津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■細川小倉藩(460)寛永六年・日帳(十二月七日~九日)

2021-01-16 06:44:33 | 細川小倉藩

                      日帳(寛永六年十二月)七日~九日

         |
         |        (ママ)                        

         |    七日  
         |                                           (松井興長)
豊後横目ノ手形ヲ |一、豊後御横目衆御手形、御年寄衆 殿様御迎弐門司へ御越候に付而、我等共預置申候を、今日式ア少
松井興長へ返ス  |  輔殿御奉行所へ御出候間、相渡申候事、
餌犬ヲ取逃ス   |一、殿様、御舟にて御鷹餌きれ申候由候付、餌犬弐疋御小早にて差上申候処、今日罷戻候、壱疋ハ
         |                                       にかし
         |  無効島にてとりにかし、今壱疋迄つれ戻申候、河井権丞ニ相渡候へと申付候事、犬はつし申御小人
         |                                       〃〃〃
         |  ハ少九郎也、
忠利放鷹     |一、今日御鷹野に被成 御出候事、
供舟帰着ス    |一、御供舟とも、今日参着申候事、
乗馬下着ス    |一、御馬とも、今日下着申候事、
         |         (ママ)
         |一、御鷹のあしかわ、
忠利続重政等ヲ吊 |一、式ア殿被仰渡候ハ、続亀介・曽根安左衛門尉病死仕由、立 御耳申候、不便成儀と御意被成、御
問セシム     |  使者なと被遣由、被仰せ候事、
         |                           式ア殿
豊後横目へ音信物 |一、豊後御横目衆へ之御音信物幷御使者之儀、被得 御諚由〇被仰候事、
         |一、加藤甚兵衛むすこ壱六ニ罷成候、名ハ乙と申候由、金子喜左衛門尉被申候事、
豊後横目交替ニツ |一、豊後横目衆御替時分ニ御座候ニ付、御暇乞之御使者ニ、歩之御小性大石権丞被遣候也、様子は
キ暇乞之使者   |  式ア少輔殿被仰渡候事、

         |        (ママ)                        
         |    八日  
         |
忠利放鷹     |一、御鷹野へ被成 御座候事、
忠利船中拾集ノ庭 |一、御小早の御船頭田中作兵衛、御船中にて御ひろわせ被成石弐拾壱、御路地の善吉・久次郎に渡申
石ヲ路地ノ者へ渡 |  候事
サシム      |
         |      為御音信扇子・
石清水八幡宮鞍馬 |一、八幡御札〇鞍馬御札・御扇子、田中猪兵衛下之時、寺嶋主水言伝候而被差下候を、林隠岐に相
山祈祷札扇子ヲ天 |  渡候也、
守へ納ム

         |
         |        (ママ)                        
         |    九日 
         |
忠利鷹野ノ帰途松 |一、御鷹野ニ被成御座、御帰之刻、直ニ式ア少輔殿へ御申ニ被成御座候事、
井興長邸ニ臨ム  |
         |                (友好)
不破忠左衛門御用 |一、不破忠左衛門御用之儀候間、松井う右衛門尉方まて、早々被参候へ之由申遣候、使亀介与吉村左       
召        |  次右衛門尉也、
         |  ( 温 州 橘 )
温州橘ノ見本ヲ示 |一、うじゆきつ御郡中へ壱つ宛被成御出、御郡奉行中手本ニ見申候而、可相尋之由にて、壱籠おくゟ
シ郡中ニ求ム   |  出申候、入札ニ四十四と候へとも四拾三御座候、内拾壱取候而残三十二、前のことく鬚籠ニ入、
         |  其通隠岐へ申理也、
         |
薩摩へ飛脚    |一、芦田與兵衛与吉川源兵衛
         |              両人さつまへ明日被遣、
         |一、続亀介与安東市右衛門
島津家ヘノ書状覚 |一、明日薩摩へ被遣 御書覚
         |    (嶋津家久)
         |  一、さつま殿へ壱通、
         |    (忠続)
         |  一、喜入摂津守殿へ壱通、
         |    (久元)
         |  一、嶋津下野殿へ壱通、
         |  右之分、御飛脚吉川源兵衛・安藤市右衛門尉ニ、才兵衛渡被申候事、
         |                                   (マ  マ)
冨田左門召放サル |一、富田左門ハ七月十八日ニ江戸ニ而、御暇被遣候、知行当物成は被遣候旨、     隠岐被申

当物成ハ遣    |  聞候也、 

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