(6月1日 極右政党「ドイツ国家民主党(NPD)」のデモンストレーション “flickr”より By Martin Juen http://www.flickr.com/photos/40507091@N02/8926727362/in/photolist-eAPP3s-eAL16P-eAPztf-eALP4i-eALfcH-eALqnc-eAKYCP-eAPBqJ-eAPZGE-eAPAt5-eALAaz-eAPdgE-eAKZdM-eALxYB-eALVyk-eALhg8-eALMEM-eALH28-eALoD8-eALwSP-eAPmGQ-eALxra-eAnQEY-eAnUmJ-eAnLH1-eAJMaK)
【「ベルリン市民の頭の中にはまだ壁がある」】
ドイツでは、9月22日投開票された総選挙でメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(同盟)が大勝して、メルケル首相の3期目続投を確実としています。
選挙にも勝利し、経済も順調で、いまやドイツの、と言うより欧州の「女王」とも言える圧倒的存在感を示すメルケル首相ですが、中道左派・社会民主党との大連立に向けて動き出していることは、報道でよく目にするところです。
もうひとつ、最近ドイツ関連で目にするのが、なぜか旧東ドイツの話題です。
1989年のベルリンの壁崩壊、そして1990年のドイツ再統一から23年が経過しますが、旧東ドイツの経済水準引き上げは十分な成果をあげておらず、失業率も西に比べて高い水準にあることは、従来から指摘されています。
****“女王”メルケルも崩せなかった「壁」…ドイツに残る課題****
ベルリン北東部にある大規模な住宅団地。さまざまな色調の建物が並ぶなか、手入れが行き届いた庭にはブルーベリーが実り、バルコニーを飾るペチュニアが秋晴れの空に映えていた。
住民男性によると、団地は旧東独時代の建築。東西統一後、改修が最近まで続いた。「統一後の1990年代初めは極右がうろついていたが、今は見ない」。男性はビールを片手に静かな休日を過ごしていた。
統一後のドイツにとり旧東独再建は大きな課題だったが、今では旧東ベルリンでも瀟洒(しょうしゃ)な建物が目立ち、ずいぶん発展した。男性の言葉にも、ようやく訪れた落ち着きがうかがえた。
ただ、気がかりもある。先の総選挙では「女王」とも呼ばれるメルケル首相が圧勝し、ベルリンで旧西地域の選挙区をほぼ抑えた。だが、旧東地域4選挙区で勝ったのは旧東独政権党の流れをくむ政党だった。
その選挙区の境界は「ベルリンの壁」にほぼ沿う形で、メディアは「ベルリン市民の頭の中にはまだ壁がある」と伝えた。旧東西の生活水準が同じになったと考える旧東独市民は3割未満との世論調査もある。
10月3日、23回目の統一記念日。旧東独育ちの男性に意見を聞こうと「日本の新聞記者なのですが…」と切り出した。すると男性はためらいを見せ「じゃあね」と去った。【10月17日 産経】
********************
【東の不満に巣食う極右勢力】
下記記事は、旧東ドイツももう少し危うい現状をレポートしています。
旧東ドイツでは、縮まらない西との格差、西への屈折した感情などを背景に、若者らを中心に暴力的な極右勢力が拡大しているとのことです。
****三期目メルケルの憂鬱 のしかかる「東独」という宿題****
ドイツ総選挙は、アンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の独り勝ちに終わった。
三期目に入るメルケル政権は、欧州政策の行方ばかりが注目されるが、最大の懸案は依然、首相の出身地である旧東独地域の振興である。
再統一から二十三年、二百兆円の投資を経ながら、経済低迷と人口減、ネオナチの闇が国の東部を厚く覆っている。
選挙戦終盤の九月半ば、ライプツィヒの歌劇場前で、騒動が起きた。ネオナチ政党「ドイツ国家民主党(NPD)」のトラック「旗艦D号」が広場に到着すると、待ち構えた反ネオナチ活動家たち数百人から怒号が飛んだ。
この後、ネオナチと反対派は市内各地を追いかけっこし、旧市街は終夜騒然とした。
この前週には、ホルガー・アプフェルNPD党首らネオナチ幹部が、バイエルン州の小都市で集会を組織した。ここにも反対派が駆けつけ、警官隊とともに三つ巴のにらみあいになった。ネオナチが消火器を取り出し、通行人に消火液を浴びせかけたところで、一斉逮捕。幹部たちは、警察署内で記念撮影をしてフェイスブックに投稿し、愚かしい騒動をPRに使った。警察署内にシンパがいたのは間違いない。
「表向きには活動を封じ込められているが、ネオナチはこの状況を楽しみ、既成政党に単独で闘うアウトローというイメージを浸透させようとしている。連邦議会選はどうあれ、彼らはすでに金城湯池を見出した」と在ドイツ特派員は言う。
その場所は、首都ベルリンを含め、かつてドイツ民主共和国(東独)に属した六州である。
ネオナチの浸透浸透ぶりを表すのが、地方自治体選挙だ。ドイツでは、連邦を構成する州政府・議会に強い権限がある。NPDは二十一世紀に入って、旧東独地域で躍進を続け、メクレンブルク・フォアポンメルン、ザクセンの両州では、過去二度の州議会選挙で議席を獲得した。
他州でも、議席獲得に必要な五%に迫る。旧西独では概して得票率が〇%台~一%台だ。
両州では市町村議会にも進出し、NPD幹部は「市会議員」の肩書でにわか名士になった。農村部では、得票率以上にネオナチの力が強い。
ここにくすぶる若者は、NPDに駆り出され、反対派や移民に対する暴力の先兵役になる。幹部が行政や警察当局ににらみを利かせるので、末端の暴力は野放しだ。
アジア系料理店は頻繁に襲われ、反ネオナチ家庭の子供たちは、学校でイジメにあう。
「旧東独はよそ者への警戒感が非常に強く、住民たちは貝のごとく黙る。ネオナチ支配の実態は外部に伝わらない」とは、旧東独に詳しいドイツ人記者だ。
動員の切り札は、サッカー・フーリガンである。
暴れたい若者たちを組織して、スタジアム外から発煙筒、爆竹で騒ぎ、敵のサポーターを襲う。暴力があまりにひどいので、サッカー界では、「観客を閉め出す『幽霊試合』にすべき」との案も検討された。(中略)
東西の心の壁は強く残る
旧東独を吸収合併した旧西独は、無策だったわけではない。
それどころか、再統一後の二十年間で一兆三千億ユーロを、経済・社会プログラムに費やしてきた。現在でも毎年、円換算で十兆円近くが投じられる。
円換算で二百兆円もの巨額資金が、人口一千六百万人ほどの地域に流れ込んできた。一人当たりの国内総生産(GDP)で見ると、旧東独は旧西独の八割程度まで上昇した。ただ、国営企業が総倒れになった後は、新たな産業基盤が生まれず、多国籍企業の進出はほとんどない。西からのカネで食いつないでいるだけだ。
昨年の失業率は、東(一一・九%)が西(六・六%)のほぼ二倍。最も好調なバイエルン、バーデンビュルテンベルク両州の四%台と比べると、ほぼ三倍だ。
貧困層は、ベルリンを含む東全体では一九・五%で、西の一四%を上回る。
経済学者のゾエ・キューンは、「起業家精神が欠落していて、新規企業がほとんど生まれない」ことを不振の原因に挙げる。共産主義独裁の後は、西の政府が面倒を見てくれたので、自主独立精神が根付かなかった。大学町イエナのように、ハイテクベンチャーが生まれているのは極めてまれだ。
何よりも旧東独の人が「ここはダメ」と見切りをつけた。再統一後の二十年間で、一千八百万人超だった旧東独人口のうち、一割が西に移動した。その六割以上が三十歳以下の若者で、三分の二が女性だった。
旧東独は「若い女性のいない場所」になり、女性が男性の四分の三しかいない地区もある。キューンは「移動可能な人はすべて移住する」と予測する。
政・財界はがっちり西が押さえる。メルケル首相以外では、中央政界に東の出身者はほとんど見当たらない。首都ベルリンを含む旧東独六州では、二州の首相が西出身。逆に西の州首相で、東の出身者は皆無である。
ダイムラー、シーメンスといった有力企業幹部は、西の出身者で占められている。
こうした構造は、東に屈辱感、隷属感を生む。アレンスバッハ研究所の昨年の調査では、東西の人間に「大きな違いがある」との回答は八割にのぼった。
西では「共産主義体質がDNAに刻み込まれている」と見られるため、東の人は出身地を語りたがらず、マスコミや研究機関ではその傾向が強い。東西の心の壁は本物の壁崩壊から二十三年を経て、なお強く残る。
メルケル首相は過去八年間、この問題に取り組んできただけに、いまさら奇策はない。
それどころか、任期中にネオナチ地下組織「NSU」の三人組が、西も含めたドイツ各地で、トルコ人を中心に十人もの連続殺人事件を起こしていたことが分かり、極右の監視・捜査体制立て直しが急務になった。
捜査当局は、トルコ人犠牲者が出るたびに、「トルコ人犯罪組織の抗争」など見立て違いを繰り返した。
三期目のメルケル政権は、真の統合という目標のはるか手前で、極右の暴力と東独の貧困に、対症療法を迫られている。【選択 10月号】
******************
極右政党「ドイツ国家民主党(NPD)」については、5月6日ブログ「ドイツ 社会に根深く存在し続けるネオナチズムの影」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130506)でも、非合法化の動きなどについて取り上げました。
“中央政界に東の出身者はほとんど見当たらない”なかで、メルケル首相一人が東出身なのは興味深いところです。
彼女の並外れた資質によるものなのでしょう。
もちろん、東の人々の資質が西に劣るとかいったことは全くありません。
むしろ、“旧東ドイツの子供は西よりも優秀”という報告もあります。
****ドイツ:旧東独「理系頭脳」で西を圧倒****
旧東ドイツの子供は西よりも優秀? ドイツの義務教育9年生(14〜15歳)を対象にした理数系科目の全国テストで、全16市州のうち旧東独5州の生徒の成績が上位を独占した。1990年の東西ドイツ統一から20年以上経過した今も、所得やインフラ面で旧東独の苦戦が続くが「理系」の頭脳では西側を圧倒した。
◇テストで上位独占…冷戦期の国家主導教育が影響か
テストは昨年、ベルリンのフンボルト大学教育制度質的開発研究所が全国4万4000人を対象に数学、物理、生物、化学の4科目で実施。今月結果が公表された。
ドイツはかつて東西に分断されたベルリン市、旧東独5州、旧西独10州の計16市州で構成。このうち、旧東独5州は全科目で上位6位以内に入った。特に、ザクセン州は全て1位。旧西独はバイエルン州などが科目によって上位に入るのみで、大半は平均点以下。
同研究所のハンス・アナント・パント教授は、独紙に「東独では数学や科学が重視され、その教育を受けた世代が今、教壇に立っているのが大きい」と指摘。冷戦期に西側への対抗上、国家主導で教えた科学技術への関心が、地域に根付いているとみられる。一方、移民が多い旧西独では、ドイツ語が苦手な子供も多く、授業の理解が進んでいないとの分析もある。
同研究所はドイツ語や英語、数学の全国テストは過去にも実施したが、理数系科目に絞った試験は初めて。経済協力開発機構(OECD)が今月発表した世界24カ国・地域を対象とする「国際成人力調査」の平均点ランキングでは、調査対象の「読解力」「数的思考力」「IT(情報技術)活用力」の3分野で、ドイツは11〜16位と平均前後だった。【10月17日 毎日】
********************
理論物理学・分析化学の研究者であったメルケル首相も、理数科重視の東ドイツで育ったひとりです。
【「“心の壁”を過大評価すべきではない」】
現在の東の停滞は、“共産主義独裁の後は、西の政府が面倒を見てくれたので、自主独立精神が根付かなかった”という東特有の風土の問題、現実問題として産業基盤がなく能力を生かせる機会が少ないため、多くの人材が西に流れてしまうということ・・・など、うまく歯車がかみ合っていないことから起きているように見えます。
同じ言語・文化・歴史を共有するドイツ人でありながら、“心の壁”を突き崩して融和を実現することには大きな困難があるようです。
ましてや、世界の多くの紛争を抱える国では、民族が異なったり、互いに殺しあった過去を抱えていたり・・・といった、東西ドイツに比べて遥かに厚く高い壁が存在しますので、国民和解が進展しないのも無理ないところです。
だからといって、あきらめる訳にはいきませんが。
ただ、ドイツの“心の壁”を過大視するのも一面的な見方です。
2010年10月4日ブログ「ドイツ 東西統一から20年 克服しつつある“心の壁” しかし、新たな“壁”も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20101004)でも取り上げたように、基本線としては壁を克服する方向にあると思われます。
“統一時の外相ハンス・ディートリヒ・ゲンシャー氏は「東の40年の重荷を乗り越えるのに時間はかかるが、かなりの部分は成し遂げられた。『心の壁』を過大評価すべきではない」と話した。”【2010年10月4日 朝日】
やや心配なのは、人々の“心の壁”を煽り、不満を増幅させるような政治勢力の存在です。