透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

暖かく優しいまなざし

2016-02-25 | A 読書日記

 昨秋早世された宇江佐真理さんの髪結い伊三次捕物余話シリーズの第1巻『幻の声』文春文庫には連作の5編が収録されている。どの作品も江戸下町が舞台の哀感漂う人情ものがたりだが、「備後表」は特に印象に残る作品だった。

主人公の伊三次には喜八という幼なじみがいる。喜八の母親、おせいは情に厚く、子どもの頃両親を亡くした伊三次をわが子のように可愛がっていた。

**おせいの傍に行くと、決まって彼女は節の目立つ手で伊三次の手を強く握った。乾いて暖かい手だった。(中略)「喜八がもうすぐ戻って来るから、晩飯喰うて行きなせえ」と言った。**(185頁)

おせいの夫は畳職人で、おせいも備後表(びんごおもて)と呼ばれる畳表を織っていたが、お城や名のある神社仏閣、大名屋敷などで使われていた。それ程出来栄えがすばらしかったのだ。

老いてきたおせいは**「それでもあの世に近い年になるとのう、わたいの表はどこでどんなふうに使われているのやろとふうっと思いますのや」**(195頁)という。

伊三次は子どものころから優しく接してくれているおせいの願いを叶えてあげたいと強く思うのだった。で、去年拵えた畳表がある大名屋敷に使われたようだと分かると・・・。

この作品には涙ぐんでしまった場面がいくつかあった。

例えば喜八の嫁さんが**「(前略)あたしも喜八さんよりお義母さんが好きでお嫁に来たようなものなの」**(191頁)と伊三次に語る場面。

畳表を見たいという願いが叶った後、おせいは気が弛んで地面にばったりと転んでしまう。**不破がおせいの前に背中を見せてしゃがんだ。
「おれが背負って行こう」
「旦那!」
伊三次は慌てて不破を制した。
「いいんだ。おせい、お前ェは伊三次の母親代わりだったそうだな。どれ一つ、おれにも親孝行のまねをさせろ」**(222頁)という場面。

どの作品も作者の宇江佐さんが暖かく優しいまなざしで市井の人びとを、そして彼らの暮らしを見ていることが感じられる。

週末に書店でこのシリーズの作品を2、3冊買い求めておこう。


 

 


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