ジャズについて、2009年の私的に嬉しいニュースのひとつは、ヘンリー・スレッギルの新作が出たことだ。ズォイド(Zooid)というグループによる『this brings us to / volume I』(PI RECORDINGS、2009年)であり、同じグループでのLP限定盤『Pop Start The Tape, Stop』(PI RECORDINGS、2003年)以来6年ぶりのことである。なお、ズォイド名義の盤には、この前に『Up Popped The Two Lips(ふたつの唇の音色)』(PI RECORDINGS、2001年)があり、ディスクユニオンが「8年ぶり」だと宣伝しているのはこの盤のことを指している。どこかの英語解説のコピーだったかと記憶しているが、間違いである。
前2作の編成が、スレッギルの他に、ギター、ウード、チューバ、チェロ、ドラムスであったのと比較すると、若干変化した。ウードが抜け、チェロの代わりにベースギターが入っている。ギターのリバティ・エルマンやチューバ(今回はさらにトロンボーンも吹く)のホセ・ダヴィラはずっと同じメンバーである。ベースギターがツトム・タケイシというのは嬉しいところだ。
ウードが抜けた影響はありそうで、何となくオリエンタル臭が消えている。それよりも、音楽全体の緊密度が格段に向上している。漫画『美味しんぼ』で、インドのタンドリーチキンを評して「肉の繊維ひとつひとつに旨味がある感じ」なんてものがあったが、思い出したのはそれ。ドラムスが走る中、ぎっちりと詰まり、しかも綿密に組み上げられたアンサンブルには、興奮する要素だらけである。過度の緊張感に押しつぶされそうになっていた前作から、一段フェーズを上げたスレッギル音楽に戻ってきたという印象だ。
もちろんそれには、切実に空間を切り裂き続けるスレッギルのソロが不可欠なのであって、ここでは、コアとなる4曲のうち、スレッギルはフルートで2曲、アルトサックスで2曲ソロを取っている。
曲調は不穏で暗く、もう少し、『Carry A Day』(Columbia、1995年)の躁的な明るさが欲しいところではある。これにトロンボーン、チューバ、ベースという低音の楽器が貢献していることは明らかで、エルマンのギターは、低音アンサンブルの不穏さを掻き乱すほど個性的ではない(かつてのブランドン・ロスのようには)。
いずれにしても、この緊密さは圧倒的であり、異色の前作は置いておいても、その前の『Up Popped The Two Lips』を改めて聴くと、本作よりもルーズな感さえ覚えてしまう。
スレッギルは、このズォイドといい、メイク・ア・ムーヴ、ヴェリー・ヴェリー・サーカス、セクステットと、80年前後から低音アンサンブルに憑りつかれているように思える。中でも異色作は、X-75というグループでのただ1枚の作品、『X-75 / Volume 1』(ARISTA RECORDS、1979年)である(たぶんVolume 2は存在しない)。
ここでは、何と、ベースを4人(レナード・ジョーンズ、ブライアン・スミス、ルーファス・リード、フレッド・ホプキンス)揃えている。その上を、アミナ・クローディン・マイヤーズの高いヴォイス、そしてスレッギルを含め4管(ダグラス・エワート、ジョセフ・ジャーマン、ウォレス・マクミラン)が吹くという編成。誰がどう見ても異常である。実際に聴いてみると、アンサンブルがルーズである(あるいは個々のインプロヴィゼーションに任せている)ためか、さほどベース4倍の迫力は感じない。サーカス音楽としてではなく、低音の力を活かした音楽としてのスレッギル音楽は、実は現在もさらにグレードアップしているのだと思える。
ただ、各自のソロの自由度が高く、隙が多い音楽のほうが聴きたくなることもある。かつてのサックストリオ、エアーのような編成でのスレッギルを待望しているのだが。
●ヘンリー・スレッギル
○ヘンリー・スレッギル(1) 『Makin' A Move』
○ヘンリー・スレッギル(2) エアー
○ヘンリー・スレッギル(3) デビュー、エイブラムス
○ヘンリー・スレッギル(4) チコ・フリーマンと
○ヘンリー・スレッギル(5) サーカス音楽の躁と鬱
○ヘンリー・スレッギル(6) 純化の行き止まり?