体的に学んだり、自分のさまざまな可能性を模索し
人間関係を深めていこうとする姿は
小中の頃あまり見られなかったものです。
そうした内側の成長の線は、外から見ると
上ったり下がったり、
停滞していたり…。
うちの子たちというのは、学校の先生のような立場から眺めると
困った子、ちゃんとベストを尽くさない子、言うことを聞かない子、
ミスの多い子だったりします。
でも、本人の中では停滞している時期は、エネルギーを溜めている時期でもあって
その後の爆発的な成長の兆しでもあることは
身近にいる私には
よくわかります。
何か困難や壁にぶつかると
精神的な面が劇的に成長し
自覚が生まれているのがよくわかるのです。
また物事を大きな視野から眺めるようになり、
自分の経験を正確に把握したことが感じとれるのです。
最近、娘が精神的な面で、幼児期の「敏感期」にも似た
急速な成長期にあるのを感じています。
娘は社会にでる一歩手前の時期の今、
「自立」という部分で成長し続けています。
心の自立、金銭的な自立、
自分の身の回りのことを責任持ってする自立、
社交的でありながら自分の意見をしっかり持つという対人面での自立、
自分の過去からの願いや考え方を振り返り、人生の目的をしっかり定めて生きていこうとする自立
そうした面で、親の私がどうあがいても与えることが出来ないほどに
内の衝動に促されて成長していってるのです。
もう少し続きます。
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存在するということ…
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遊びの価値を問い直す著書の中で、
そんな言葉を目にしたことがあります。
敏感期とは、とても本能的なもので、
人間の生まれ持ったプログラムが作動して
起こる現象ですね。
現在はそうした自然のプログラムを誤作動させてしまう環境も多いので
子どもの敏感期を見たことがない、気づかなかった…とおっしゃる方がいます。
敏感期という名前では呼べないけれど、
わが子の成長を見ていると、小学生には小学生の
中学生には中学生の
高校生には高校生の
幼児期の敏感期に似たものがあるんだな~
と実感しています。
娘も息子も小学校の高学年になった頃は
抽象的な概念の理解と興味が急速に発達する時期がありました。
読んでいた本ががらりと変わり
難しい言葉を好み
理屈っぽくなりました。
必ずしも学校の成績に直通するわけではないけれど、
子どもの内部で
何かが急速に変化しているのがわかるのです。
高校生になると
自分の夢や生きていく道
社会への関心を口にするようになりました。
失敗から主体的に学んだり、自分のさまざまな可能性を模索し
人間関係を深めていこうとする姿は
小中の頃あまり見られなかったものです。
そうした内側の成長の線は、外から見ると
上ったり下がったり、
停滞していたり…。
うちの子たちというのは、学校の先生のような立場から眺めると
困った子、ちゃんとベストを尽くさない子、言うことを聞かない子、
ミスの多い子だったりします。
でも、本人の中では停滞している時期は、エネルギーを溜めている時期でもあって
その後の爆発的な成長の兆しでもあることは
身近にいる私には
よくわかります。
何か困難や壁にぶつかると
精神的な面が劇的に成長し
自覚が生まれているのがよくわかるのです。
また物事を大きな視野から眺めるようになり、
自分の経験を正確に把握したことが感じとれるのです。
最近、娘が精神的な面で、幼児期の「敏感期」にも似た
急速な成長期にあるのを感じています。
娘は社会にでる一歩手前の時期の今、
「自立」という部分で成長し続けています。
心の自立、金銭的な自立、
自分の身の回りのことを責任持ってする自立、
社交的でありながら自分の意見をしっかり持つという対人面での自立、
自分の過去からの願いや考え方を振り返り、人生の目的をしっかり定めて生きていこうとする自立
そうした面で、親の私がどうあがいても与えることが出来ないほどに
内の衝動に促されて成長していってるのです。
もう少し続きます。
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