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中島ブラザーズ ”弟”の「外で遊ぼう!」

近頃は日本海で、ヒラマサを追ってばかり。よって磯釣りや渓流釣りは休止状態ですが…。

捕鯨の話

2010-04-03 12:30:00 | その他
 シーシェパードの捕鯨船への体当たり&アディ・ギル号の沈没(海上廃棄?)の余韻さめやらぬ間に「THE COVE」という、和歌山県太地町でのイルカ猟の模様を描いた映画が、アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した。反捕鯨諸氏の鼻息は荒いようだ。
 先日、この映画の監督が日本のテレビ局の取材を受けたところを見ていたのだが、インタビュアーの「イルカはダメで、牛、豚などのは何故OKなのか?」という質問に対し、「イルカの肉には高濃度の水銀が含まれているので、それを食する日本の皆様に警告したいだけだ。」という、答えにならない、はぐらかしをする姿勢には疑問を感じた。
 「だったら、その水銀が含まれる経緯の方が取材すべき対象では?」とツッ込みたくなる人も多いと思うが、イルカの捕殺シーンが映像の後半を占めているらしいから、本当に言いたいことが何であるかは誰にでも判る。
 こういった話題が出る度に、他国(他地方)文化の尊重よりも、自分達の価値観を押しつけようとする人が、世界中に、そして日本にもある一定の割合で存在することに気付かされる。

 この世の中、「所変われば品変わる。」であり、その地その地で食習慣に違いがあるのは当たり前の話だ。
 日本テレビ系列が放送している「秘密のケンミンshow」という番組がある。この番組は地方による食習慣や風習について、時には笑ったり、時には感心したりしつつ、お互いの違いを知ってゆく内容だ。先日は、その中で「岩手県の一部の山村ではビスケットを天ぷらにして食べる」という習慣があると紹介していた。だが、隣村ではそのような風習がないと言っていたことから理解できるように、県民という大きな単位ではなく、町村単位でも食文化に違いがあるのだ。

 日本国内には、熊牧場で愛想を振りまいているのと同じ熊や、白い雪ウサギを撃つ「マタギ」と呼ばれる山猟師が居るし、ウリ坊の親である猪や、ディズニーや春日大社でおなじみの鹿を撃つ山猟師も居る。アルプスの少女ハイジに出てくる「ユキちゃん(山羊)」はストーリーの中では食われずに済んだらしいが、沖縄等では今でもごちそうとして時たま食卓に並んでいるし、「馬刺し」でおなじみの馬肉は日本各地に名産地がある。また、北海道にはトド撃ち猟師が居るし、トド肉を煮込んだ缶詰までが販売されている。
 海外に目を向けると、カナダでは水族館等で愛想を振りまいているのと同じアザラシを食べて暮らしている人々が居るし、朝鮮半島や中国の一部では犬を食う習慣がある。その他、カンガルーから、イッカク、ジュゴン、マナティ等々、世界各地には色んな食肉文化があるのだ。
 それら世界各国、各地方の猟や食習慣、あるいは食文化の背景には、先祖代々ある時は自然と闘い、ある時は自然から享受し、共に生きてきた長い歴史があり、ソコに暮らす人々には、その糧で作られた血が流れているのだ。だから一つの生き物を目の前にして「カワイイ」と思うのか、「オイシソウだ。」と思うのかは、ソコで暮らす人にしか理解できない価値観だ。
 従って、乱獲で絶滅の危機にさらさないように、調整&規制をしながらという条件の下であれば、他人(他国)が咎めるべきことではないように思う。

 日本はIWC(国際捕鯨委員会)内における海外からの圧力等が原因で商業捕鯨を中止したが、現在では商業捕鯨を独自の判断で再開しているアイスランドやノルウェーとは違って、「IWC自体が増えていると認めるクジラまで未だに規制されている」等、不条理な押しつけがあるのは解っていながらも、1987年以降、ルールに則っての調査捕鯨に切り替えている。その調査捕鯨では「捕殺し、調査した後の鯨は有効に利用しなければならない」と、義務づけられているので、肉等を流通させるのは権利ではなくて義務なのである。そして、規制外のイルカ類(体調4m以下の鯨)は水産庁が決めている捕獲枠内であれば合法的な操業なのだ。

 「イルカやクジラの猟法自体が残酷で、許されない」と言う人が居る。だが、ほとんどの動物はシメて、血抜きをしないことには美味しさや新鮮さが保てない。だから、血まみれの光景は屠畜場であっても養殖魚の出荷場であっても同じだ。
 最近では、さすがにこんなシーンは見かけないが、ボクが子供の頃には、つい先日まで近所の子供達がエサをやって可愛がっていた鶏を、ある日突然飼い主のオジイさんが首を飛ばした後に、吊して血抜きをしているのを目撃したことがあるし、ボク自身も釣りをしている際にキープして家に持ち替える魚は必ず脳髄と神経をナイフで絶ってシメている。そして場合によっては血抜きをする。しかし、そういった一見残酷だと思える行為があるからこそ人間は「生命を奪って糧を得る意味」を考え、自然の恵みに対して感謝をするのだと思う。
 だが、世の中が便利、あるいは「至れり尽くせり」なってしまい、そういった命を絶つシーンを自分自身で目撃することなく、カットされた肉類、切り身にされた魚等の、あたかも工業製品のような生き物の末路にしか触れることがなくなれば、生き物の死を目の当たりにすると残酷なイメージしか湧かなくなってしまうのかも知れない。しかし、自ら手を下さず、「命を絶つという行為」を他人任せにしておきながら、映像などを見ただけで残酷、非道呼ばわりするのは、極めて無責任な行為だと思う。

 捕鯨や和歌山県太地町のイルカ猟、そしてトヨタのリコール問題と、続いてやってきた「ジャパン・バッシング」の火種。それがこれから更に燃え広がって「世界中から袋叩き」になってしまうのなら、それはいつも日本を取り巻いている「外交ベタ」が大いに関係すると思っていた。しかし、ここに来て大西洋クロマグロの輸入禁止問題は、蓋を開けてみれば意外や意外、68対20の大差で否決された。これは、裏側にあった根回し等の外交努力の賜物だ。
 今から77年前、日本は国際連盟を脱退したころから孤立してゆき、石油が輸入できなくなって、ついには戦争になった苦い経験があるのだが、その当時よりも格段の進歩を感じさせてくれた今回の議決には「やるじゃないか、ニッポン外交」と素直に拍手をしたい。
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