公会堂前 浮雲園地
「公会堂の前が一番綺麗だよ。」
車を置かせてもらった弟の家から、近鉄奈良駅前まで送ってくれた弟がそう言ってくれた。
昨年、1昨年と2度燈花会を見に来ているが、公会堂前にはまだ行っていなかったので、今回はそこから出発することにした。
早めの夕食をとって、運動もかねて公会堂に向かった頃はまだ首筋に夕日が痛いような頃だった。
公園の散策道には、燈の入っていない筒が並んでいた。
スニーカーにジーンズ、ナップザックと身軽である。
日は西に落ちた薄暮の中、きちんと並べたはずの蝋燭の筒を、鹿は何の遠慮もなく倒していく。
筒を倒すと蝋燭を浮かせる水がこぼれてしまうが、そんなことにはお構いなく鹿の遊びだ続く。
「この子達の遊びの場を燈花会の間使わせてもらうので、仕方ないのかなぁ」
別の人は、水が入っているか確かめながら、着火した蝋燭を浮かべていく。
多くのボランティアの人がこの広い公会堂前の芝生にある筒に点灯していくのは、並大抵の仕事ではない。
「ご苦労様」と、声をかけたくなる。
もっと闇が深くなると、古都奈良が幽玄の世界に包まれていくのだ。
華やかさというよりも、鎮もりという言葉の方がふさわしいような美しさだ。
「なら燈花会」を支える人達のほんの一部であるが、点灯前から見守ることが出来たことが、一層燈の美しさに触れる思いである。