goo blog サービス終了のお知らせ 

透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

516 岐阜県養老町の火の見櫓

2014-11-09 | A 火の見櫓っておもしろい


516 撮影日 141109

 昨晩(8日)はプチいとこ会で痛飲したが「早朝露天風呂」の効果か、ヤグラセンサーが冴えて、ホテルから大垣インターに向かう途中で火の見櫓を発見した。



4隅の柱はストレート、末広がりの曲げ加工は無し。屋根のてっぺんの様子は不明、蕨手無し。見張り台の手すりに飾りっ気なし、鋼板張りの床。



脚部としてのデザインをせにゃならぬ、という意識が無かったのかも・・・。

*****

Y君は短時間ではあったが講義の甲斐あって、ヤグラ―の兆しあり。 Yちゃんは私が持参した資料にも全く興味を示さなかった・・・。


 


515 続 岐阜県垂井町の火の見櫓

2014-11-09 | A 火の見櫓っておもしろい


515 岐阜県不破郡垂井町岩手の火の見櫓

 垂井町内をいとこのY君運転の車で移動中にこの火の見櫓に遭遇した。前々稿で取り上げた火の見櫓は4角形だが、これは3角形の櫓。遠隔地で下調べなしに火の見櫓に出会えたのは幸運という他ない。ふたつの櫓は4角形と3角形という違いはあるが、各部の意匠はよく似ている。同じ鉄工所で造られた可能性が高いだろう。



3角屋根の角をカットしてそこに蕨手を付けている。屋根の下り棟の鉄骨下地をそのまま伸ばしてくるりんちょな蕨手にしている場合が多いが、このように蕨手だけを付けている場合もある。

見張り台の手すりと床のデザインも同じ。



脚元のデザインも同じ。


 


61 いとこ会

2014-11-09 | C 名刺 今日の1枚



61枚目

 和室に布団がたたんであったりなんかして、あやしい・・・。さては遠路はるばる昔の彼女に会いに出かけたな・・・。なんてこと、あるわけない。

いとこのYちゃんに会うのは何年振りだろう・・・。8月の末にやはりいとこのY君と松本で飲んだ時、久しぶりにYちゃんにをした。その時に会いたいね、ということに。で、昨日、Y君とで遠路はるばる出かけたのだった。東京からT君もかけつけてきてくれて、4人でプチいとこ会、となった次第。岐阜県内某所のホテルで痛飲した。

夕方の6時ころからホテルの宴会場で、食べて、食べて・・・。普段はお酒を全く口にしないというYちゃんも生ビールをジョッキで1杯飲んだ。その後ホテルの売店で酒を買い求めて部屋でまた飲むという、よくあるパターンだった。

YちゃんとT君が迎えの車で帰っていったのは何時ころだったのだろう・・・、ホテルの車寄せで別れたのは11時頃だったような気がする。

また来年の秋にいとこ会をやろう!と約束した。Y君がそばを打ってくれるという。是非実現しなくては・・・。


 


514 岐阜県垂井町の火の見櫓

2014-11-09 | A 火の見櫓っておもしろい


514  岐阜県不破郡垂井町岩手の火の見櫓 撮影日 141108

 天下分け目の合戦の地、関ヶ原まで出かける機会があった。その隣の垂井町まで足を延ばしたが、そこで火の見櫓に出会った。

4角形の櫓はやや細身。リング式ターンバックル付きブレースは松本平の火の見櫓と変わらない。櫓が末広がりになっていない。末広がりに加工する地方は限られているのかもしれない。

反りのきつい4角形の屋根、幅広の平鋼の蕨手が目立っている。屋根のてっぺんの飾りに支えられるような状態で立つ避雷針には和弓の矢。

見張り台の手すり子の「下ふくらみ」はよく見かけるデザイン。



見張り台の床の処理に注目。



脚部としてのデザインがなされていないのは残念。櫓内部へ出入りするための開口部の両側は2段のブレースを設けて処理している。これは初めて見るやり方だと思う。

遠路はるばる出かけた先で火の見櫓に出会うことができたのはラッキーだった。


 


― 点と線

2014-11-07 | A 火の見櫓っておもしろい

 電話が無い時代には、直接会うか手紙でしか相手に用件を伝えることができなかった(伝言を頼むこともできたか・・・)。直接会えば相手の様子がよく分かる。少し太ったとか痩せたとか、髪を短くしたとか、白髪が増えたとか、洋服のセンスが変わったとか・・・。

電話では、声の調子などで、相手の様子をある程度知ることができる。弾んだ声で元気そうだとか、元気が無いなとか。でも直接会う場合に比して相手の様子に関する情報は限定的で密度も薄い。

ファクシミリでは手書きの文章だと筆跡から相手が誰なのか分かることが少なくないが、相手の様子は分からない。メールでは相手の様子などの情報は全く伝わらない。

情報伝達手段の変化、これは直接伝達から間接伝達への変化だと言える。この変化に伴って人と人の繋がりが希薄化した。カフェで向い合いながら、共にスマートフォンの画面に見入っていて会話をしない男女。スマートフォンがなければあり得ない光景だ。いや、共に下を向いてマンガを読みふける光景もかつては見られたか・・・。

そしてリアルなつきあいからネット上での仮想的なつきあいに転じていく・・・。

防災の日(11月5日)に鈴鹿市で行われた津波避難訓練の際、寺の梵鐘を叩いて住民に知らせたということを書いた(191225に再掲)。防災無線のスピーカーの音がよく聞こえない住民がいることを考慮しての対応だったようだ。

火の見櫓の半鐘による情報伝達、これは言葉で伝えるわけではないが、直接的な情報伝達だ。一方、防災無線のスピーカーからは言葉で情報が伝えられるが、それは間接的な情報伝達で、どこで誰が伝えているのか分からない。人ではなく、機械というかコンピュータが原稿を読み取って合成音で情報を流す、というような場合は情報伝達者はいない、ということになる。

火の見櫓の半鐘から防災無線のスピーカーへ、この変化は上に書いたような世の中の情報伝達の変化、直接的な伝達から間接的な伝達への変化と重なっている。火の見櫓に替わって防災無線柱が立つ様は人と人との繋がりの希薄化の象徴のように思われて寂しく切ない・・・。


長野県朝日村にて 撮影日120422


「点と線」 過去ログ


― 安曇野市堀金の火の見櫓

2014-11-03 | A 火の見櫓っておもしろい


撮影日141103  この火の見櫓を取り上げるのは2回目。

■ 安曇野市堀金(旧堀金村)、ベイシヤあづみの堀金店の前に立っている火の見櫓。屋根も櫓も錆びていないし、見張り台には半鐘の他にスピーカーなど余分なものが付いていない。健全な姿を保持している。全ての火の見櫓がこんな状態なら嬉しいのだが・・・。

3角櫓に円い屋根と見張り台という組合せは安曇野、いやもっと広域の松本平でよく見かけるパターン。脚元のデザインも然り。





柱脚を健全な状態で保持するためには、このように基礎というか根巻きコンクリートをきちんと立ち上げて施工しておくと有効だ。

*****



一度見ただけでは気付かないことも多々ある。何回も観察することが必要だ。この火の見櫓も今まで通ったことのない道路(地図にで示した道路)から望遠し、その道路のアイストップになっていることに気がついて再び観察した次第。


 


ブックレビュー 1410

2014-11-02 | A ブックレビュー



■ 10月早々に読み始めた小松左京の長編SF小説『日本アパッチ族』だが、10月中に読み終えることができずに11月2日にようやく読み終えた。10月に読み終えた本は1冊もなかった・・・。なんということだ。ブックレビューを書き始めて初めてではないかな・・・。



 


― 塩尻市広丘原新田の火の見櫓

2014-11-02 | A 火の見櫓っておもしろい



■ この火の見櫓を取り上げるのは2回目。JR広丘駅から西に延びる幹線道路と郷原街道(善光寺西街道)との交差点近くに立っている。

火の見櫓のすぐ近くに電柱が立っていて、薬局の駐車場から写真を撮ろうとすると両者が重なってしまう。火の見櫓を撮るとき、時々このようなことになる。



屋根の反りは少し強すぎないか。この屋根に和を感じない。屋根の勾配や反り、むくりは屋根の印象上、重要だ。

見張り台の手すりのデザインはなかなか良い。細い手すりをやはり細い丸鋼の手すり子で支え、中間に帯状の装飾を、床面近くにくるりんちょな装飾を付けている。エレガントなデザインだ。




櫓の脚元の斜材の入れ方が構造的に合理的なのかどうか・・・。




火の見櫓では丸鋼のブレースにリング式ターンバックルを使っている。これが意匠的な特徴にもなっているわけだが、この櫓はリングと丸鋼を溶接している。これでは現場で組み立てたり、建て方の際に生じる櫓の歪みを修正できない。精度よく建てるにはこれではダメでしょう。


 

 


513 塩尻市広丘吉田の火の見櫓

2014-11-02 | A 火の見櫓っておもしろい


513 塩尻市広丘吉田

 4角形の櫓に円形の屋根、8角形の見張り台。高さはおそらく18メートルを超える。高い部類の火の見櫓。後方の赤い瓦棒葺き屋根の建物は北部子育て支援センター。



見張り台に5つ、その下に4つスピーカーが付いている。物々しい姿だ。



背が高い分、脚の間隔がひろい。脚部の前後2面にはアーチ材を、両側面には斜材を用いている。



櫓の下から見上げてみる。



寄附者の名前を記した銘板。昭和32年11月30日竣工。寄附金の合計20万円は建設費用を十分賄う金額だろう。


*1 昭和30年に建設された火の見櫓で施工費が13万、15万と確認できている事例から推定できる。当時の20万は現在の500万くらいに相当するか。



― アートなシャッター

2014-11-01 | A 火の見櫓っておもしろい





 先日、小学校のPTA役員の思い出会(長野は思い出会がとても好きな県民性だと聞いたことがある)で富山の氷見まで出かけた。車中では当然の如く「朝からビール」となった。それでも時々窓の外に目をやって、火の見櫓を探していた。

残念ながら、富山に至る国道沿いに火の見櫓を見つけることは出来なかった。岐阜県の飛騨市神岡町で消防団詰所を見かけて写真を撮った。車内から撮ったのか、トイレ休憩でもした時に撮ったのか思い出せない・・・。それがアルコール摂取過多のためか、脳の老化のためかは不明。前者であることを願う。


建物の後ろに防災無線柱が立っていたが、以前は火の見櫓が立っていたのかもしれない。

消防車庫のシャッターに絵が描いてあるが、これは珍しいことではない。いままであまり注目してこなかったが、アートなシャッターを観察するのも楽しかろう。これは浮世絵の写しだろうか。もしそうだとしたら誰がどこを描いたのか? 「浮世絵 神岡」で検索してみたがヒットしない。気になる・・・。