きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

はじめの一歩

2012-01-21 | 息子keke
買い物から帰ってくると、寝ているkeke。。。。

まだ午後1時じゃないか。
仕事に行ってて知らなかったが、こんな感じでいつも午後は寝ているのだろう。。。

だから最近、私が帰ってくるとちょうど起きてくるのだ。

普段は仕事でいないから、昼間は野放しだ。
首にナワをつけて夜眠らすようになんてできやしないよ。

このまま一生こうかもしれない。
覚悟したつもりでも、悲しくなってしまう。


車でひと回り走らせた。

走ることはまだ退屈ではないが、雨だし、渋滞気味の道路はガソリンばかりが消耗しているような気がしてしまう。
何の目的も無く走ることに、そろそろ意味をなくしてきた今日この頃かもしれない。

「なんで、kekeは車に乗らないんだろう。」



私が18になった時、当然父は(車会社勤務だったので)免許を取って車に乗るように言うけれど、私は自分にそんな事ができると思わなかったし、車自体酔いがひどくて、楽しい記憶がまったく無くて、とにかく運転は男がすればいいと思っていた。
30過ぎて離婚をして、さすがに免許ぐらいは取っておこうと思うのだが、教習所で乗るたびに自信を失い、最後はほとんどお情け状態で免許をもらい、以後路上に出たことは1度もなかった。

そんな私が始めて路上に出たのは、40を過ぎてからである。
それまで何十年も電車の窓でしか見えなかった同じ景色が、違う角度で目の前に現れたのだ。
それは感動ものであった。

そこからあれよあれよと遠くに乗るようになっていったんだっけ。

たぶん18でイヤイヤ免許を取っていても、33で仕方なく運転してみても、こうはならなかったかもしれない。
それから、ここまで事故がなかったのも奇跡的だと思う。
実際、事故になってもおかしくないような危機一髪は何度もあって、でも、今までのどこかで事故があったら、やはり途中で挫けていただろう。
そう思うと、「私と車」は、いろんな偶然が重なった=神様に導かれてここまで来たように思うのだ。

だとすると、kekeもいつか目が覚める時が来るのだろうか。
私が初めてハンドルを握ったように、kekeも時期が来たら外に踏み出したい、って思う日が来るのだろうか。


でも、みっともないながら、親として何も信じることができないのである。
それでも今日も言わなかったよ。


夕飯で一緒に見たTVはアニメだった。
「これ、どこかで見たことのある絵だ、何て言うんだっけ?」とkekeに尋ねると、「日常」と言う。

「あ、そうか。kekeの本棚に漫画があったね。」と言うと、「ストーカーだなぁ」とkekeが言うので、「1人暮らしをしている時に1冊だけ読んだんだよ。」と答えた。
それからしばらく、二人で見ていたんだけど、(そう言えばkekeは最近、漫画やゲームも何もそういうものを買ってきてないな)と言うのに気付いて、「最近、漫画は買わないのかい?」と言うと、チャンネルを変えてしまった。

何か悪い事を言ってしまったのだろうか。

でも、そう言えば、たしかにいつ頃からだろう?もうだいぶ前から、kekeは何もそういうものは一切買ってない。
欲しければバイトをすればいいんだから、と余計に渡していなかったからか。

今は昼は家で食べられるし、小遣いはそれなりに余力があるはずだ。
なのに、どうして買わないんだろう?