

私の近くでは、先週末ぐらいでほとんどの田の収穫が終わった。
ただし、昨日通りかかった大垣を中心とした西濃付近では、まだ刈り入れをしていない田の方が多いようであった。おそらく今週末ぐらいから一斉に始まるのだろう。


この間も書いたが、稲を刈ったばかりの田には独特の芳香が漂う。その香の説明は私の筆の能力に余るが、早苗を田に差し込む時のあの匂いとも、青田を渡る風の匂いとも、そしてまた、新米として食卓にのぼる折の匂いとも違う独特の芳香である。強いていうなら、稲という草が大地から切断される際に放つ残り香というほかはない。
だからその香はとてもはかない。刈った瞬間としばらくの間は強く鼻孔を刺激するが、翌日にはもうその香の大半は失せてしまっている。


こうして田は、約半年の休養に入る。
来春、再び田が早苗で賑わう頃が待ち遠しいが、反面、これっきりで田としての機能を終えるところもまた出てくるだろう。
律令以来と云われるこの地の田が、目の前で消滅してゆくのは淋しい。
これはどこか、商店街がシャッター通りになるのを目撃することに通じるのかもしれない。


田から稲の匂いが消えるのを追っかけるように、金木犀の匂いが漂いはじめた。