名ピアニストのひとり、マル・ウォルドロンが亡くなったのは2002年。その前年に、デイヴィッド・マレイ(テナーサックス、バスクラリネット)と共演した『Silence』(Justin Time)というCDが出ていた。どうやら今のところ、マル最後の録音らしい。
ビリー・ホリデイとも、エリック・ドルフィーとも、ジョン・コルトレーンとも共演し、ソロピアノでは叙情的なメロディを紡ぐという、モダンジャズの歴史を体現しているような懐の深いピアニストであるマル・ウォルドロンは、ここでも、淡々と、独自の和音を響かせている。
いっぽう、デイヴィッド・マレイの(下手といって悪ければ)味のあるクリシェ的なサックス、バスクラもいつもと変わらない。フラジオ奏法による高音域から下がってきて低音のヴィヴラートで締める方法も健在。悪口を言っているようだが、実は好きなのである。ライヴでツボにはまったときの会場の狂乱ぶりは、なかなかあるものではないとおもう。
このCDでは、正直言って、そのようないつもの2人が共演したということが全てなのであって、それ以上のサムシングはない。しかし、それでいいのだ。スタンダード「I Should Care」は泣かせる。
マレイは自身のオクテットやワールド・サクソフォン・カルテットでの音のカオスも良いが、バラードがまたクリシェで(悪口ではない、念のため)聴かせる。思いつくものでは、『Children』(Black Saint、1985年)での「All The Things You Are」があって、ドン・プーレンの抑え気味なピアノとロニー・プラキシコのアルコベースをバックに、ねっとりと吹く。
マル・ウォルドロンは晩年、ブリュッセルに住んでいた。何度もマルと共演した那覇在住の歌手、与世山澄子さんは、「マルが亡くなったとき駆けつけたかったけど、ブリュッセルは遠くて・・・」と、後日、残念そうにつぶやいていた。
David Murray 『Children』
Mal Waldron 『Left Alone』 1995年、オウムが新宿上空からサリンを撒くとのデマが流れた日にピットインで聴いた