写真は民家の北側の崖斜面は鬱蒼とした樹木と雑草に覆われ、マムシも生息する自然に覆われた場所でもあった。
樹木は取り去られ、日野バイパス要路として、掘り起こされている市内の堀之内地区である。
一方では「神明上遺跡」として、市内に幾つか在る遺跡の拠点としてこの崖の部分はマークされていた場所で、道路用地として、開発が進められる過程で、遺跡調査が行われた。
広い斜面を人海戦術で丁寧に掘り起こされた結果、何と7世紀頃の複数の「横穴式石室」と埋葬された人骨が発見された。
関連図書を見てみると、横穴式石室は墳丘外部に至る、通路を持つ墓室で追葬可なところが竪穴系の埋葬施設と異なる。
前期の終わり頃朝鮮半島の影響を受けて九州北部に出現し、後期には日本の古墳の最も一般的な埋葬施設となった。
つまり、一度埋葬後、後からまた別の遺体を埋葬することが出来る、空間を持つもので、先人が考えた一種のお墓のアパートなのである。
発見された石室は極めて保存状態が良く、石室の壁やら、床には石が敷きつめられ、その上に遺体が安置されてあり、外部とは羨道とよばれる入り口に石垣が積み重ねられてあったようである。
こんな近くに1300年近く、石室の中に眠っていた古墳時代の先人が、再びその姿を表したのである。
この斜面付近の自然立地が、住処として程よい環境として、生活の場として使われて居た事が数々の遺跡発見から既に発見されており、その遺跡のお宝が此の工事により、発見されたのだ。
その偉大な、歴史ロマン発見に、輩はせき立てられる様に急ぎ、この崖部分の痕をじっくり確かめきた。
周辺はバイパス工事により、掘り起こされ、付近の橋脚の一部は既に完成し、この上に沿って走る路面部分の完成を待っている。
この発掘ヶ所に果たしてどんな生活ぶりであったか、その埋葬された人物はどん位なのか、広い土壁の眩いばかりの痕跡を追って見た。
工事進行と共に先人が残した歴史ロマンは、再び埋められてしまうのであろう?
詳細は下で説明
日野バイパスと遺跡発見
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