『グローバリゼーションの中の沖縄』(沖縄国際大学、2004年)は、2003年10月に行われた同名のシンポジウムの記録である。もう6年以上も前の発言集だが、例えば、宜野湾市・伊波市長の普天間基地に対する発言ひとつにしても、最近のそれとさほどの違いはない。それは勿論、沖縄側の推進力不足に帰するものではない。そしてまた、昔から年々いびつになることが放置されてきたにも関わらず(SACO合意などの見せ掛けの進展はあるものの)、現政権が普天間問題をだらしなくも解決しかねている、と言わんばかりの報道姿勢も、未解決に無関係と言うことはできないだろう。
このなかで、コージ・タイラ(イリノイ大学)による指摘が興味深い。基地のための土地接収による人権侵害と沖縄住民による土地利用の妨害という事実は、国際人権規約(日本も批准している)に抵触している、とする。それは、沖縄の人々が「People」と公認される人間集団であることを自認し、アピールすることが前提となる。
第1条
1 すべての人民(Peoples)は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追及する。
2 すべての人民は、互恵の原則に基づく国際的経済協力から生ずる義務に違反しない限り、自己のためにその天然の富及び資源を自由に処分することができる。人民はいかなる場合にも、その生存の手段を奪われることはない。
3 この規約の締約国(非自治地域及び信託統治地域の施政の責任を有する国を含む。)は、国際連合憲章の規定に従い、自決の権利が実現されることを促進し自決の権利を尊重する。
コージ・タイラは、第2項を重要視する。つまり、沖縄という人間集団たる「People」は、天然の富及び資源たる土地を自由に処分できないのであり、これは国際人権規約に違反すると結論している。また、第3項にあるように、日本という規約締約国は、沖縄「People」の自決権を尊重し、その実現を促進したかと言われれば、答えは「否」と見なされるであろう。
コージ・タイラも、パトリック・ベイヴェール(フランス国立科学研究センター)も、ニュアンスの差こそあれ、EUという大きな家の存在価値を高く評価している。そして、両者ともに、日本には帰るべき家がないということを指摘する。現在の東アジア共同体構想は、仮に中国に主導権を握られたり、米国に干渉されたりしても、日本にとっての本来の家になるのだろうか。