今年も残すところ4日のみ。
年末は、ただ慌ただしいだけで、年賀状の印刷さえ未だに手付かず。
僕の場合は、毎年のように大晦日にならないと年賀状を書かないから、
あまり気にはしていないんだけどね。
昨日も書いたけれど、年末になってから部屋の模様替えをしていたら、
実家にあった古い物や、三鷹の自宅から持ってきた物やが沢山出てきたり、
最近では、会社から持ち帰った個人的な設計の記録などが有ったりして、
とにかく片付ける物が多いことに、ちょっとうんざりしてきた。
人生には、転機がいくつもある。
幼稚園に始まって、小学校、中学校と義務教育が修了し、高校、大学といった
『卒業』と云うイベントは、一つの転機。
社会に出て、僕のように転職を繰り返した人間にとっては、
その都度が転機だったと、ずっと思っていた。
でもね、転換期なんてものは、それまでのものを捨てて初めて起きる物。
そう言う意味では、学校の卒業なんてものは転換期になるのは高校以降。
僕のように転校を繰り返してきた人間はそうそう居ない。
殆どの人は、ほぼ同じ人間関係で中学校卒業まで過ごす。
だから、一旦虐めに遭うと、それがずっと続くことも希な事ではない。
言ってみれば、片付けたり棄てたりすることが出来ないことが延々と続く。
高校へ進学して、初めてそういった柵(しがらみ)から離れられるから、
人生での最初の転機は、中学卒業なのかな?
親が亡くなった時に、兄弟がやっと独立したと感じた。
僕が引き継いだ実家の存在は、その象徴的なものだった。
お袋が住んでいた頃は、正月になると兄弟がみんな家族同伴で集まった。
その理由は『お袋に会うため』だった。
ところがお袋が他界し、僕がその家を引き継いだ時点で、
兄弟が実家に集う理由が無くなった。
海外に住む姉貴が、その事実に気が付いて納得するまでに相当の時間がかかった。
僕が実家を引き継いでも、今まで通り自由に使えると思っていたらしい。
只でさえ、建て替えが必要だった家は、病気のお袋が建て替えを拒否した。
家族が引っ越して住むには、あまりにも古く無駄の多い家だったから、
建て替えを検討したのだけれど、そこに姉貴のために部屋を確保して、
いつでも自由に使って貰うようなことは、考えられなかった。
これが僕や兄弟にとって、親から完全に独立したという時だったと同時に、
それまで当たり前だった考えを、捨て無くてはいけない、
兄弟や家族にとって一つの転換期だった気がする。
会社の定年退職も、雇用延長して会社に残っていたら、
仕事のスタイルや収入が変わっても、生活のスタイルが大きく変わるわけではなく、
人生の転換期という感じではない気がする。
そういう意味では、定年後の転換期は『今の仕事を捨てた時』なんだと思う。
色々な意味で『捨てる』って難しいし、勇気が要ります。
仕事をリタイヤしたら、やることが無くて…
なんて言って会社にしがみついても、いつかは『転換期』がやってくる。
僕のように捨てるものがない人間にとっても、勇気が要るものだった。
でもね、物を捨てる勇気がない。
会社の資料も、古い写真や、実家にあったお袋の日記や人形などの品物も、
どこかのタイミングで捨てる時がやってくる。
来年は定年退職という一つの区切りで、そういったものを処分するつもり。
出来るのかなぁ?・・・・・