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■『日本文化の多重構造 アジア的視野から日本文化を再考する』佐々木高明(小学館1997年)を読んだ。松本市内の古書店で目にし、タイトルに惹かれて即買いしていた。
巻末に載っているプロフィールによると、著者の佐々木氏は1929年生まれ。本書の出版が1997年だから、著者が67,8歳の時のことだ。本の帯に「日本文化論」総集成とある。正にそのような、充実の内容で密度が濃く、読むのに時間がかかった。佐々木氏の長年に亘る調査、研究の成果だろうが、これ程の研究を成し得たということに驚く。
論文はT字型構造と聞く。Tの上の横棒は総論を、縦の棒はその内のごく限られた対象を深く詳細に研究し論ずるという研究論文の構造。それに対し、本書で論じられている様は櫛型と表現すれば伝わるだろうか。全ての範囲を深く研究し、論じている。
本書の内容を簡潔に要約するのは難しい。例によって本書から引く。**長い歴史的過程の中で、日本列島にはアジア大陸の北方や南方から、それぞれ特色を異にする諸文化が伝来し、それらが列島内に堆積するとともに、その諸文化が相互に関係し合う中から、日本文化の特色が形成されてきたという事実である。**(319頁)
「照葉樹林文化」と「ナラ林文化」、南北二つの異なる文化の重層、複合。
「第六章 焼畑農耕とその文化の探求」の「第三節 狩祭りの伝承 ―― 豊猟と豊穣の祈り―― 」に興味深い記述があった。それは先日(22日)岡谷スカラ座で観た映画「鹿の国」で紹介されたことと重なる記述。
**インドや東南アジアあるいは東アジアの照葉樹林帯の、主に雑穀を栽培する焼畑民たちの間には、農耕の折り目折り目にムラの男たちが集団で狩猟を行い、それによって豊猟や豊作の予祝を行う慣行がある。**(190頁) このような儀礼的狩猟は日本でも焼畑を営んでいた山村でもかなり広く見られたという。
本書には、愛知県東栄町の月というムラの次のような神事が写真付きで紹介されている。それは、杉葉でつくったシカに神官が矢を射込み、倒れたシカの杉葉を抜き、神前に供えて豊作を祈願するというもの。
諏訪では行われなくなった、これと同じような神事がやはり愛知県の野登瀬諏訪神社で行われているとのことで、「鹿の国」でこの鹿討ち神事が紹介された。この神社の神事では、実物大でつくられた雌雄2頭のシカに二人の青年が矢を射込む様子、その後シカの腹の中に入れてあるいくつもの餅を奪い合う様子が映された。
愛知県新城市のHPにこの神事が紹介されている(こちら)。HPに**農作物の豊作を祈願する儀礼としての「種取り」、「田つくり」の神事と、「しかうち」という狩猟儀礼とが複合した形で行われる全国的にも少ない特色ある予祝行事であります。**とある。
それからもう一つ、本書で紹介されている『播磨風土記』の次の記述。**生ける鹿を捕り臥せて、其の腹を割きて、其の血に稲種(いねま)きき。仍(よ)りて、一夜の間(ひとのほど)に、苗生(お)ひき。即ち取て植ゑしめたまいき**(195頁) この様子も「鹿の国」で映像化されていた。
このようなことについて、佐々木氏は**狩りの獲物の血や肉や内臓の中に豊作をもたらす呪力が存在するという信仰**(196頁)が背景にあり、**古代の習俗は、少なくとも弥生時代初期にまで遡ることが可能であり、その基層には、稲作以前の狩猟民たちによる豊猟を祈願する狩祭りの伝統があったことは間違いないと考えられるのである。**(196頁)と指摘している。諏訪の神事もその起源は一万年も前、ということになるのだろう・・・。凄い!
長くなり過ぎたのでこの辺で・・・。
『日本文化の多重構造』 読み応えのある本だった。