私は図書館に行くことにした。
この前借りてきた「人生のサンタク」と言う本は(アナタはこの場合にどういう行動を取りますか?とABCの三択を選ぶ問題形式になっていて、そのどれが心理学的に良いものか解説してある本)、kekeにも好評で、私とkekeは2回読み返した。
それから本によっては、kekeも読むんだなと思い、また図書館に通い始めたのである。
「本を選ぶので時間が掛かるから、お昼は遅くなるかもしれない」と言うと、いいよ~と言う。
今回借りてきたので一番読んだのは「家族、友人、自分が「うつかな?」と思ったとき読む本」である。
リンク先の紹介を読むと内容は分かると思う。
身近な人がうつかな?と思った時の接し方や心構えが分かりやすく書かれているのである。
一部抜粋させていただくと
・大事なのはそんなふうにすれば相手が元通りになる、と短絡的に思い込まないことです。
ただ見守るのです。 元通りになるかどうかは、本人にも、あなたにもわかりません。
だから本人は苦しいし、あなたも苦しいのです。
(中略)
「これをすれば治るのか」と言う短絡的な考えが、自分や相手を追い詰めていってしまいます。
穏やかであきらめない、やわらかなやさしい強さを、私達は持ち続けていかなければ
いけません。
・「相手にこんなふうにしてほしい」と期待したり、「こんな相手であってほしい」と役割を求めれば
求めるほど、相手は追い詰められ、関係はうまくいかなくなっていきます。
(中略)
相手に対する期待は、自分自身のことが大好きな気持の裏返しなのです。
ですから相手に「自分のためにこんなことをしてほしい」、「自分のためにこんなあなたでいて
ほしい」と思うのです。
(中略)
期待ではなく希望をもって、どうすれば二人の関係がよくなるのか、どんな形であれば相手は
ストレスをちゃんと自分の中で消化し、成長と言うキーワードに変えて前に進んでいけるのかを
考え、一歩一歩、一つずつ積み重ねていってください。
と言うどこかに貼っておきたいような心得が幾つも書いてあるのである。
(こうして文章にされたり、言われないと気がつかないところが少し情けないが。)
kekeに図書館で本を借りてきたんだよ、と言い、面白そうな本があれば読んでいいよと何冊もの背表紙を見せた。
そして、「勉強も全然してないで、つい本を読んじゃうなぁ」と言った。
kekeは「勉強してるじゃん」と言うので、「アハハ、勉強って言うのはこう言うのだよ」と私は建設業経理士の本を見せた。
そしてハッとした。
「私は今まで資格だけが勉強だと思っていたけれど、こっちも勉強なのか?」
と「うつかも?」の本をながめた。
少なくてもkekeは今の私を「勉強している」と思って(肯定して)くれているのだ。
どうしてそれを私が否定してしまうんだろう。
この前借りてきた「人生のサンタク」と言う本は(アナタはこの場合にどういう行動を取りますか?とABCの三択を選ぶ問題形式になっていて、そのどれが心理学的に良いものか解説してある本)、kekeにも好評で、私とkekeは2回読み返した。
それから本によっては、kekeも読むんだなと思い、また図書館に通い始めたのである。
「本を選ぶので時間が掛かるから、お昼は遅くなるかもしれない」と言うと、いいよ~と言う。
今回借りてきたので一番読んだのは「家族、友人、自分が「うつかな?」と思ったとき読む本」である。
リンク先の紹介を読むと内容は分かると思う。
身近な人がうつかな?と思った時の接し方や心構えが分かりやすく書かれているのである。
一部抜粋させていただくと
・大事なのはそんなふうにすれば相手が元通りになる、と短絡的に思い込まないことです。
ただ見守るのです。 元通りになるかどうかは、本人にも、あなたにもわかりません。
だから本人は苦しいし、あなたも苦しいのです。
(中略)
「これをすれば治るのか」と言う短絡的な考えが、自分や相手を追い詰めていってしまいます。
穏やかであきらめない、やわらかなやさしい強さを、私達は持ち続けていかなければ
いけません。
・「相手にこんなふうにしてほしい」と期待したり、「こんな相手であってほしい」と役割を求めれば
求めるほど、相手は追い詰められ、関係はうまくいかなくなっていきます。
(中略)
相手に対する期待は、自分自身のことが大好きな気持の裏返しなのです。
ですから相手に「自分のためにこんなことをしてほしい」、「自分のためにこんなあなたでいて
ほしい」と思うのです。
(中略)
期待ではなく希望をもって、どうすれば二人の関係がよくなるのか、どんな形であれば相手は
ストレスをちゃんと自分の中で消化し、成長と言うキーワードに変えて前に進んでいけるのかを
考え、一歩一歩、一つずつ積み重ねていってください。
と言うどこかに貼っておきたいような心得が幾つも書いてあるのである。
(こうして文章にされたり、言われないと気がつかないところが少し情けないが。)
kekeに図書館で本を借りてきたんだよ、と言い、面白そうな本があれば読んでいいよと何冊もの背表紙を見せた。
そして、「勉強も全然してないで、つい本を読んじゃうなぁ」と言った。
kekeは「勉強してるじゃん」と言うので、「アハハ、勉強って言うのはこう言うのだよ」と私は建設業経理士の本を見せた。
そしてハッとした。
「私は今まで資格だけが勉強だと思っていたけれど、こっちも勉強なのか?」
と「うつかも?」の本をながめた。
少なくてもkekeは今の私を「勉強している」と思って(肯定して)くれているのだ。
どうしてそれを私が否定してしまうんだろう。