「毎日暑いですね」
「暑いね、でもなんとなく秋の気配も感じるけど。夜、秋の虫が鳴いているし」
「鳴いてますね、9月になれば涼しくなりますね」
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「ところでU1さん、この間、繰り返すヨーロッパと繰り返さない日本の違いが宗教をベースにした自然観の違いに拠るのではないかって言ってましたね」
「そう。でも宗教がベースになっているといっても、その宗教って結局自分を知る手段というか、まあ自己規定のための手段だと思うんだよね」
「つまり自分を理解するため、ですか・・・。この間、テレビで人は直線で創り、自然は曲線で創るとかいうガウディの言葉を紹介してましたけど・・・」
「そう? ガウディ自身は曲線で創ったけどね。自然というか神というかそういうところに近づきたかったのかな」
「ガウディというと、私はバルセロナにある有名なサグラダ・ファミリア教会を何年前かな、見たんですけどあの建築って実はすごく構造的に合理的な形なんですってね」
「そうだね、今のような構造計算ができるような時代じゃなかったけど、有名な逆さ吊り実験で合理的な形をみつけたんだよね、何年もかかってさ」
「その逆さ吊り実験っていくつも重りの袋でしたっけ、鎖にぶらさげている様子をみました」
「あの実験は有名だよね。ところでエジプトのピラミッドってすごくシンプルな幾何学的な形でしょ、四角錐。あれって自然と対峙するという、古代エジプト人の強い意志の表現だと思うな」
「確かに自然の造形にはないですね。でも自然環境と無関係ではない造形ですよね」
「やはりそう思う? あの形って広大な砂漠だからこそ出来た形、だよね。でね、結局「風土」ということを考えざるを得なくなる・・・。繰り返すとか繰り返さないということも風土と無関係ではないな、と・・・」
「そうか、それで和辻哲郎ですか」
「そう、さすがMさん」
「私もあの本読みました。風土が文化を規定するというようなシンプルな図式というか構造を示しているのではないような気がするんですけど、でもまあそんな理解をしましたけど」
「え?読んだの。日本の風景って、例えば春霞みとかおぼろ月とか、はっきりしないでぼんやりしているでしょ。それって湿度というか、水分が多いせいだと思うけど。まあ要するに豊かな水がつくるぼんやりした風景だよね、日本の風景って。ヨーロッパは乾いているけど」
「ええ、湿度が少ないと風景ってはっきりしますからね」
「そのぼんやりした自然環境というか風土がいろんなところに文化として出ているのではないかと、曖昧なものとして。例えば和風庭園の借景という手法は境界を曖昧に捉えているから出てくる」
「曖昧ということでしたら、例えば着物がそうですね、サイズがありませんから。どんな身長でも着ることが出来ますよね。洋服だときちんとサイズが決まっていますけど。それから風呂敷もそう。どんな形も包むことが出来てしまう。でもU1さんが書いていた三十三間堂の千手観音の繰り返しというのは・・・」
「もちろん、全く繰り返しのようなものを受け入れない、ということではなかったとは思うよ。大陸からそういう文化も古代から入っていたんだから。そんなにシンプルな図式にはならないよね」
「そうですよね。逆にフランスにある世界遺産のモン・サン・ミシェルなんて島と建築が一体ですし、トルコのカッパドキアのような例もありますしね」
「でもさすが女性、和服に風呂敷ね。なるほど。それから・・・、例えば昔の民家の小屋組みでも古いものは曲がった自然木をそのまま梁に上手く使っているよね。次第に直線的な材料を使うようになっていくんだけど」
「私、お茶をしてますから茶室にも興味がありますけど、中柱でしたっけ、自然の木、それも曲がった木をやはり上手く使っていますよね」
「そうだね。松とか百日紅とかね。まあ、風呂敷も和服もそれから茶室の材料も結局自然の一部として生きるという考え方がベースとしてないと出てこない発想なのかもね。ちょっと飛躍しているかもしれないけど」
「日本って台風も毎年来るし、地震もあるし、とてもヨーロッパ人のように自然と対峙しようなんてことは考えられなかったんでしょうね。自然と親和するしかないんですよ。それが石や森や山を御神体とする宗教的な考え方にもなっていった・・・」
「そういう土壌ではピラミッドのような造形なんて出てこないよね、やはり。幾何学的な造形にはやはり馴染めない・・・。せいぜい前方後円墳どまり」
「日本の風景にピラミッドって似合いませんよ」
「そうだね。茅葺の民家だって風景に同化しているもんね。そんなところに明治になったとたん、ヨーロッパの建築が入って来ちゃった・・・」
「入って来ちゃったって、歓迎してないみたいですけど」
「だってさ、受け入れる土壌じゃないんだもの、自然環境も文化的にも。だからどうしても日本には馴染まない・・・。それが今の都市景観の惨状にも繋がっていると思うけどね。あのさ、硬い話はこのくらいにして、どこか飲みに行こう」
「あの、私 いいバーを知ってますけど行きます?」
「バー・・・、大人だね」
掲載履歴: 20090425 20170815 20180812