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映像:釧路港が一望できる知人岬米町公園に設置された石川啄木の歌碑(2006-09-21)
釧路と言えば石川啄木。我が青春の切ない想い出とは別の意味で物悲しい郷愁を感ず。
不遇の天才歌人啄木は函館~小樽~札幌ついには釧路に職を求めて来た。74日しか
居ない啄木を釧路人は篤く持て成す。市内に23もの歌碑が建立され幣舞橋から米町公
園迄の“啄木ロード”は啄木の面影や歌に触れられ、最も古い歌碑が知人岬の先端、米
町公園にある大きいもので、 釧路の海と港が一望出来る。明治41年4月、啄木は逃げ
るようにして釧路港から出帆する。そういう石川啄木の影を追って来てしまった私・・・。
碑銘:『 しらしらと 氷かがやき 千鳥なく 釧路の海の 冬の月かな 』(一握の砂)
解説:啄木が釧路に居たのは1月から4月、-20度の釧路の情景をよく切り取っている。
後日:2012年に石川啄木が上京の船坂田丸に乗り込んだ地(離別後)に記念碑が建てら
れた。釧路にはこういう啄木の歌碑・記念碑が27基も設置され盛岡の70に次ぐ。
参照#石川啄木(哀惜の歌人)探訪紀行