夏目漱石の俳句に次のようなものがある。
手習いや 天地玄黄 梅の花
この「天地玄黄」という言葉は、三体千字文の書出しにある語句であり、漱石も三体千字文を手習いのお手本にしていたことが伺える。
私も随分以前にこれを買って(写真)、三体千字三千文字を毛筆で書き終わる頃には、随分習字も上達することだろうと思ったものだが、それこそ「天地玄黄」を何度か書いて終わりとなった。
般若心経276文字にも数回チャレンジした。こちらはお経も諳んじていたのだが、最近はいささか怪しくなって時折カンペの世話になりながら口ずさんだりしている。処が口には出してもこれを書こうとすると至難の技である。平田清耕師の「仏教を読む-一切は空 般若心経」を座右にして、その文字と意味を追いつつ一日20~30文字を心を込めて書く これを理想としたのだがこれも頓挫・・・・・
私は上妻博之先生の筆写文書を数多く読んできたが、膨大で貴重な史料を盲目に成らんとする現実の中で、あの達筆を以って写し取られた偉業に驚かされる。明治12年のお生まれとはいいながら、見事な御家流の文字にて昭和40年代までの数十年間、書き続けられたことに敬意を表するものである。
最近は多くの先祖附を読む中、達筆・悪筆に出会いながら悪戦苦闘しているが、上手に書くことよりも筆になれる事が、読むという作業にも有効であると考えが至った。上妻先生の見事な流れるような文字はまさに天賦といったものであろうが、先祖附を金釘流で綴られる方の文字もその努力の程が伺えて微笑ましくなるのである。
墨の香の文あたたかき 師走かな 津々