透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「藤裏葉」

2022-06-30 | G 源氏物語

「藤裏葉 夕霧、長年の恋の結実」

 夕霧(宰相中将)と雲居雁は相思相愛の仲。ようやく内大臣(雲居雁の父親)も二人の結婚のことを考えるようになった。**あの内大臣も以前とは打って変わって弱気になり、ちょっとしたついでに、そう改まらずに、とはいえそれにふさわしい折に・・・と二人のことを考えている。**(247頁) 

内大臣は自邸で藤の花の宴を開き、夕霧宛ての便り(歌に託した招待状、藤の枝に結びつけてある)を息子の柏木(頭中将)に託し、夕霧を招く。宴席で二人は和解。

宴の後、夕霧は柏木に案内されて雲居雁の部屋へ。**中将は、内心では、妹の元に連れていくのは癪に障る気がしないでもない。しかし宰相の君の人柄が申し分なく立派であり、長年こうなってほしいと願ってきたことではあるので、安心して女君の部屋に案内した。**(252頁) で、二人は結ばれる。

ようやくここまでこぎ着けた夕霧について、紫式部は自分で自分を褒めたいと思ったことでしょう、と書く。バルセロナ五輪の女子マラソンで銀メダルを獲得した有森裕子のコメントのように。雲居雁の母親(按察使大納言の北の方)も二人の縁組をうれしく思っていた。

さて、明石の姫君の入内が四月二十日過ぎに決まった。養母の紫の上は、明石の君(実母)を後見に推薦した。入内に付き添って参内した紫の上が宮中から退出する日のこと。**紫の上に代わって明石の御方が参上する夜、二人ははじめて顔を合わせた。**(259頁)相手の印象は・・・。

紫の上は明石の御方について、**明石の御方が何かものを言う時の様子など、なるほど光君がこの人を大事にするのももっともだと、紫の上は意外な思いで彼女を見る。**(259頁)

一方、明石の御方は紫の上について、**たいそう気高く、女盛りである紫の上の容姿に圧倒される思いで、なるほど、大勢いらっしゃる方々の中でも、特別のご寵愛をお受けになって、並ぶ者のない位置に定まっていらっしゃるのも、まことにもっともなこと**(259頁)と思う。

光君は姫君の入内も望み通りになったし、夕霧もなんの不足もない暮らしに落ち着いたから、安心してかねてから願っていた出家を遂げよう、などと思う。光君も歳を取ってきている。このとき、39歳。ちなみに手元の資料によると、夕霧は18歳で、雲居雁は20歳。

その年の秋、光君は太上天皇(上皇)に准じる位を授与された。また内大臣は太政大臣に、宰相中将は中納言に昇進した。夕霧と雲居雁の夫婦は故大宮邸に移った。その邸は二人が幼い頃育ったところだ。

十月、紅葉の盛りの頃、帝(冷泉帝)が六条院に行幸する。朱雀院(光君の異母兄)も招かれて同行する。華やかな儀式。

**紫の雲にまがへる菊の花濁りなき世の星かとぞ見る(紫雲と見まごうほどの菊の花―格段に高い身分となられたあなたは、濁りなき御代の星のように見える) いよいよお栄えになりましたね**(265,6頁)と太政大臣。 

光源氏の栄華ここに極まれり。怜悧な紫式部は物語をここで終わりにはしない。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋  


「梅枝」

2022-06-27 | G 源氏物語

「梅枝 裳着の儀を祝う、女君たちの香」

 光君の正月は明石の姫君の裳着(成人式)の準備に忙しい。朱雀院の皇子である東宮も二月に元服が予定されている。その後、姫君は東宮妃として入内(じゅだい)が決まる予定。

正月末、光君は薫物(たきもの)を調合する。で、六条院の女君たちにも香木を割り当て、調合を依頼する。薫物合わせが行われることになり、女君たちの調合した薫物が集められた。優劣の判断をするのは兵部卿宮(光君の弟)。宮は絵合でも審判役を務めている。二種類ずつという光君の依頼に対し、紫の上は三種、花散里は一種だけ調合した。ここでも花散里は控えめだ。

夜、月が上ってきたので内大臣家の息子たちも交えて宴、そう、月の宴が催された(いつ頃だろう、月を愛でる習慣が無くなったのは。銀閣寺も観月用に建てられたそうだ。路傍などに祀られている二十三夜塔は月が信仰の対象であり、愛でる対象でもあったことを示している)。

翌日、秋好中宮(六条御息所の娘)の御殿で明石の姫君の裳着が行われた。明石の君(姫君の実母)は身分が低いことを憚り参列しなかった。**このような邸のしきたりは、ふつうの場合でもじつに面倒なことが多いし、今回もほんの一端だけを、いつものようにだらだらと書き記すのもどうかと思うので、くわしくは書かないこととします。**(232頁)とは作者・紫式部の弁。

東宮の元服が二月二十日過ぎ頃に行われた。よその姫君たちが遠慮して入内を見合わせているという噂を聞きつけた光君は明石の姫君の入内を延期して四月に、と決める。その間に光君は道具類をさらに整え、数々の草子(物語や歌集)を選ぶ。

光君は紫の上を前にして六条御息所、秋好中宮、藤壺、朧月夜(なつかしい)、朝顔、それから紫の上の筆跡について批評する。六条御息所の筆跡は格段にすぐれていると思ったものだとか、朧月夜こそは**当代の名手だが、あまりに洒落ていて癖があるようだ**(234頁)などと。

明石の姫君の入内の準備が進んでいることが内大臣には気に掛かる。こんなことになるなら、夕霧が強く望んでいた娘(雲居雁)との結婚を認めてやればよかった・・・。光君もまた、夕霧(宰相の君)の身がいつまでも固まらないことを心配している。で、**「あちらの姫君のことをあきらめたのなら、右大臣や中務宮などが、婿にとの意向をお伝えになっているようだから、どちらかにお決めなさい」というが、宰相の君は何も言わずにかしこまった様子でいる。**(238頁)夕霧は雲居雁のことが忘れられないのだ(このふたりはいとこ同士)。

光君は息子の夕霧に結婚について説教する。ここで光君の結婚観が語られる。そのポイントを長くなるが引用する。**あなたはまだ位も高くないし気楽な身分だからと、気を許して、思いのままに振る舞ったりしてはならないよ。自分でも気づかないうちにいい気になっていると、浮気心をおさえてくれる妻もいない場合、賢い人でもしくじるという例が昔にもあった。恋するべきではない人に心を寄せて、相手も噂になって、自分も恨みを買ってしまうなんて、往生の妨げになる。**(239頁)千年も昔のこの教訓は現代にもあてはまりそうだ。

光君の説教は続く。**もし間違った相手といっしょになって、その人が気に入らず、どうも辛抱できないような場合でも、やはり思いなおして添い遂げようとする気持ちを持ち続けなさい。(後略)** これはどうだろう・・・、離婚率が高まっている現代において受け入れられる教訓ではないように思うけれど・・・。

『源氏物語 中巻』 次は「藤裏葉」。その次の「若菜上」と「若菜下」は長い。ふたつの帖で269頁から440頁まである。この大河小説の峠かな・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋                            


「真木柱」

2022-06-25 | G 源氏物語

「真木柱 思いも寄らない結末」

 玉鬘は鬚黒の大将の手に落ちた。鬚黒は玉鬘がいやだなぁって思っていた男。玉鬘は情けない運命だった・・・、と嘆くばかり。光君は女君をきっぱり忘れることができない。大将がいない昼頃、光君は女君の部屋に行く。そこで**おりたちて汲みは見ねどもわたり川人の瀬とはた契らざりしを**と詠む。**(あなたとは立ち入って親しい仲になれなかったけれど、あなたが三途の川を渡る時、私以外の男に背負われて渡るとは約束しなかったのに)** それに対して**みつせ川わたらぬさきにいかでなほ涙のみをの泡ときえなむ**と返す。この歌の意味も本文から引く。**(三途の川を渡る前に、どうにかして、涙の川の流れの泡となって消えてしまいたい)** 自分の境遇を嘆き悲しんで詠んだ歌。光君へのその場限りの返歌、ではないと思う。かわいそうな玉鬘。 彼女はこの先どうなるのだろう・・・。 

(鬚黒・・・、どこかで聞いたことがあるような名前だなぁ。「ひょっこりひょうたん島」に登場していたキャラ、あれはトラヒゲか。

鬚黒には北の方という奥さんがいるけれど、長年物の怪に取り憑かれている。ふたりの間には3人の子どもがいる(男の子ふたりと女の子がひとり)。ある夜、玉鬘のところに出かけようとする鬚黒の身支度を手伝っていた北の方・・・、**がばりと起き上がり大きな伏籠(ふせご)の下から香炉を取って大将の背後にまわり、ぱっと灰を浴びせかけた。何が起きたのかわからないほどの一瞬のことで、大将は驚きのあまり茫然としている。**(198,9頁) 鬚黒灰だらけ、この帖の印象的な出来事。

この後、鬚黒は北の方には近寄ろうともしない。北の方の父親(式部卿宮)は娘と孫を引き取る。娘は邸を去るとき、**今はとて宿かれぬとも馴れ来つる真木の柱はわれを忘るな**と悲しむ。この娘(こ)は小学6年生くらいだけれど、歌を詠む。真木は檜(ひのき)かな、檜柱さん、私のこと忘れないでね。詠む歌もかわいらしい。歌を檜皮色の紙に書いた姫君は柱のひび割れたところに笄(こうがい)の先で押し込む。

鬚黒は息子ふたりだけ連れ戻す。鬚黒は落ち込んでいる玉鬘を慰めるために内侍として宮中入りを許す。冷泉帝がさっそく玉鬘の部屋を訪ねる。玉鬘は**このままでは、あってはならぬことも起きかねない身の上なのだ、と情けなく思っている(後略)**(212頁)大将も心配になって、早々と退出を願い出し、自邸に連れて帰る。その際、玉鬘が帝に宛てて読んだ歌。**かばかりは風にもつてよ花の枝(え)に立ち並ぶべきにほひなくとも** 何回も書くけれど、玉鬘は理知的な女性だ。鬚黒の息子たちは玉鬘によくなつく。11月にはかわいらしい男の子が生まれる。 

この帖の最後に紫式部は唐突に近江の君(過去ログ)のことを書く。**そういえば、内大臣が引き取った近江の君を覚えていますか。**(221頁)今後の展開に必要なのだろうか。近江の君は夕霧に恋して、歌を詠むが、夕霧は返歌できっちり断る。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋                                        
                            


「藤袴」

2022-06-21 | G 源氏物語

400

「藤袴 玉鬘の姫君、悩ましき行く末」

 玉鬘に尚侍(ないしのかみ)として出仕(宮仕え)することをだれもが勧めるが、玉鬘は悩んでいる。思いがけなく帝の寵愛を受けることになれば、秋好中宮(光君の養女)や弘徽殿女御(こきでんのにょうご)から疎んじられるかもしれない、と。光君も実の親でないと認められてから、遠慮することなく、馴れ馴れしく振る舞う。玉鬘には相談相手もいないので、苦悩は深まる・・・。

そんなとき、祖母(夕霧と玉鬘、ふたりのおばあちゃん)の大宮が亡くなる。喪服姿の玉鬘のもとをやはり喪服姿(色の濃い鈍色の直衣(のうし)を着ている)の夕霧が訪ねる。実の姉ではないということが分かって、夕霧の玉鬘に対する恋情は募る。野分の朝に垣間見た玉鬘の美しさが忘れがたく、藤袴を差し出して歌を詠む。玉鬘の返歌。**尋ぬるにはるけき野辺の露ならば薄紫やかことならまし**(177頁)あなたと深い縁などありませんわ。やはり玉鬘は理性的で冷静な対応をする女性だ。

夕霧は光君の元へ行き、玉鬘の処遇について真意を問いただす。そこで、**なかば捨てるつもりで実の父である私に押しつけて、尚侍という役職で宮仕えをさせておき、自分のものにしてしまうつもりだろう、(後略)**(180頁)と内大臣が非難していると詰め寄る。ひとりの女性をめぐる父と息子の駆け引きとも取れる場面。光君は夕霧の話を聞き、内大臣に心を見透かされていることに驚く。で、玉鬘の出仕を決める。

実の姉ではないことが分かった夕霧の募る恋情、実の姉だと分かった柏木の戸惑い。**妹背山ふかき道をば尋ねずて緒絶の橋にふみまどいける**(182頁)この歌に玉鬘は次のように返す。**まどひける道をば知らで妹背山たどたどしくぞ誰もふみ見し**(183頁)やはりこの女性は賢い。

あの鬚黒の大将も実に熱心に奔走し、手紙も出す。ほかに兵部卿宮(光君の弟、光君の蛍を使った業(わざ)で完全に恋に落ちた)や左兵衛督(さひょうえのかみ)も手紙を出す(左兵衛督って誰だっけ、登場人物系図で確認する)。玉鬘は兵部卿宮だけに返事を書く。**心もて光にむかふあふひだに朝おく霜をおのれやは消つ **(186頁)あふいは葵のこと。 決してあなたのことを忘れたりはしません なんて書かれていたらうれしいよなぁ。

源氏物語にはいろんなタイプの女性が登場する。その中で夕顔は人気があるようだが(僕も前々から夕顔という名前は知っていた)、彼女の娘の玉鬘もなかなか好いと思うな、紫式部もこの女性が好きだったんじゃないかなぁ。玉鬘はこれからどんな人生を送ることになるのだろう・・・。


  1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋                                          

 


「行幸」

2022-06-19 | G 源氏物語

「行幸 内大臣、撫子の真実を知る」

 この帖のポイントは光君が内大臣と会って、玉鬘が内大臣の実子ということを伝えたこと。その前に12月に行われた冷泉帝の大野原への行幸で、玉鬘が帝や内大臣、兵部卿宮らを見て評価することもこの帖の見逃せないポイントだろうか。右大臣(鬚黒)のことは色黒で顔じゅうひげだらけで好きになれそうにないなぁ、と思う玉鬘。「野分」では夕霧が女性たちを評価し、花に喩えていた。そう、夕霧、女君の品定め。

光君と内大臣は昔からのライバル同士。玉鬘の真相が明らかになると、**かつて、ずっと昔の雨の夜、あれこれと恋の品定めについて話したことを思い出して、泣いたり笑ったり、二人ともすっかり打ち解けた。夜もずいぶんと更けて、それぞれ帰っていく。**(159頁)まあ、ふたりは義兄弟でもあることだし。

だが、その後ふたりは政治的な思惑から腹のさぐり合いを始める・・・。雲居の雁を夕霧と結婚させる気はあるのか、玉鬘の今後の処遇は・・・。

♪ここかと思えば またまたあちら 浮気なひとね、な光君。サーフィンボードはかかえていないけれど、とにかく美女から美女へのプレーボーイなんだなぁ、と『源氏物語』を読み始めて思った。だが、このあたりまで読み進めてくるとだいぶ光君は変わり、物語の様相も「雨の品定め」のころとは変わってきていることを感じる。 ♪あの時 君は若かった

これから光君はどうなっていくのだろう・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋                     

*1 復習:玉鬘は内大臣と夕顔との間に生まれた娘


 


「野分」

2022-06-17 | G 源氏物語

「野分 息子夕霧、野分の日に父を知る」

 **春か秋かと競う時、昔から秋に心を寄せる人のほうが多かったけれど、名高い春の御殿の花園に夢中だった人々ががらりと心変わりする様は、時勢になびく世の有様と変わりがない。**(129頁)「野分」の帖を紫式部はこのような時事評論的な一文から書き出している。「源氏物語」は時に政治的な背景を説き、評論的な内容も書いている。文学論もあった。俗な週刊誌の連載小説とは違う。尤も、熱心な読者である宮中に仕える女性たちの関心を惹くような話題、恋愛物語的な要素が強いのだろうが。

秋好中宮(あの六条御息所の娘)は実家である六条院の秋の御殿に里帰りして、留まっている。八月。野分(台風)が激しい勢いで六条院を襲う。夕霧が野分の見舞いに六条院を訪れる。そこで紫の君の姿を見てしまった夕霧は、あまりの美しさにすっかり心を奪われてしまう。樺桜のようだと一目ぼれ。**春の曙の霞のあいだからみごとに咲き乱れた樺桜を見るかのような気持になる。(中略)その魅力的なうつくしさは、周囲をも照らし、類を見ないすばらしさである。**(130頁) 復習、紫の上は藤壺の姪。この女性にたちまちロックオンされた夕霧は、他の美しい女房たちに目を移すことができない。紫の上はいったいどんな女性なんだろう。再来年の大河ドラマ「光る君へ」には作中の女性たちは登場しないのかな・・・。

夕霧は父君が紫の君から自分を遠ざけてきた意図が分かる。光君は息子が紫の君に一目ぼれしたことを見抜いてしまう。夕霧は律儀な性格、野分をこわがる大宮(おばあちゃん)のことが心配で顔を出している。**「この年になるまでこんなものすごい野分に遭ったことはありませんよ」**(132頁)**「こんな中よく来てくださったこと」**(132頁)と大宮は震えながらも喜ぶ。

夕霧は思う。なぜ父君はあんな美しい紫の君がいるのに、花散里のようなお方も妻にしているのかな、と。花散里は美人ではないけれど誠実で心変わりしない女性だから、という理由(わけ)は若い夕霧には分からないのだろう。無理もないと思う。

光君も夕霧をお供に中宮、明石の御方を見舞い、玉鬘を訪ねる。そこで夕霧は・・・。**何かおかしいぞ、父娘と言いながら懐に抱かれるばかりに近づいていい年頃でもないのに・・・・・と、目を離せない。(中略)あまりの異様さに心底驚いてなおも見入ってしまう。**(139頁)

でも、夕霧は玉鬘はお姉さんだけれど、母親が違うのだからと思って**あるまじき思いを抱きかねないほど魅力的に思える。** あるまじき思いって、単なる恋心ではないのでは・・・。 

光君が玉鬘に親密に話しかける。すると急に立ち上がって**吹き乱る風のけしきに女郎花しをれしぬべきここちこそすれ**と詠む。**あなたの強引さに私は今にも死んでしまいそうな思いです**(140頁)やはり玉鬘は理性的だ。

その後、夕霧は明石の姫君(異母妹)を訪ねる。姫君が紫の上の部屋に行っていて留守だったので、待つ間に雲居雁(幼なじみのいとこ)に宛てて手紙を書く。やがて戻ってきた姫君の姿を夕霧はちらっと見た。

紫の君は桜、玉鬘は山吹の花、可憐な明石の姫君は藤の花がふさわしいなぁ。夕霧、女君の品定め。

物語には世代交代の空気が・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋                     


「篝火」

2022-06-15 | G 源氏物語

「篝火 世に例のない父と娘」

 この帖(巻)は短く、「角田源氏」では4ぺージ(実質3ページ)しかない。

内大臣が引き取った近江の君の評判が芳しくない。この姫君の扱いをめぐって内大臣が非難されている。世間の噂を聞くにつけ、玉鬘は自分も実の父親である内大臣のおそばに参っていたら、恥ずかしい思いをしていたかもしれないと思い、光君に引き取っていただいて良かった、としみじみ幸運を感じている。

光君は玉鬘に下心を持ってはいるものの、男女の関係を迫ろうとはしない。で、玉鬘も次第に心を開くようになる。秋のある夜、**光君は琴を枕にして姫君とともに添い寝している。**(124頁) こんなことをしているのに・・・。

その夜、光君は女房に見咎められるかもしれないと思って帰ろうとするけれど、庭先の篝火に照らされる玉鬘があまりにも美しいので、帰りがたくてぐずぐずしている。そこで、**「篝火にたちそふ恋の煙(けぶり)こそ世には絶えせぬ炎なりけれ」**(124頁)と恋心を詠む。このくだりを読んでいて、「君といつまでも」と願う気持ちは加山雄三の歌にもあるなぁ、と思う。

これに対する玉鬘の返歌が実に好い。**「行方なき空に消(け)ちてよ篝火のたよりにたぐふ煙とならば」**(125頁)篝火のついでに立ちのぼる程度の恋なんですね。そんな恋の煙なんて果てのない空に消し去ってくださいな。やはりこの姫は賢い、いや紫式部は賢い。

この後、夕霧と柏木たちが招かれて笛を吹いたりする。玉鬘を実の姉とも知らずに恋心を抱く柏木は、彼女を前に緊張しながら琴を弾くのだが、この場面はわたしにはどうでもよくて(今後の展開上意味があるのだろうけれど)、この短い帖は上に挙げた玉鬘の返歌に尽きると思う。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋


「常夏」

2022-06-14 | G 源氏物語

「常夏 あらわれたのは、とんでもない姫君」

 暑い日。光君は六条院の釣殿で涼んでいる。池の中にあるのだから、涼しいと思う。そこで中将の君(夕霧・息子)や親しい殿上人たちと鮎やいしぶし(川魚の一種)などを味わっている。「源氏物語」で食事する場面が描かれるのは、珍しいのでは。光君の目の前で料理人が調理している(*1)。再来年(2024年)の大河ドラマは紫式部が主人公とのことだが、平安貴族の食事の様子も出てくるだろう。

中将の君を訪ねて内大臣家の子息たちもやってくる。ちょうどいいところに来てくれた、と光君は歓迎して**氷水を持ってこさせて水飯(すいはん)にして、それぞれにぎやかに食べはじめる。**(101頁)水飯って、お茶漬けのようなものなのかなと思って、検索してみた。冷やし茶漬け、山形県に今でもあるとウィキペディアに出ていた。魚を肴にお酒を飲んで、冷やし茶漬けサラサラ、いいなあ。

光君は内大臣(って、かつての頭中将)の次男に近江の君の噂の真相を訪ねる。**「(前略)その娘のこともまったく無関係とは言えないのではないか?父君もずいぶんと奔放にあちらこちらと忍び歩きをしてきたようだしね。(後略)」**(102頁)などとからかう、いや皮肉を言う。本人に向かってするべきだと思うけどな。

夕方。宴たけなわといったところだろうか、**「気楽にくつろいで涼んでいったらいい。だんだん、こうした若い人たちに疎まれるような年齢になってしまったな」**(103頁)と言って光君は席を立つ。手元の源氏本によるとこのとき光君は36歳。当時人生50年、いやもっと短かったか。光君はもう中年おじさん。

さて、内大臣が引き取った近江の君。彼女はおバカキャラ、でも憎めない人。**「私は草仮名をよく読めないからかしら、歌のはじめと終わりが合っていないように見えるけれど」**(118頁)などと女御に言われ、女房たちの失笑を買う始末。詠む和歌の辻褄が合っていないのだ。彼女が早口なことも気になって仕方がないようで・・・。

一方、玉鬘は以前ほど光君を嫌がることもなくなっている。だが、光君は自制して男女の関係を迫ろうとはしない・・・。

物語は進む、人は変わる。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋


*1 『源氏物語 おんなたちの世界 信州の源氏絵をひもといて』堀井正子(信濃毎日新聞社2009年)にこの場面の屏風絵が載っている。**包丁を手に、まな板を前に、献上された魚を目の前で調理して出す。**という解説文から、刺身かもしれない。獲れたての魚が献上されたのかも。


「蛍」

2022-06-10 | G 源氏物語

「蛍 蛍の光が見せた横顔」

 玉鬘は光君の振る舞いにどうしたらいいのか思い悩む日々。光君の弟の兵部卿宮は玉鬘に恋文を送っている。光君はなかなか返事を書かない玉鬘に向かって書くべき言葉を口にして返事を書くように勧める。このことについて作者は**この手紙に兵部卿宮がどう対応するのか、見たいと思っているのでしょうね。**(82頁)と書く。どうも紫式部は光君のことをあまり好意的に思っていないようだ。

珍しく返事があったので、兵部卿宮が玉鬘の許を訪ねる。それは五月雨の晩のことだった。別の部屋から近くに寄ってきた光君が、薄い帷子(かたびら)に包んでおいたたくさんの蛍を放つ・・・。蛍の光に浮かび上がる玉鬘、そっとその様をのぞき見た宮はその美しさに目を奪われてしまう。光君の企み、成功。

宮はさっそく歌を詠み送るが、玉鬘の返歌はそっけない。この帖が蛍と名付けられているように、この夜の出来事は印象的。暗闇の中で蛍の光は玉鬘を妖しく浮き立たせたことだろう。その後も宮は恋文を送るけれど玉鬘の返事は相変わらずあっさりしたもの。

光君は他の女君のところにも出向いているが、その様は省略。

長雨が続く。**六条院の女君たちは絵や物語などのなぐさみごとで日々を暮らしている。**(90頁) 玉鬘も絵物語に夢中になっている。そんな中、光君は玉鬘の部屋を訪れて、物語とはどういうものなのか、その意義を説く。

少し長くなるが本文から引用する。**「だれそれの身の上だとしてありのままに書くことはないが、よいことも悪いことも、この世に生きる人の、見ているだけでは満足できず、聞くだけでもすませられないできごとの、後の世にも伝えたいあれこれを胸にしまっておけずに語りおいたのが、物語のはじまりだ。(後略)」**(92頁)これは紫式部が『源氏物語』執筆の動機を語った場面ともいえる、と思う。

引用文は次のように続く。**「(前略)内容に深い浅いの差はあれど、ただ単に作りものと言ってしまっては、物語の真実を無視したことになる。(後略)」**(92頁)。角田さんは同じ作家としてこのくだりを頷きながら訳したのではないか、と思う。

ここで話が飛ぶ。塩尻のえんぱーくで11月に作家の島田雅彦さんの講演が予定されている。手元のリーフレットによると、演題は「フィクションの方が現実的」となっている。この演題からして、上記に通じる内容ではないかと思われる。奇なる真実は小説(フィクション)の方がリアルに伝えられる、ということか。千年も前に、今にも通用する文学論を綴っていた紫式部、平安のこの才女はすごい。

源氏物語はこの先、どのように展開していくのだろう・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋
                 


「胡蝶」

2022-06-07 | G 源氏物語

「胡蝶 玉鬘の姫君に心惹かれる男たち」

 夕顔はその昔、光君がぞっこんだった女性。ある日、光君は夕顔を廃墟のような邸に連れ出した。ふたり水入らずで過ごそうという魂胆。ところがそこで夕顔は物の怪にとりつかれて急死してしまう。「胡蝶」に出てくる玉鬘は夕顔の娘で光君の養女。

非の打ちどころのない美しさの姫君・玉鬘に思いを寄せる男たちが多く、恋文がたくさん届く。で、光君はいちいち恋文をチェック、評価する。**だれかの妻となって赤の他人となってしまうのはどんなにくやしかろうと光君は思わずにいられない。**(70頁)光君は紫の上にも玉鬘のことを褒めて聞かせる。もちろん紫の上はいい気持ちはしない。

ある日、光君は玉鬘に**「はじめてお目に掛かった時は、こうまで似ているとは思わなかったが、不思議なくらい、母君かと思い違いをしてしまうことがたびたびあるよ。(後略)」**(74頁)などと告白する。 いやだなぁと思う玉鬘は光君がとても母君とは別人とは思えないと詠むと**袖の香をよそふるからに橘のみさえはかなくなりもこそすれ**(74頁)私の身(橘の実)も母と同じようにはかなく消えるのかもしれませんね、と返す。

**(前略)体つきや肌合いがきめこまやかでかわいらしく、光君はかえって恋心が募る思いで、今日は少しばかり本心を打ち明ける。**(74、5頁) 薄絹姿で肌が透けて見えている玉鬘に迫る光君。色っぽいだろうな、と鄙里のおじさんも思う。この後のやり取りは省略。玉鬘はつらくて震え、涙があふれている。嫌で嫌でたまらない様子。玉鬘がかわいそう。で、光君も反省して(あきらめてだろうか)夜の更けないうちに帰ることに。

その後、光君から送られてきた手紙に玉鬘は**「お便りいただきました。気分が悪いのでお返事は失礼いたします」と書く。**(77頁)さすがに堅物だ、恨みがいがあると思う光君に、**なんとも仕方ないご性分ですこと。**(77頁)と作者は感想を書く。

『源氏物語』を全訳した谷崎潤一郎は光源氏嫌いだったそうだが、「胡蝶」を読むと誰でも光源氏を嫌悪するのではないか。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋


『源氏物語』の訳書は読んでいないけれど、漫画『あさきゆめみし』大和和紀(講談社)を読んだという人が結構いるらしい。この漫画を高く評価する人も少なくないようだ。しばらく前、あるカフェの店長からも『あさきゆめみし』を読んだと聞いた。ぼくはこの漫画を知らない。ネットで画像検索してみた。なるほど、こういう漫画なのか・・・。

昨日(6日)朝カフェ読書をしている時、顔見知りの店員さんから声をかけられた。ぼくが角田光代訳の『源氏物語』を読んでいることをブログで知った店員さん、「私も去年角田光代訳の源氏物語を読みました」。





「初音」

2022-06-05 | G 源氏物語

「初音 幼い姫君から、母に送る新年の声」

 「初音」では新年を迎えた六条院の様子が描かれる。「少女」で六条院が完成し、概要が説明されている。六条院は4つのブロックからなり、春夏秋冬、四季の造園がなされている。春の庭園は春に映えるように、冬の庭園は冬の光景が映えるように。**春の御殿の庭はとりわけ、梅の香りと御簾(みす)の内から流れる香が混ざり合い、この世の極楽浄土とまで思える。**(47頁)このような様子。

光君は六条院に暮らす女君たちを年賀に廻る。紫の上、明石の姫君、花散里(夏の住まいで今はその季節ではなく、静まりかえっている。だが上品に暮らしている様子)、玉鬘。

大塚ひかりさんの『カラダで感じる源氏物語』(ちくま文庫2002年)を読んだので、光君と花散里の関係について**(前略)しっとりとした夫婦仲である。今はもう男女の関係ではないのである。**(50頁)このような件(くだり)に気が付く。

日暮れ頃、光君は明石の御方の住まいに向かう。部屋の中はぬかりなく洒落たセッティング。光君は紫の上のことを気にしながらも、泊まってしまう。で、朝帰り。**「変にうたた寝をしてしまって、大人げなく眠りこんでしまったのを、そう言って起こしてもくれないものだから・・・」**(52頁)などと新年早々の外泊の言い訳。紫の上は悲しいし、悩むよなぁ・・・。

数日後、光君今度は二条東院へ。学問に打ちこむ末摘花は、髪は白く薄くなっている。この物語、年月が経っているのだなぁ。空蝉は仏道一筋に勤めている。六条院とは違い、地味な暮らし。

その後催された男踏歌(おとことうか)という儀式については省略。

紫式部はこの帖を読者に光君と関係のある女君たちの生活の様子を知ってもらうという意図で書いたのだろう。彼女たちの人生もいろいろだ。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋


「カラダで感じる源氏物語」

2022-06-04 | G 源氏物語



 『カラダで感じる源氏物語』大塚ひかり(ちくま文庫2002年)を長野の権堂商店街の古書店の店先で見つけて購入した。善光寺御開帳で好い御縁に恵まれた。  長野から帰る電車の中で読み始め、昨日(3日)の夜に読み終えた。

大塚さんは源氏物語を現代語訳していて、今読んでいる角田光代訳の『源氏物語』の主要参考文献リストに与謝野晶子訳と共に載っている。大塚さんは源氏物語に関する著書が何冊もあるようだ。以前から名前は知っていたが、著書を読んだことはなかった。

この本を読んで驚いた。大塚さんの理解力、洞察力はすごい。小谷野 敦(比較文学者)さんが解説文に**その解釈には専門家のなかにも一目置いている人たちがいる。**(292頁)とし、**『源氏物語』などおそらく全文を諳んじているはずだし(後略)**(292頁)とまで書いている。大塚さんは当時の社会的、経済的背景を踏まえつつ源氏物語を自在に論じている。

なるほど、こういうことなのか・・・、既に読んだところの解説を読んで、何回かこう思った。くだけた文章で書かれているが、これは実に説得力のある「源氏物語論」だと思う。

第4章(最終章)「失われた体を求めて――平成の平安化」の第2節「感じる不幸」に「なぜ、浮舟がラストヒロインなのか」という論考がある。大塚さんはここで源氏物語を総括し、紫式部の真の目的は・・・! と的確に一文で括っている。(268頁)ここには敢えて引用しない。推理小説の犯人を挙げ、トリックを明かしてしまうようなものだ、と思うから。

この『カラダで感じる源氏物語』で予習ができた。さあ、『源氏物語』の中巻を読もう!


 


「玉鬘」

2022-06-01 | G 源氏物語



「玉鬘 いとしい人の遺した姫君」

 源氏物語に登場する多くの女性の中で夕顔の知名度は高いのでは。私も以前から名前だけは知っていた。夕顔は光君が恋焦がれた女性だった。光君との逢瀬の最中にものの怪が現れ、夕顔は急死してしまった。その後、ずいぶん長い年月(20年近く)が流れたが光君は夕顔のことをひと時も忘れることはなかった。

玉鬘はその夕顔の娘。4歳の時に備前国は筑紫に移り住み、美しい娘に成長していた。その様は次のように描かれている。**母君よりなおお見目麗しく、今は内大臣となっている父(かつての頭中将)の血筋もあって、気品があって愛らしい。おっとりした気性で申し分がない。**(10,11頁)**二十歳ほどになると、すっかり大人になり、理想的な美しさである。**(11頁)

こうなると周辺の男たちがほうっておかない。中でも大夫監という男は強引に迫る。乳母と子どもたちは玉鬘と船で京に逃れる。しかし京では頼るあてもなく、九条で仮住まい。で、神仏に救いを求めて、八幡に、それから初瀬の観音(長谷寺)にお参りにいく。

宿である女性と出会う。**じつは、このやってきた人は、夕顔をずっと忘れることなく恋い慕っている女房の右近なのだった。**(20頁)この偶然の再会が玉鬘に幸運をもたらすことになる。

右近は光君の邸に参上して、一連のできごとを知らせようとするが、それがなかなかできずにいる。夜になって光君が足を揉ませるために呼び・・・。**「さっきの、さがし出した人というのはどういう人なの。尊い修行者とでも仲よくなって連れてきたのか」と光君が訊くと、
「まあ、人聞きの悪いことを。はかなく消えておしまいになった夕顔の露にゆかりのあるお方を、見つけたのでございます」と右近は言う。**(30頁)

連続ドラマなら、この場面はある回のクライマックス。ここで次回に続くとなるだろう。

光君は玉鬘を養女として引き取ることにする、それも父親に内密に。六条院に移ってきた玉鬘の世話をすることになったのは花散里。この人は家庭的で律儀な女性だと思う。

**恋ひわたる身はそれなれど玉かづらいかなる筋を尋ね来つらむ(あの人を恋い慕ってきたこの身は昔のままだけれど、玉鬘のようなあの娘はどういう筋をたどって私の元を尋ねてきたのだろう)**(38頁)光君がこう考えるのももっともなこと。**本当に深く愛していた人の形見なのだろうと紫の上は思う。**(38頁) 

夕顔の君の再来。光君は養女にした玉鬘に次第に惹かれていく・・・。先が気になるけれど一日一帖。 『源氏物語』を読む始めた時、連作短編集という印象だったが、今は違う。これは壮大な構想をもとに書かれた大河小説だ。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋


「少女」

2022-05-30 | G 源氏物語

「少女(おとめ) 引き裂かれる幼い恋」

 光君の息子の夕霧と内大臣に昇進したかつての頭中将の娘の雲居の雁はいとこどうし。ともに祖母の大宮のもとで育てられる。ふたりは恋心を抱き・・・。「少女」の帖ではこのいとこどうしの恋が描かれる。娘の彼氏が長年のライバルの息子となると、父親(内大臣)は心中穏やかではないだろう。政治的な思惑もあることだし。で、ふたりの仲をむりやり引き裂こうとする。大宮は孫がかわいいからふたりに同情もする。

内大臣は光君と昔から親しいけれど、張り合ってきたことなどを思い出すとおもしろくなくて眠れない夜を過ごす。そして考える。**大宮も、二人のご様子には気づいていらっしゃるだろうに、またとなくかわいがっておられる孫たちだから、好きなようにさせておいでなのだろう、という女房たちの話しぶりを思うと不愉快にも思い腹も立ち、心を静めることもできない。**(615頁)

夕霧の乳母がそっとふたりを逢わせる。**二人は互いになんだか恥ずかしく、胸も高鳴り、何も言えずに泣き出してしまう。**(625頁)夕霧が「ぼくのこと好き?」と問えば、雲居の雁はわずかにうなずく。小さな恋のメロディ。夕霧は父親とはまるで違う。

この帖で光君は教育に対する考え方、教育観について語る。そのポイントを文中から引用する。**やはり学問という基礎があってこそ、実務の才『大和魂』も世間に確実に認められるでしょう。**(604頁)現在使われる大和魂とは意味が違う。引用文にあるように柔軟に、実務的に事を処理する能力を指す。

帖の最後には次のような出来事が描かれている。**光君は閑静な住まいを、同じことなら土地も広く立派に造築し、ここかしこと離れてなかなか逢えない山里の人なども集めて住まわせよう、と考えて、六条京極のあたり、梅壺中宮の旧邸付近に、四町の土地を入手して新邸を造らせはじめた。(後略)**(638、9頁)いくつもの御殿が建つ広大な邸宅(*1)の六条院が完成すると紫の上、花散里、梅壺中宮(六条御息所は存在感がある女性だが梅壺中宮はその娘)、明石の君と次々移り住む。

春夏秋冬、四季をイメージして造園された4つの町(区画・ブロック)から成る広大な六条院。光君の栄華はこの先いつまで続くのか、物語はどうなる・・・。

角田光代訳の『源氏物語』上中下3巻、上巻を読み終えた。素直にうれしい。

源氏物語は登場人物が多いし、役職も変わるから関係が分かりにくい。え、この人誰だっけと源氏関連本の人物相関図で確認することしばしばだった。本書の帯に**四百人以上の登場人物が織りなす物語の面白さ、卓越した構成力、こまやかな心情を豊かに綴った筆致と、千年読み継がれる傑作である。**とある。登場人物が400人を超えるとは驚きだ。確かに作者・紫式部の構成力はすごいと思う。

360
たくさんの半透明の付箋、色に意味はない。きれい。


*1 『源氏物語 解剖図鑑』佐藤晃子(エクスナレッジ2022年第3刷)には**六条院は、京の都の碁盤の目を4つ取り込んだ大邸宅(252m四方)。**(57頁)とある。

1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋





「朝顔」

2022-05-26 | G 源氏物語

「朝顔 またしても真剣な恋」

 朝顔の姫君は光君のいとこ。姫君は父親(式部卿宮)が亡くなり喪に服するために斎院を辞して、実家(父親の旧邸)である桃園の邸に移り住む。そこにはふたり(朝顔の姫君と光君)の叔母の女五の宮が同居している。光君は叔母に会うのを口実に桃園の邸を訪れる。そこで朝顔の君に長年の思いを訴える。だが、姫君は恋愛ごとに疎く、引っ込み思案。光君の熱心なアプローチにまったく取り合わない。

「朝顔」の帖は次の贈答歌、光君と朝顔の姫君の歌のやり取りに尽きると思う。

**見しをりのつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ**(583頁) むかし会ったときのことが忘れられない光君、朝顔のようなあなた、うつくしい盛りはもう過ぎてしまったのでしょうか、と歌で問う。

これに対して姫君は返事をしないとわからず屋のように思われるのではないかと思い、**秋果てて霧の籬(まがき)にむすぼほれあるかなきかにうつる朝顔  (秋も終わり、霧のかかった垣根にまとわりついて、あるかなきかに色あせた朝顔、それが今の私でございます)**(584頁)と返す。今はもうお互いに恋などふさわしくないほど歳を重ねているという自覚、理性的な判断をする姫君。

光君が姫君に熱心に言い寄っているという世間の噂が紫の上(奥さん)の耳にも入る。光君の心が朝顔の姫君に移ってしまったら、私はどうなるのだろう・・・、と心を痛める。こんなことになることもあり得るのに、安心しきって過ごしてきたなぁと考える紫の上。朝顔の君との件は本気じゃないから安心しなよ、と紫の君の機嫌をとる光君。

雪の夜、物思いにふける光君。人は春の花(桜)や秋の紅葉に心惹かれるけれど、冬の月夜の雪の風景も格別で、これ以上のものはないなあ、と思う。これを興ざめなことの例だと書き残した昔の人は浅はかだと言う。ここで紫式部は昔の人とは書いているけれど、清少納言を意識しているとする説もあるようだ。ほかにも「枕草子」との関係を思わせるところがあるそうだが、調べずに読み進む。

さて、風情ある雪景色を見ながら光君は紫の君に今まで関係した女性について語りだす。藤壺、朝顔、朧月夜、明石の君、花散里。源氏物語にはいろんなタイプの女性が登場する。中には朧月夜の君のように恋に積極的な女性もいる。このあたり、作者の紫式部が読者に回想を促す意図があったのかも知れない。

夫から女性遍歴を聞かされた奥さん、**氷閉じ石間の水はゆきなやみ空澄む月のかげぞながるる (私は閉じこめられているけれど、あなたはどこへも行けるのですね)**(596頁)と詠む。上手いなあ、賢い人だなあと思う。

平安貴族の社会における夫婦の関係は現代とは違うけれど、個々人の心情は今も昔も変わらないと思う。となると、紫の君はつらかっただろうな、と同情する。

その後、光君が藤壺のことを考えながら寝室で横になっていると、夢に藤壺がでてきて、**「けっして漏らさないとおっしゃっていたのに、嫌な評判が明るみに出てしまって恥ずかしく思います。こんなつらい思いをして、苦しくてたまりません」**(596頁)と恨み言。光君は藤壺の供養をする。

この帖を読み終えて「光君の母親さがし 藤壺に実の母親を求めた」とノート(源氏物語用のメモ帳)に書いた。「源氏物語」、この後の展開やいかに・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋

上巻は「少女」を残すのみ。