何だか背中がずきずきと痛むので、サックスのレッスンもキャンセルして病院に行ってみたが、原因不明。運動不足か、寝不足か、過労か・・・。
それはそうと、温暖化の本を出した(>> リンク)。自分がまとめたものとしては5冊目にあたる。
『現代思想』2006年9月号の「日米軍事同盟」特集号を丹念に読む。現在までの3年間に、辺野古の似非アセスが勝手に進められ、高江の動きも岩国の動きもあった。しかし、本質的には何も変っていない。
梅林宏道+新城郁夫+吉見俊哉の対談、柄谷行人、マイケル・ハート、孫歌、新崎盛暉、纐纈厚、道場親信、東琢磨、宋安鐘、土佐弘之、平良夏芽など、それぞれの声が収められている。鳩山政権の普天間問題に関する、あまりにも視野が狭く健忘症的な報道を見聞きする前に、まずは一読する価値は高い。
まずは、キーワードである。なぜ「日米軍事同盟」ではなく「日米同盟」ということばが(専ら上から)使われているのか、ここに軍事カラーの隠蔽の意図があることは明らかだろう。さらに、日米安保条約の範囲を遥かに逸脱した活動が、米国の世界的な軍事戦略のいち機能として(積極的に/消極的に)組み込まれることが、なぜ「同盟」か。
「日本政府は、アメリカとの同盟関係を強化すると言いながら、同盟の本来の意味における対等性を理解せず、従属性という歪な関係に自らを追い込んできた。」(纐纈厚)
これを単に覇権という側面でのみ見るべきではなく、新自由主義という面から米国の資本拡大にこそ注目すべきだという主張は、過去の裏庭・南米での振舞いや、中東での石油利権獲得を見るまでもなく正鵠を得ている。
どのように、止まると死ぬ軍事という化物、国家という化物に抗するか。マイケル・ハートは、市民というレベルからの「マルチチュード」の運動、それも相互連関を訴えている(もっとも、ハートと組んでいたアントニオ・ネグリが言うマルチチュードにおいては、組織化を過度に重視しているような気がして馴染めなかったのだが)。道場親信は、ノンガバメンタルな反グローバリズムと反ミリタリズムの動きが「奇貨」となり、大きな戦争機械をそこかしこで食い破り、風穴を開けていく想像力をつないでいくことを考えている。また、新城郁夫は、徹底的に「非合意」に拘ることを主張しており、これは説得力がある。
「「合意」という言葉は、対等な存在がお互いに協議をしあって合意形成を図る、という風に思われがちですが、そんな「合意」なんていうのは、そもそも政治的には存在しないのかもしれません。決定的な不均衡による押しつけという暴力を、「合意」と名づけているだけではないでしょうか。
(略) そうなってくると、合意を前提とした条件闘争ということ事態が、あり得ないのではないか。こういう、超法規的で非政治的な軍事再編が進んでいく状況においては、徹底して「非合意」にこだわる必要があるように思うんです。合意していないということを、どうやって新しい政治の場で言語化し身体化し、そしてそれを可視化していくか。」(梅林宏道・吉見俊哉の対談における新城郁夫の発言)
土佐弘之による仮想問答は面白い。現実論を理想論よりも上位に見ることしかできない「良雄くん」に対し、「淑女さん」と「難解先生」は、理想論が現実をつくっていく流れもあることを語っている。民主党は、そしてメディアは、頑として理想を語ることができるだろうか。
●参照
○久江雅彦『米軍再編』、森本敏『米軍再編と在日米軍』
○アントニオ・ネグリ『未来派左翼』(上)
○アントニオ・ネグリ『未来派左翼』(下)
○廣瀬純『闘争の最小回路』を読む
○太田昌国『暴力批判論』を読む
○中南米の地殻変動をまとめた『反米大陸』
○デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』
○『情況』の新自由主義特集(2008年1/2月号)
○『情況』のハーヴェイ特集(2008年7月号)