フィリッペ・ヘレヴェーゲ(Philippe Herreweghe)は、1947年、ベルギーのヘント生まれの指揮者。テレフンケンによるバッハのカンタータ全集の録音にも参加するなど、古楽の合唱指揮者として経歴をかさね、みずからもオーケストラを編成し、バッハをはじめとする録音で高い評価をうけています。また、1998年から2002年まで、王立フランドル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就いていました。
ヘレヴェーゲの「マタイ受難曲」の録音には、1984年(コレギウム・ヴォカーレ・ヘントとシャペル・ロワイヤル)と1998年(CVG)、そして2002年(CVGとフライブルク・バロック・オーケストラ)のCDがあるようですが、今朝きいたのは、2010年3月28日、ドイツのケルン・フィルハーモニーでのCVGとの演奏会の録画です。これは衛星テレビ局の3satが同年4月2日に放送したものです。
CVGの編成ですが、合唱は4声部ともにパート3人と、ソプラノ・イン・リピエーノが6人。オーケストラの弦は、第1、第2ヴァイオリンがともに4人、ヴィオラが2人、チェロが2人、ヴィオローネが1人(通奏低音にはオルガンのほかにファゴットも)。ヴィオラ・ダ・ガンバは変則的で、第1群、第2群を1人で担当。第2群の通奏低音も担当しています(ただし第2部のみ)。また、ソプラノ・イン・リピエーノは、ほんらい第1曲と第29曲(ともに第1部)のみ歌うのですが、第1部のみコラールも歌い、第2部では退場しています。
独唱者にはバッハ・コレギウム・ジャパンでもおなじみの顔がみえ、合唱も歌います。ただし、福音史家とイエスは、その役のみです。
- ≪第1群独唱者≫
- 福音史家:クリストフ・プレガルディエン
- イエス:トビアス・ベルント
- ソプラノ:ドロテー・ミールズ
- アルト:ダミアン・ギヨン
- テノール:コリン・ブレイザー
- バス:ステファン・マクレオド
- ≪第2群独唱者≫
- ソプラノ:ハナ・ブラシコヴァ
- アルト:ロビン・ブレイズ
- テノール:ハンス・イェルク・マンメル
- バス:マシュー・ブルック
さて演奏はというと、合唱もオーケストラも、これはきわめて高い水準にあります。もちろん、演奏会ゆえの瑕疵はありますが、それは問題になりません。歌手もプレガルディエンをはじめ、すぐれた歌唱をきかせます。ただ、非ドイツ系の歌手(とくにカウンターテナーのギヨン)には、ドイツ語の発音がうまくないものもいます。楽器の独奏もみなうまく、歌手ともども、ヘレヴェーゲの解釈のもとにまとまっています。
個人的に好みなのは、ヘレヴェーゲがコラールをいじりすぎないところ。たとえば、5度あらわれる「受難コラール」、指揮者によってはそれぞれにきわだった変化をつけ、強い演出効果を狙うことがありますが、ヘレヴェーゲはあまり変化をつけません。コラールの行ごとに、じつにていねいに歌わせ、その伝達を音楽的演出よりも歌詞と和声にまかせているように感じます。もちろん、歌詞に即したダイナミクスはあります。
歌詞を音楽的に増幅させてきかせる代表格がジョン・エリオット・ガーディナーで、最近はとくにその傾向が顕著になっています。また、先日放送された「名曲探偵アマデウス」(記事は「クラシックミステリー『名曲探偵アマデウス』で『マタイ受難曲』」)で、その演奏が流された鈴木雅明とバッハ・コレギウム・ジャパンも、ガーディナーほどではないですが、同じような傾向にあるかと思います。
好きだといえば、福音史家のプレガルディエンも好きで、デビューからずいぶん経験をかさね、円熟味がでてきました。福音史家役も何度もつとめたことでしょうが、ここでも名唱をきかせてくれています。ただし、長いうえに、当時54歳ということもあり(あるいはそのときの体調も)、高いところはつらそうなところもあります。イエス役の若いベルント(1979年生)とのコンビはなかなか魅力的でした。
ちょっとびっくりしたのが、ヴィオラ・ダ・ガンバのピエール・ピエルロ。独奏があるのは第56曲と第57曲なので、これだけのために起用されたようなもの。第57曲ではさすがの独奏をきかせます。また名手マルセル・ポンセール(第1群第1オーボエ)の顔もみえ、その横にはいつものように北里孝浩がすわっています。また、日本人としては近藤倫代(第2群第2ヴァイオリン)の顔もみることができました。
未聴・未見のかたは、現時点ではまだYouTubeにあるので、聖金曜日(2011年は4月22日)の鑑賞にお勧めです。