360
**「政を行うということは、いつでも腹を切る覚悟ができているということだ。そうでなければ何もできぬ」**(240頁)
『晴嵐(せいらん)の坂』葉室 麟(角川文庫2021年)を読み終えた。作者は読者に伝えたいことを登場人物のせりふに託す。上掲したのは主人公・檜 主馬のせりふ。
財政破綻の危機にある扇野藩(架空の藩)が舞台。新藩主のもと藩政改革を成し遂げようとする主人公の主馬と彼の義兄・慶之助。守旧派の家老や黒幕の大坂の豪商・舛屋との藩札発行をめぐる壮絶な戦い。主馬に敵愾心ともいえる感情を抱いていた慶之助が物語の展開と共に変わっていく。その様に惹かれる。
「青嵐の坂」には二人の女性が登場する。慶之助の妹で主馬の妻・那美と升屋の手代で、藩内の叶屋に目付役として送り込まれた妖艶な女・力。ぼくは生き様の違うこのふたりの女性の活躍の場がもっとあれば良かったな、と思った。力を主人公にした物語も読みたかった。
**「ひとはいま見える姿がすべてであろう。真のおのれなどどこにいるとも思えぬな」**と寂しげに言う慶之助に対して、**「いえ、ひとの真は、たとえいま目の前に見えなくともどこかにあって、そのひとを支えているのだと思います。たとえ、どのように違った道を歩んでもいつの間にか戻ってきてしまうのが、ひとの真ではないでしょうか。いつも自分の心の中のどこかにあるものを信じればよいのだと思います」**(262頁)と言う那美のことばは印象に残る。
物語のスリリングな展開と驚きのラスト・・・。