ブラック・スワン
2010年/アメリカ
熱演に応えられない演出
総合 80点
ストーリー 0点
キャスト 0点
演出 0点
ビジュアル 0点
音楽 0点
例えば、自分の代役としてリリーを指名した監督のトーマス・レロイを階段の踊り場まで追いかけていき、リリーは自分の主役の座を奪おうとしているから外して欲しいと懇願する主人公のニナ・セイヤーズに対して、トーマスがニナに考えすぎだと言って去っていくシーンを思い出すならば、最初はニナは向かって右側にある階段を降りようとしているトーマスに話しかけているのであるが、トーマスがニナから立ち去る時には何故かトーマスはニナの左側にある階段を降りていくというような荒く、尚且つ全体的にあざといダーレン・アロノフスキー監督の演出は前作の『レスラー』同様に個人的には好きになれないのではあるが、マザー・コンプレックスに縛られて、バレエのテクニックは素晴らしくても情念を表現できず、母親と監督の対照的な期待に挟まれて苦悩の末の妥協として自死してしまう主人公のニナ・セイヤーズを演じたナタリー・ポートマンの熱演は噂通りに素晴らしかった。しかしラストで観客の中にいたニナの母親のエリカの流す涙が、ニナの踊りの素晴らしさに対する感動の涙なのか、娘のダークな一面を見てしまったショックによる涙なのか、演出の不備によりはっきりしないためにナタリー・ポートマンの熱演が生かされていないことがつくづく残念である。
米公電「虚偽なら問題」…「確認予定ない」 日本政府、対応ジレンマ(産経新聞) - goo ニュース
内部告発サイト「ウィキリークス」の最大の功績は、その内容以上に、実は日本とアメリカ
の意思の疎通がそれぞれの都合の良い誤解の上に成り立っているのではないのかという
ことを明らかにしたことにあるのかもしれない。例えば、平成21年9月のキャンベル米国務
次官補との会談で、当時の斎木昭隆アジア大洋州局長の発言として「北朝鮮が日本人
拉致被害者の一部を殺害、一部は生存している」と記録されていたことに対して、斎木は
実際には「何人かの人たちは殺されたと信じているが、自分も日本政府も全員生きていると
信じ、それを前提に北朝鮮に解決を求めている」と発言していたらしいのであるが、果たして
この記録が間違っているといえるだろうか 斎木の発言から個人の感情を排すれば
記録のような表現になるであろう。日本人の方がアメリカ人より信心深いのが皮肉である。