青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

雨の多い夏

2017年08月23日 07時00分00秒 | JR(貨物)

(夜明けの2083レ@キリン踏切)

夜更けから雨が降り始め、2日目は暗い朝でした。時折激しく道路を叩くように大粒の雨が降って来るし、そもそもが関東よりも西の国で夏至からこちらだいぶ日の出も遅くなっていますので、全くもって露出が出ない悪条件…もう出るの止めちまおうかとも思ったんだけど、せっかくここまで来たのに勿体ないという貧乏根性だけで枇杷島駅北の通称キリン踏切に行ってみました。朝5時過ぎの2083レはとても止めて撮れる状況じゃなく流すのみ。


朝の5時台は、主に四日市方面へ下って行くDDを中心に。冬場ならここにロクヨン重連の南松本行き6883レが混じるんだけどさすがに運転はないと思われる。塩浜までタキを戻す返空5263レ。スノープロウ付きの1801号機を先頭にやって来ました。露出が厳しいのでいつもなら使わない感度まで上げて撮ってるんだけど、さすがにノイズ厳しいですね。


新座発名古屋貨物ターミナル行き99レ。稲沢で折り返して名古屋貨タまでがDD51のエスコート。DD51891は今年の2月に南四日市で撮影したカマだな。割と私が訪問する際には会う事の多いカマだと思う。


札幌発名古屋貨物ターミナル行きの4084レ。富山機関区のEF510が青森からはるばる日本海縦貫線を牽引して名古屋までやって来ます。日本海縦貫線と言うと敦賀で機関車交換しているイメージがあったんだけど、最近は新鶴見とか名古屋あたりのターミナルまで直通する事でスピードアップを図っているようですね。EF510と言えば、貨物運用に就く前は田端で北斗星やカシオペアの本務機を務めていた最後のブルトレロコでもあります。


5580レは衣浦臨海鉄道の碧南市行きフライアッシュ便ホキ。真ん中の稲沢線を通って来るのかと思ったら一番手前の東海道線を走って来た。まあまだ朝の早い時間なので、旅客列車に支障しない時間帯ならそのまま東海道線を走る貨物もいるのだろうと思われる。思わず近い位置での撮影となってしまったため被写体ブレの大失敗w


西からEF66の再若番である27号機が接近しているとの事で、宿に帰りがけ清州の駅近くで待ったのだがここで突如の大雨…手元のスマホに「土砂災害警戒情報」だの「避難準備情報」だのエリアメールがバンバンに入ってくる中、ビニール傘で我慢しながら待っていたのだがさすがにここまでの天気になるとは…撮るには撮ったけど、もうカマ番も何だか分かりゃしないし(笑)。

さすがに撮影が続行不可能となり、消化不良のまま宿に戻る事になりました。
びしょ濡れになってしまったのだけど、ビジネス旅館だからコインランドリーがあったのは助かったw
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貨物の街・稲沢

2017年08月22日 07時00分00秒 | JR(貨物)

(西のメッカ!稲沢線@清州駅)

東の貨物のメッカが新鶴見だとするならば、西の貨物のメッカはこの稲沢線でしょう。稲沢の操車場から名古屋駅にかけて、東海道本線に並走する形で複線の貨物線が続いています。九州関西方面と首都圏を結ぶ物流の大動脈であり、また中京圏周辺の貨物列車がほぼ稲沢を拠点としてカマの付け替えやら方向転換を行ったりするので、ピーク時はそれこそ2~3分に1本くらいの頻度で貨物列車が走る事もあります。そんな稲沢線はELDLロコファンの聖地…だったのですが、最近になって保安上の理由により実質的な撮り鉄対策がJR東海によってガッツリ行われた結果、沿線は2メートルを超える有刺鉄線付き金網で覆われていて大仁田厚でもなきゃ戦いを挑むような状況ではなくなりました。


と言う訳で、稲沢線の貨物を安全に撮るには清州の駅くらいしかないみたいですね。本当なら16時台が本数もバリエーションも多くて楽しい時間帯だったんだけど、名古屋城の後にグダグダやってたら地合いを逃してしまったのでヨメさんに許しを得て子供と17時から30分ほど。この時間になっちゃうと通勤電車の方が数が多くなってくるので、あんまりカット数は稼げませんでしたですね。


ロクヨン重連、フライアッシュ、矢橋の石灰ホキ、DD重連のどれかは撮りたいなーと思っていましたが、8072レ。塩浜を15時に出て来て関西本線を「いい頃合い」の光線で走る列車です。冬場の赤い夕陽を斜めに浴びて白鳥の信号場を通過するカットは定番ですよね。平日でもあり、タキ14両のフル編成でやって来ました。


関西本線では見せない快速ぶりで、DD51の重連が実入りのタキを牽引して行きます。ここを通るタキ貨物は塩浜から稲沢までDD51が牽引し、稲沢でEF64にカマ替えして南松本へ向かうので、同じ列車が稲沢~名古屋間を往復する形を取る。それだけにここ清州の駅は撮影効率が良く、ここで半日でも写真撮ったらそれこそ何本の貨物列車が撮れるのだろうか。


子供が撮った8072レ。若干被写体ブレはあるけど結構よく撮れてるじゃん。手持ちで小学校低学年がここまで撮れれば上等だわ。自分の構図より手前までカマを引っ張り込んでるからもう少しSSを上げなければいけないところですが、まあそこらへんはオートで撮らせてるからしゃーない。


とりあえずDDを撮影出来たので、ヨメさんの機嫌が悪くなる前に宿へ向かう事にする。名古屋市内で宿を取っても良かったんだけど、ホテルばっかで旅館が少ないのよね。値段の兼ね合いやベッドで寝るのがイヤだった事もあって、今回は稲沢のビジネス旅館を宿泊地に選定しました。JR稲沢駅前は駅舎もキレイで最近になって再開発された感がプンプンですが、そんな駅舎の横でバリバリの昭和感を醸し出しているビルがJR貨物の東海支社です。


DD51がそこら中に転がっている愛知機関区。EF64の原色機が集められた休車群や、交番検査待ちの雑多な貨車が連なったチンドコ編成が放り投げられていたりする。そんな中をコキを牽いたDE10が入換でガシャガシャ動いていて、稲沢の街は鉄道の活気に満ちてますね。遠くからでも機関車の汽笛が聞こえて来るのが鉄道の街という感じで実にいい。

ビジネス旅館なので夕食はなく、家族で歩いて駅前へ食事に出かける。八丁味噌の濃厚なタレにどっぷり浸かった味噌串カツをほおばりながらビールを飲むと、ピョーというDEのホイッスルが聞こえました。
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太平洋ひとりぼっち

2017年07月18日 23時57分53秒 | JR(貨物)

(昭和のその先@扇町駅駅名票)

土休日ダイヤだと、日中は2時間間隔になる扇町駅。鶴見線は近隣の工場に向けての通勤輸送需要が中心のダイヤが組まれるのが特徴なので、そりゃ土日が本数少ないのは分からなくもない。しかしながら高度経済成長の時代を遠く離れ、鶴見線を支えていた沿線の工場自体もかなりの部分で合理化が進んでいるようです。そもそも京浜工業地帯の労働人口が減っているのか、結構最近になって減便が激しいのも事実。大川支線なんか朝夕だけになっちゃったしね。


扇町駅ホームから。石炭ホキが到着する少し前に10:30の鶴見行き電車が出て行ったんだけど、次は12:25発、その次が14:25発。駅の周辺は昭和電工川崎工場の施設に囲まれていて、お隣の「昭和」駅の駅名の由来ともなっています。昭和電工と言えば運河を隔てたお隣の大川駅へも液化窒素輸送の貨物列車があって、入れ換えで機関車が入って行ける配線になってないもんだから係員が手押しで入替をするという珍光景が近年まで残っていましたね。


稲妻マークの標識(架線終端標識)の向こうに広がる三井埠頭のヤード。既に積載のホキがDE10の訪問を待っています。一日一本、日曜運休の列車のためだけに荷役線を電化する事は今後もおそらくないでしょう。

 

まずは推進で返空のホキを押し込んで行くDE10。架線柱にびっしり絡みついたツタと、刈られないでいる線路脇の雑草の中に黒い貨車が消えて行きます。埠頭のヤードで返空の貨車を切り離し、いったん扇町のヤード側へ戻って転線。操車係が踏切のスイッチを切り、待ちぼうけを食らっていたトラックに道を開けました。

 

再び踏切のスイッチを入れて道路を遮断し、安全確認も慎重に積載のホキを連結。さすがに積車20両の引き出しは大ごとらしく、目一杯紫煙を噴き上げてゆっくりと扇町のヤードに入って来ました。35トン積みの貨車が20両で計750トンの石炭を運んでいますが、JR線内で積載物が「石炭」の列車はこの扇町~三ヶ尻の5074レのみ。


本務機としてのDD51に対し、入換機的な用途で作られたDE10。非対称のセミセンターキャブですが、圧倒的に2エンド(短い側)からの眺めに人気があります。何となく男がクルマを運転する際に、助手席に手を掛けながらバックで車庫入れする姿に萌えているのと相似なのではないかと勝手に思っているのですけど(笑)。


2つの台車に大きなバケットをそのまま載せたような作りのホキ10000。秩父セメント時代に工場への石炭輸送を目的に作成された生粋の秩父っ子ですが、中部国際空港の土砂輸送のために三岐鉄道に貸し出されていた時期もあったとか。秩父工場は特殊セメント以外の製造を止めてしまったので、現在は専ら熊谷工場への輸送のみに利用されていますが、常備駅は未だに武州原谷駅のままなんですね。


この石炭列車、返空はEF65が扇町までホキを持ってきますが、積車はDE10が浜川崎までホキを牽引し、そこで新鶴見から来たさっきとは別のロクゴにバトンタッチする変則的な運用です。DD51に比べると地味な役回りは日の目をあまり見ないDE10の働きですが、後継のハイブリッド機HD300の増備に伴いその活躍の場は徐々に少なくなって行くのでしょうね。

黙々と仕事をこなすDE10、今日も扇町で、太平洋ひとりぼっち。
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海の日だから太平洋

2017年07月17日 23時46分06秒 | JR(貨物)

(今やすっかり猫の駅@扇町駅)

海の日です。扇町駅です。鶴見線に乗って鶴見駅から20分程度でしょうか。川崎市は川崎区、京浜工業地帯のど真ん中と言っていい場所にあります。平日の鶴見線はそこそこの通勤需要もあるんでしょうけど、こと土休日の鶴見線なんかに訪れるのはマニアだけかと思いきや、何か近年この無人駅はネコのたまり場のような駅となっており、週末ともなると愛猫家がしばしの癒しを求めて訪れるのだとか…


京浜工業地帯の中を、枝葉のように支線を伸ばしている鶴見線。往時は沿線の工場施設からの製品の出荷で多くの貨物取扱を行っていましたが、現在の線内での貨物取扱と言えば安善駅から横田基地への不定期での米タン輸送(ジェット燃料輸送)とここ扇町での取扱が僅かに残されています。右側に今にもくずおれそうな鶴見線のホーム、そしてその横に叢生した扇町の小ヤード。入換動車として新鶴見のDE10が遠くで待機しています。


鶴見線ホーム脇の詰所から操車の係員がヤードにスタンバイすると、遠くから黒い特徴的な貨車を牽引してEF65PF(新鶴見)がゆっくりゆっくりとやって来ました。太平洋セメントの私有貨車であるホキ10000の20両編成で組成されたこの貨物列車、秩父鉄道の三ヶ尻駅から熊谷貨タ経由で扇町まで運転されており、太平洋セメントの熊谷工場で使用するセメント焼成用の石炭を運んでいます。海の日だから太平洋。今日ここに来たのはそんくらいの思い付きだった事は否定はしないw

  

到着後、列車無線の受け渡しや入れ換え準備に慌ただしく動き回る操車係の方々。この便はセメント工場からの帰り便なのでいわゆる「返空」の状態。扇町の駅の向こうには三井埠頭のヤードが広がっており、既に石炭を積み込まれた「積車」のホキがスタンバイをしています。駅から埠頭まではほんのわずかな距離ですが、埠頭のヤードには架線が張られていない事から、扇町駅構内から埠頭ヤードへの空車/積車の入れ換えはスイッチャー代わりのDE10にバトンタッチする事になります。


機回しを終えてロクゴPFが後方に下がったところで返空の最後尾にはDE10が連結され、ここから三井埠頭まではホキを先頭に推進運転で押し込んで行きます。扇町駅と埠頭のヤードの間には踏切があるんだけど、結構ひっきりなしに廃材やガラを持ち込むトラックが行き来していましたね。扇町駅に隣接する昭和電工川崎工場への廃棄物の搬入の車がとにかく多かった。

推進運転の先頭に乗務する操車係の方々も、この暑さでは大変でしょうね。
暑いからって装備を脱いだり軽くしたりは出来ない仕事でしょうから…
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暑くて厭になる

2017年07月15日 23時00分00秒 | JR(貨物)

(うだるような夕暮れ@稲城の妙見さん俯瞰)

三連休なんですね。しかしこうも暑いと、昼間に撮影に出掛けるとなれば相当の撮りたいものでもない限りは「暑くてヤダ!」という結論で家から出る事すら無精となりがち。久し振りに実家へ帰ったので、これも久し振りに稲城の妙見さんの俯瞰に登ってみたんですが、夕方だったんだけどまあ暑かったよね。暑さと梅雨の湿気をたっぷり吸いこんでマント群落は茫茫と茂り、その向こうを鹿島サッカースタジアムから東タまで、新小岩~金町~武蔵野線経由で首都圏をぐるっと回って来た1094レが通過して行きました。

いつもだったら鹿島貨物はカマの後ろに白くて大きなトランシーコンテナが来るんだけど、この日は見事にスカコキでした。
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