少し前かがみの良いお姿なのですが、そのうちに取り直して差し替えます。
我が家は昭和19年、祖父母と父の三人が病没した。その時細川家から頂戴したという小さな木彫の仏像がある。もともとは御厨子に入っていたものだが、昭和28年の熊本大水害で壊れてしまい、仏像のみが残された。わずか75ミリという高さの仏様だが、見事な紫檀の彫刻である。左手には何か持っておられたのだろうと思われる痕跡があるが、水害の時痛めたものであろう。(右耳も少し傷がついた)
長い間仏壇の中にあったものだが、母が亡くなってから取り出しお掃除をして、現在は私のデスクの脇に何時も置いている。
へんな座の上に御立ちいただいているが、これは私が最初使っていたPCを解体した時に出てきた部品である。金の棘の様なものが並んでいるが丁度中央部が仏様が納まるくらいに空いていたため、ボンドで接着したという、お粗末な取扱いである。(しかし重量があって安定感はこの上ない)
この仏像がどのような類のものなのかずっと判らないでいる。お寺さまや仏具店などにお尋ねすればすぐ解決する話なのだが、ものぐさの私ゆえ気に成りながらの数十年である。実は今日は某お寺の掃苔を予定していたのだが、その折にお持ちして見て頂こうと思っていたのだが・・・朝から気分が勝れず急遽お断りをした。(不信心の故であろう)
私は時折、般若心経を唱えたりする。一時期完全に暗証していたのだが、最近随分怪しくなったので再チャレンジが本当のところである。「観自在菩薩行深般若波羅密多時・・・」と唱えながら仏様を見ると、まさしく観自在菩薩(観世音菩薩)と思えてくるのだが如何であろうか・・・