レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画に絵がかれている、キリストが12人の弟子たちと過ごした「最後の晩餐」、これがミサの起源です。その絵を示します。
「ミサとは何か?」
「パンを裂く集まり」がキリスト教徒の始めの祭儀でした。
この始めの祭儀に二世紀に「感謝の祭儀」の部分が加わりました。そして五世紀ごろから、この祭儀全体を指して「ミサ」という言葉が用いられるようになりました。
レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画に絵がかれている、キリストが12人の弟子たちと過ごした「最後の晩餐」、これが現在のミサの次第の起源です。その絵を示します。
最後の晩餐の終わり頃にキリストはパンをとり、「これはあなたがたのために渡される私のからだである」と言い、またぶどう酒の入った杯をとり、「これは私の血の杯、あなたがたのために流される新しい契約の血である」と言って、「これを私の記念として行いなさい。」と弟子たちに命令しました。
ミサではこの最後の晩餐を再現し、カトリックの洗礼を受けた信者は、キリストのからだである「パン」をミサの終わり頃に拝領します。
キリストの復活を信じるキリスト者はキリストのからだを受けることで、日々の信仰生活の糧としています。
もちろん、カトリック信者でなくてもミサに参加し、共に聖書のことばを聴き、キリストのもとで祈ることは誰でもできます。ただし「パン」を拝領することは、カトリックの洗礼を受けた信者のみに許されています。 最後の晩餐の終わり頃にキリストはパンをとり、「これはあなたがたのために渡される私のからだである」と言い、またぶどう酒の入った杯をとり、「これは私の血の杯、あなたがたのために流される新しい契約の血である」と言って、「これを私の記念として行いなさい。」と弟子たちに命令しました。
ミサではこの最後の晩餐を再現し、カトリックの洗礼を受けた信者は、キリストのからだである「パン」をミサの終わり頃に拝領します。
キリストの復活を信じるキリスト者はキリストのからだを受けることで、日々の信仰生活の糧としています。
もちろん、カトリック信者でなくてもミサに参加し、共に聖書のことばを聴き、キリストのもとで祈ることは誰でもできます。ただし「パン」を拝領することは、カトリックの洗礼を受けた信者のみに許されています。
キリストの復活を信じるキリスト者はキリストのからだを受けることで、日々の信仰生活の糧としています。
もちろん、カトリック信者でなくてもミサに参加し、共に聖書のことばを聴き、キリストのもとで祈ることは誰でもできます。ただし「パン」を拝領することは、カトリックの洗礼を受けた信者のみに許されています。