『方舟さくら丸』安部公房(新潮社1984年、新潮文庫1990年)/ 新潮文庫の安部公房作品23冊(付箋本は絶版)
■ 年越し本の『方舟さくら丸』を読み終えた。
《もぐら》という綽名(あだな)のぼくは地下採石場跡の巨大な洞窟に核シェルター・方舟さくら丸を造り上げる。核の脅威から逃れて、生き延びるために・・・。
もぐらは3人の男女を探し、方舟で一緒に生活を始めるが、そこに侵入者が現れるという想定外なことが起こり・・・。
『方舟さくら丸』の原型となった『ユープケッチャ』の原題は「囚人志願」(『カーブの向う・ユープケッチャ』253頁)。この原題とユープケッチャという自己完結的な生態の生物が暗示する世界を望むぼくは、外界との関係を断ち切られた状況で若い女と暮らすことを最終的に自ら選択した『砂の女』の男と似通っている。これは作者・安部公房の願望か。世間との煩わしい関係を断ち切って、ごく限られた人との生活をしたいという願望。
ぼくは何でも吸い込んで処理してしまう便器に片足を吸い込まれて身動きが取れなくなってしまって万事休す! だけれど、それほど悲壮感もなく、ユーモアを感じる。
この小説は難解で読み解くのが難しい。安部公房は本当に核の脅威ということをベースにしてこの小説を書いたのだろうか・・・。前述のような設定のためのシビアな条件付けではないのか。
何回も書いたけれど、安部公房は人間が存在するということは、どういうことなのか、人間の存在とは何かを問い続けた作家だった。この小説もこの観点から読み解くことができるのだろうか・・・。最終章の次のくだりはどうだろう。
**それにしても透明すぎた。日差しだけではなく、人間までが透けて見える。透けた人間の向うは、やはり透明な街だ。ぼくもあんなふうに透明なのだろうか。**(374頁)
手元にある安部公房作品、新潮文庫の23冊を全て読み終えた。
一通り読み終えて『けものたちは故郷をめざす』『R62号の発明』『第四間氷期』が印象に残った。『砂の女』はストーリーがシンプルで読みやすい。代表作と評されるのも分かる。これらの作品はまた読みたいと思う。
手元にある新潮文庫の安部公房作品リスト(23冊)
『他人の顔』1968年12月
『壁』1969年5月
『けものたちは故郷をめざす』1970年5月
『飢餓同盟』1970年9月
『第四間氷期』1970年11月
『水中都市・デンドロカカリヤ』1973年7月
『無関係な死・時の壁』1974年5月
『R62号の発明・鉛の卵』1974年8月
『石の眼』1975年1月*
『終りし道の標べに』1975年8月*
『人間そっくり』1976年4月
『夢の逃亡』1977年10月*
『燃えつきた地図』1980年1月
『砂の女』1981年2月
『箱男』1982年10月
『密会』1983年5月
『笑う月』1984年7月
『カーブの向う・ユープケッチャ』1988年12月*
『方舟さくら丸』1990年10月
『死に急ぐ鯨たち』1991年1月
『カンガルー・ノート』1995年2月
『飛ぶ男』2024年3月
『(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集』2024年4月
*印の作品は絶版