原題:『Samba』
監督:エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ
脚本:エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ
撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
出演:オマール・シー/シャルロット・ゲンズブール/タハール・ラヒム
2014年/フランス
「アイデンティティ」のあり方について
冒頭のシーンから気になる。主人公のサンバ・シセがホテルの皿洗いの仕事を終えて帰宅しようとパリメトロ2号線で電車が来るのを待っているのであるが、パリにいるはずのサンバが座っている向かって右側に見える駅の名前は「ローマ」で、左側にはイタリアの映画監督のピエル・パオロ・パゾリーニの「ローマ」と題した回顧展のポスターが貼られており、一瞬サンバがどこにいるのか分からなくなる。
このように本作がテーマとしていることはアイデンティティであり、実際、アフリカのセネガル出身のサンバは滞在許可証の失効で国外退去命令が出されることで、自分の「アイデンティティ」を喪失する危機を迎えるのであるが、サンバのサポートを担うことになった、移民支援協会ボランティアのアリスでさえも仕事上のストレスから、仕事中に携帯電話をかけていた同僚に激怒し、その携帯電話を取り上げて殴るという失態を犯し、「燃え尽き症候群」として休職中の身で、睡眠導入剤が手放せない状態だった。つまり母国に住んでいるフランス人だからといって自分の「アイデンティティ」が保障されているわけではないのである。
サンバの「アイデンティティ」はサンバのおじのラモーナの滞在許可証や偽造IDを経て、不法滞在移民収容センターで知り合ったコンゴ人のジョナスが出所する際に受け取った、政治難民として取得した10年の滞在許可証を手に入れることで保障され、コックとしてフランスで働くことになる。その滞在許可証に貼られていた小さな顔写真はかろうじて本人が黒人であることだけが保障されているだけだからである。一方、サンバと知り合ったことで物事の多面を見られるようになったアリスも元の職に復帰することになる(アリスを見た同僚たちが一斉に携帯電話を隠したことは言うまでもない)。つまり「アイデンティティ」とは本来一つに決まったものではなく、絶えず流動する中でその都度確認しながら享受するものなのである。
奇しくもテーマは『真夜中の五分前』(行定勲監督 2014年)と同じであるが、「アイデンティティ」を巡るストーリー展開は本作の方が断然面白い。