
ニーチェを理解していると強弁はしません。
ただ、いろいろ学ばせてもらったのみです。
そのひとつは「疎外論」からの脱却です。
疎外論はいいます。
現実の頽落した生に対し、「本来的な生」があると。
しかし、ニーチェはいいます。
この現実の生こそがまさに生きているということなのだと。
これは彼の「神は死んだ」という言葉とも通底します。
しかし、だからといって何でもありではありません。
自分の生き方を自分で見出さなければならないのです。
「セ・ラ・ヴィ」と自分の人生を引き受けなければならないのです。
そんな彼の膨大な詩、ないし詩的な韻文から私の琴線に触れたものを。
なお、タイトルは私が勝手につけました。
句読点はいじっていますが、訳文は尊重しています。
(『ニーチェ全詩集』人文書院より)

*金貨
ここに金貨が転がって わしは金貨と遊んでいたのに・・・・
ほんとは金貨がわしを手玉にとって・・・・
ころがったのはわしだった!
*解釈
ぼくがぼくを解釈すると、ぼくはぼくを欺いてしまう
ぼくは自分でぼく自身の解釈者になることはできない
しかし自己自身の道程を登ってゆく者でさえあれば
ぼくの姿をも もっと明澄な光に近づけて見ることができるだろう
*もっと美しいもの
どんな美しい肉体も・・・・ヴェールにすぎぬ、そのなかに
恥じらいながらも・・・・もっと美しいものが包み込まれている・・・
*偶然
君が「偶然なんて存在しないよ!」と言ったのは
すべての勝利者が決まって言うせりふだ
*偶像
君が偶像を引き倒したことではなくて
君のなかにいる偶像崇拝者をぶっ倒したこと
それが君の勇気だった
*意志の力
意志は救済する
なんにもしない人にも
その「なんにもしない」ことがわずらわしくなる
*法則
新しい声がもはや語らぬとき
君たちは古い言葉からつくったものだ
法則とやらを
生命が硬直すると 法則が塔にようにそびえ立つ
*子供
君はこわれやすいのか?
だったら 子供の手に用心するがいい!
何かをこわさなければ
子供は生きていけないんだ・・・・
*回帰ないしは転向
また二番せんじ、むしかえしをやってるな
やっこさん もうくたびれたと見える
むかし通った道を、いまさら捜すなんて・・・・
つい最近までは前人未到のものを愛していたのに!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ひそかに燃えつきてしまったのだ
といっても 自分の信念のためではない
信念を持つだけの
勇気がもうなくなったからなのだ
*牛乳とチーズ
彼らの心には牛乳が流れている
しかし 悲しいかな!
彼らの精神はチーズのように固いのだ
*真理
意識的に、故意に
うそのつける詩人だけが
真理を語りうる
*ザリガニ的言辞
これはザリガニ、どうも虫が好かん
つかめば、はさむし
はなせば あとずさりして行く
*月の中の男
夜だ またもや あぶらぎった月の顔が
屋根屋根の上をうろつく
あらゆる雄猫のうちで いちばん やきもちやきの彼
すべての恋する者たちをねたましげに眺めやる
この青白い あぶらとりの「月のなかの男」は
あらゆる暗いすみずみを みだりがましく はいまわり
半ば閉じられた窓に のっそり身をよせかけ
好色の あぶらぎった坊主のように
夜ごと 厚かましくも 禁断の道をかよう