Sightsong

自縄自縛日記

工藤敏樹『祈りの画譜 もう一つの日本』

2013-08-15 20:45:05 | アート・映画

工藤敏樹『祈りの画譜 もう一つの日本』(NHK、1972年放送)を観る。

実にさまざまな絵柄の絵馬が登場する。蛇や蛸などの動物が描かれたもの。女性の乳が物凄い勢いで吹き出しているもの。かつては絵馬職人がいた(いや、いまもいるのかもしれない)。わたしが知っている絵馬など、大量生産の味気ないものにすぎない。

場所もさまざまだ。東京・浅草寺、山形・立石寺。そして、青森・津軽の名もない小さなお社が登場する。雪どけ水が岩をえぐった場所に、ひっそりと設置されている。驚いたことに、お社は頻繁に水に流され、流されるたびに、気付いた人がまた設置するのだという。そこに、川に向かって祈る女性が描かれた絵馬がある。水に流されて溺死した夫のために絵馬職人に描いてもらったものであり、絵馬ごとお社が流されない限りは夫は成仏しないのだ、という。

立石寺には、結婚前に亡くなった娘のため、架空の夫とともに描きこんだ絵馬がある。絵馬ではないが、満蒙開拓団として中国に渡り亡くなった子どもたちを「集団結婚」させた多数の人形もある。このような風習は、もう完全にすたれてしまったのだろうか。

棟方志功は、訛りの強い言葉で、津軽の風土について話しながら、豪快に版画を刻んでいく。シベリア抑留時の絵を描き続けた山口の香月泰男は、この仕事を鎮魂だという。水俣の秀島由己男は、水俣病によって亡くなったのだろうか、声なき声をあげる多くの子どもたちの絵を、ペンで丹念に描く。

おかしな政治屋たちには、かつて多くの人たちが絵に込めた鎮魂の気持ちが、少しでもあるだろうか。

●参照
工藤敏樹『メッシュマップ東京』(1974年)
工藤敏樹『ある人生/ぼた山よ・・・』(1967年)
『香月泰男・追憶のシベリア』展


山口果林『安部公房とわたし』

2013-08-15 08:08:00 | 思想・文学

山口果林『安部公房とわたし』(講談社、2013年)を読む。

不世出の作家・安部公房が亡くなってからもう20年。実は、23歳も歳の離れた女優・山口果林との間に、長い期間にわたる関係があった。

安部の妻は、安部作品の挿絵で有名な安部真知。娘は安部ねり。山口と安部の関係は、彼女たちとの間に、狂気的とも思える確執をも生み出した。これはちょっと読んでいて辛く怖い。

山口は女優業にダメージを与えるスキャンダルを恐れ、安部の担当編集者は、安部がノーベル文学賞を取るまで関係を世に示すべきでないと主張していた。安部はノーベル賞を受賞することなく亡くなり、関係は噂のままであった。

ところが、この時期に及んでの告白。女優の心の裡にため込んだものが切実に書き記されている。生きてきたことの証明というべきかもしれない。

●参照
安部公房『(霊媒の話より)題未定』
安部公房『方舟さくら丸』再読
安部公房『密会』
安部公房の写真集
安部ヨリミ『スフィンクスは笑う』
友田義行『戦後前衛映画と文学 安部公房×勅使河原宏』
勅使河原宏『おとし穴』(安部公房原作)
勅使河原宏『燃えつきた地図』(安部公房原作)