透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「散り椿」 

2013-03-04 | A 読書日記



 葉室 麟の時代小説『散り椿』角川書店を読み終えた。

主人公は一介の浪人、瓜生新兵衛。昔 勘定方だった新兵衛は上役が商人から賄賂を受け取っていた不正が許せず、重役方に訴えた。だが訴えは認められず、藩を追われて京の地蔵院という寺の庫裏で妻・篠(しの)と暮らしていた。

新兵衛は病身の篠と交わした約束を果たすべく、篠の死の半年後、18年ぶりに帰郷する。藩内で身を寄せたのは篠の妹・里見が殖産方の息子・藤吾と暮らす家だった。

新兵衛は甥の籐吾と共に藩の権力抗争、政争の渦に巻き込まれていく。藩内の政争にはかつて新兵衛とともに一刀流平山道場で修行に励み、四天王と謳われた仲間たちも関わっていた・・・。

昔の暗殺事件も絡んで、ものがたりは時代サスペンス、ミステリーの様相を呈して進む。更に篠は当時四天王と呼ばれた仲間たち憧れの女性だったことも明らかになって、なにやら静かな恋愛小説の雰囲気も漂いだす・・・。

**くもりの日の影としなれる身なれば  目にこそみえね身をばはなれず**(295頁) 残された篠の手紙に記されたこの和歌をどう解釈するか。

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この小説を男と男の権力抗争を背景に描き出す男と女の愛のものがたりと括っておこう。やはり葉室 麟の作品『蜩ノ記』もそう読んだ。

『蜩ノ記』はラストに涙したが、この小説もそうだった。藩内の政争の落着を見て新兵衛は再び藩を離れることに。

**「お慕い申しているのは、藤吾だけではございませぬ」里見の声に切実な響きがあった。「わたくしの胸の内には姉がおります。姉が新兵衛殿にここに留まっていただきたい、と申しております」里見はあふれそうになる想いを初めて口にした。**(353、4頁) 新兵衛と暮らすうちに里見の心は恋慕の情に占められていったのだ。

**新兵衛は何も答えず、裏木戸から出ていった。里見は後を追えず、袖で顔をおおって立ち尽くした。(後略) **(355頁)

止めてくれるなお里さん、男新兵衛 行かねばならぬ、か・・・。 この切ないラストに涙。