阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

葛飾柴又 その2。 矢切の渡し  帝釈天参道の蕎麦屋「やぶ忠」で一杯

2018年06月12日 | 東京あちこち

メンバーの一人は柴又は初めてだったし、阿智胡地亭も矢切の渡しは行ったことがなかった。みんなも賛成して帝釈天から渡しへ足を延ばすことになった。

観光客は我々のほかに誰もいなかった。



この土手のあたりで「男はつらいよ」は何度も撮影されたのだろうと思った。



案内ボードがあった。

ガクアジサイの巨大な叢があった。

江戸川の河川敷も荒川と同じくよく整備されている。遠くに見える鉄橋は京成電鉄の北総線。

大きな夾竹桃の木の下に「矢切の渡し」の歌詞を彫った石碑があった。歌手名は残念ながら{ちあきなおみ}さんではなく細川たかしになっていた。

渡し船に乗る時の注意書き

船着き場。遠くに見える鉄橋は国道6号線。その向こうに常磐線が走っている。

この白い旗が上がっているときは渡し船が運航しているしるしだそうだ。



矢切の渡しを渡ってしばらく歩くと「野菊の墓」文学碑があって、40年ほど前に母が南柏の社宅に来たとき二人で行ったことがあるとあいかたが言っていた。



参道にとって返して喉を潤す店を探した。メンバーのHTさんが蕎麦屋のおじさんに聞いたら蕎麦は食べずに居酒屋使いでもいいですよとのことで入店した。(店の写真はネットからの引用あり)







こんにゃく田楽や出し巻、煮込みなどでビールとそば焼酎をお喋りと共にゆっくり楽しんだ。このお喋りが認知症防止にいいとこの間の「ためしてガッテン」で言っていた(笑)。
本間加奈。

帰りは皆さんは寅さんがいつも電車に乗ったホームから上野方面へ。

阿智胡地亭は反対側の終点の金町に出て金町から常磐線の綾瀬駅へ。綾瀬から新小岩行きのバスに乗って帰った。


ちあきなおみ - 矢切の渡し







コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« またまた四日市の諏訪神社ネ... | トップ | 新小岩の商店街に大阪の天神... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
5年前に渡し船に乗りました (下関の現役ゴルファー)
2018-06-12 14:59:11
私も5年前に相方と行きました。新松戸から あの軽自動車で ナビに頼りながらです。ナビの設定ミスで、着いた先は 何と 線路際の 「 矢切の渡し」という名の スナック。再設定して渡し場に到着しましたが、その過程で、対岸(多分 金町)も走ったりしました。千葉県側に駐車して渡し舟に乗りましたが、はじめの少しだけは 竹竿で進み、そのあとは エンジンでした。帝釈天の参道の蕎麦屋で 盛り蕎麦を 大盛で注文したら、店の女将さんに叱られました。「うちは 大盛はやってないよ! もともと大盛になっているんだから!」
その言い方が下町特有の 口の悪い調子だったので、正直 カチンときました。「この田舎者が……」と言われたような気分でした。江戸川の河川敷は貴兄の写真の通りで、懐かしく想いだしました。
返信する
Unknown (阿智胡地亭)
2018-06-12 15:01:28
現役ゴルファーさん、
渡し船に乗ったとは羨ましい。貴重な体験ですよね。最初スナックに着いたというのは大笑いしました。ナビも時々楽しいことをしてくれますね。確かに言い方で印象は大いに違います。行ってみて葛飾柴又の町は寅さん映画の御蔭をものすごく被っているというのがよくわかりました。
返信する

コメントを投稿

東京あちこち」カテゴリの最新記事