goo blog サービス終了のお知らせ 

六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

デフレ? 私たちの責任ではない!(キッパリ)

2009-12-01 18:03:53 | 社会評論
 陽気がよいので自転車で農協の野菜の直売所に買い出しに行きました。
 冬野菜がいろいろ出回っています。
 明日から天候が崩れるというので、少しまとめて買いました。
 自転車の前かごには乗りきらないのを、かなり無理をして乗せました。鼻先に突き出たネギの葉がプンプン匂います。ハンドルも重くなって危険なので、車の通らない裏道を選んでの安全運転です。
 白菜と小カブは漬け物にするつもりです。
 買ったもののリストは以下のようです。

     大根(中の大)   一本
     白小カブ  六玉・葉付き
     白菜(中)    一個
     ほうれん草  一束
     小松菜    一束
     水菜     一束
     京人参    二本
     里芋(赤芽) 一袋(一〇個ぐらい)
     さつまいも・中 二個
     長ネギ   一束(七本)


 さて、以上10品、締めていくらでしょう?
 読み進む前に、ここで止まって推理してみて下さい。

  
    写真に撮ったのはちょうど半分、このほかに白菜、水菜、小松菜
    里芋、薩摩芋が。よく自転車の前かごに乗ったものです。ネギの
    葉先が鼻をくすぐったのももっともです。


 
 その価格の内訳と合計は以下の通りです。

     大根(中の大)   一本       50円
     白小カブ  六玉・葉付き      80円   
     白菜(中)    一個        120円
     ほうれん草  一束        100円
     小松菜    一束         50円
     水菜     一束 60円
     京人参    二本        130円
     里芋(赤芽) 一袋(一〇個ぐらい)   160円     
     さつまいも・中 二個 100円
     長ネギ   一束(七本)       100円


 で、合計は950円でした。

 世の中、デフレスパイラルだとかで騒いでいますが、要らないものを買ったり、高いものを買ったりするのはまっぴらゴメンです。
 ましてや私の場合、やまと生命の放漫経営による破綻のせいで、本来受け取れるはずの個人年金が半分以下に減少し、欠落期間もある国民年金と合わせても月収10万を切るような身分にあっては、お金は使わないためにあるのです。

 だいたい、需要があるからものを作るのではなく、ものを作ることによって需要を後から生み出そうという逆立ちした投機的な生産システムにあっては、急に首になったりする不正規労働者や、首にはならないまでも私のように収入減になった人々が、ある日気付いたら、今まで要ると思わされていたものが実は要らないものばかりであることに思い至り、消費を抑制することは当然のことで、それによって経済が破綻することも十分考えられることなのです。
 いくらエコだのデジだのと耳元で騒がれようが、要らないものは要らないとお断りする以外ないのです。

 ちょっと投機的な生産の思惑が外れると、今まで冨を生みだしてくれた労働者を平気で首にし、それによって生み出された利益はしっかりと自分の懐にねじ込みながら、「お前らが消費しないからダメなのだ」とは「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん」というものでしょう。
 デフレスパイラルを脱出するには、まず大資本は内部留保を取り崩してでも働く人々を首にせず、その収入を守ることです。そうすれば人々は前途に安心を見出し、本当は要らないのだけど少しぐらい買ってやろうかという気持ちになるかも知れません。

 日本を代表するビッグビジネスのTだとか、経団連会長の母体企業Cなどが、率先して不正規労働者を路頭に迷わせるようではまあ、なにをかいわんやでしょうね。

 私は、要らないものは要らないをコンセプトのもとに、どうしても要るものはまず百均、そして地産の直売所通いと、すくなくともTVのコマーシャルに踊らされた金は絶対に使わないと心に決めたのです。
 かくしてお金を使うリッチな気分以上の「使わない」リッチな気分を体得した私ですが、留保した条件がひとつあります。
 それは、こうして爪に火を点す思いで節約したお金を、世慣れした人たちがまったく無駄と思われるような所へ使う自由です。

 くだらないエコノミーの循環からの自由という視点に立つと、デフレだのインフレだの騒ぎ立てなければならないるようなシステムそのものがばかばかしく思えます。
 むろんこれは、そこで働かざるを得ず、利用だけされて放り出された人たちをバカにしているのではありません。そうした人たちの当面の安定を確保するのはこのシステムで巨大な利益を上げてきた連中の責任ですし、是非ともそれを実現すべきでしょう。

 しかし、いずれにしても一歩離れてみて、要らないものの生産の拡大と要らないものの消費の拡大とで成り立ち、そのバランスが崩れるやパニックに陥るこの奇妙なシステムそのものにメスを入れるべきだろうと思うのです。


 



  
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする