なんとも痛ましい事故である。知的障害者、あるいは心神喪失状態においての事故には責任能力がないと判断されているのが現状である。これと似たような事件では認知症の高齢男性が線路に侵入し列車にはねられ死亡したが、鉄道会社が列車破損、ダイヤ遅延などの損害賠償を両親に請求するも、認知症ということで責任能力がないと棄却された。
しかし今回は殺人事件である。亡くなった管理人は障害者家族からの依頼で良かれと思いこの障害者に接触した。管理人の親族の気持ちは内心忸怩たる思いであろう。おそらく今後、このような判決があれば、頼まれごとがあっても「障害者の方との関わり合いはこちらの身に危険があるのでお断りします」という世の中になるかもしれない。
障害者を差別するなという気持ちはわかる。でもこのような判例があれば差別ではなく「区別」されるようになってもおかしくない。前項で記載した高齢者施設窒息死事件の判例のように、「関わったらこちらがひどい目に合う」という意識が広まることが懸念される。
まさに世の中が変わりそうな判例である。
しかし今回は殺人事件である。亡くなった管理人は障害者家族からの依頼で良かれと思いこの障害者に接触した。管理人の親族の気持ちは内心忸怩たる思いであろう。おそらく今後、このような判決があれば、頼まれごとがあっても「障害者の方との関わり合いはこちらの身に危険があるのでお断りします」という世の中になるかもしれない。
障害者を差別するなという気持ちはわかる。でもこのような判例があれば差別ではなく「区別」されるようになってもおかしくない。前項で記載した高齢者施設窒息死事件の判例のように、「関わったらこちらがひどい目に合う」という意識が広まることが懸念される。
まさに世の中が変わりそうな判例である。