(7月8日 イタリアのランペドゥーザ島で移民たちと話すローマ・カトリック教会のフランシスコ法王 【7月9日 AFP】)
【「事態がこのまま続けば、我々は地中海域に墓地を建設することになる」】
10月3日ブログ「イタリア南部に押し寄せる中東・アフリカ難民」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131003)でも取り上げたように、イタリアは北アフリカ・ソマリア・シリアなどから欧州を目指す難民の“玄関口”となっており、難民の急増に伴い海難事故も頻発しています。
上記ブログで取り上げた10月3日のイタリア最南端ランペドゥーサ島沖の沈没事故では、乗船していたエトルリア人、ソマリア人とシリア人など500人あまりのうち、339人が死亡したと報じられています。
11日には、再びランペドゥーサ島の沖で約250人の難民・移民を乗せたとみられる船が転覆し、34人が死亡しています。
マルタのムスカット首相は「事態がこのまま続けば、我々は地中海域に墓地を建設することになる」とも語っています。
****南欧、押し寄せる密航船対応に悲鳴 イタリアの転覆事故、死者34人に****
大量の移民を乗せた船が11日、またイタリア南沖で転覆し、多数の死者が出た。3日には同国ランペドゥーサ島沖で過去最大級の事故が起き、339人の死者が出たばかり。
紛争を逃れ、アフリカから押し寄せる移民や難民について、経済危機下の南欧諸国からは、欧州全体で対応を強化すべきだとの声が出ている。
ロイター通信によると、11日の事故では34人が死亡し、さらに増えるおそれがある。救助を指揮した地中海の島国マルタのマスカット首相は、記者会見で「これはイタリアやマルタだけではなく、欧州全体の問題だ」と訴えた。
3日の事故では、欧州連合(EU)のバローゾ欧州委員長が9日、現地を訪問。「EUの境界で何千もの人々が死ぬ現実は受け入れがたい」と語り、イタリアに収容施設の整備などのため、3千万ユーロ(約39億6千万円)を緊急的に拠出すると表明した。
2011年の「アラブの春」以来、中東、アフリカの紛争地を逃れた人々がイタリア、マルタ、ギリシャ、スペイン、キプロスなどに密航船で押し寄せている。3日の事故では乗っていたとされる約500人のほとんどが独裁下のエリトリアや、紛争の続くソマリアの出身者だった。
人々は到着した国で難民申請をし、審査を待つ。しかし、受け入れ態勢は限界を超えている。
国連難民高等弁務官事務所によると、イタリア、マルタに到着した移民は今年だけで3万2千人と、12年から倍増した。ランペドゥーサ島では定員250人の施設に800~900人前後の不法移民、難民が収容され、地元の負担は増える一方だ。
EUは05年に欧州対外国境管理協力機関を設立し、南欧各国で国境警備を支援している。しかし、予算不足でヘリコプターや航空機といった装備面では加盟国頼りで、財政緊縮に取り組む南欧各国の負担軽減につながっていない。【10月13日 朝日】
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多くの難民が押し寄せるイタリアの難民対策はうまく機能していないとの指摘があります。
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シチリア島のボランティア団体「ボーダーライン・シチリア」の弁護士ジェルマナ・グラセソさんは「イタリアは以前から難民の扱いが下手だ」と言い、「多くの事が素人のようだ」と指摘した。
同国の難民の扱いはレッタ首相も困惑させたほどだ。レッタ首相は10月3日のランペドゥーザ島沖の事故で生き残った155人を当局が違法移民の容疑で訴追したことを知ると、「ひどく恥ずかしく思う」と述べた。これらの人々はさらに1人5000ユーロ(66万円)の罰金と国外追放が科される可能性がある。
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当局は、法律にのっとってこうした措置を取っていると説明した。レッタ首相は9日、同島での記者会見で、これを見直すことを約束し、「難民の権利を保障できるような、より文明的なやり方にするために重要な措置を導入する」と語った。レッタ首相は欧州委員会のバローゾ委員長とともに同島を訪れ、事故の生存者らに面会した。9日の時点で302人の遺体を収容した。【10月15日 ウォール・ストリート・ジャーナル】
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【難民はさらに北を目指す】
こうした難民対策の混乱・不備に加え、経済状況の悪いイタリアでは職を得ることが難しいため、多くの難民は欧州内の北の国々をめざします。
****多くの難民にとってイタリアは踏み台****
・・・イタリアが移民をうまく国内に溶け込ませられないことから、同国に到着した人たちはしばしば、難民の申請をすることなく、さらに北を目指すことになる。
これは、欧州連合(EU)の規則では難民は、それがどこの国であれ、難民認定をした国にとどまらなければならないためで、選ぶ場所としては一般にイタリアより裕福な北の隣国の方が良い。(中略)
欧州統計局によると、イタリアは昨年1万5715人の難民申請のうち約57%を認めた。これは欧州全体の27%を上回っている。
難民はイタリアに着くと、わずか数カ月だけ滞在できる受け入れセンターに行く。この後、国営センターのネットワークが住宅や食事、教育などの支援を行う。こうした支援にはイタリア語の習得や職業訓練、法律についてのアドバイスも含まれる。
しかし、これらのセンターは難民移民者たちでいっぱいだ。昨年の時点では、センターは6800カ所しかなく、難民申請者のわずか半分しか対処できなかった。イタリアの11年の難民申請は3万7350人で、これがピークとなった。これはアラブの春で地中海沿岸諸国で騒乱が起きたためだ。
この結果、多くの難民は困窮した生活を強いられた。ローマやフィレンツェなどの都市で難民の医療支援をしている人権団体「人権のための医師団」の調整役アルベルト・バルビエリさんは「センターで数カ月過ごした後、難民たちはしばしばホームレスになる」と話した。
イタリアは受け入れセンター向けに年1億8000万ユーロを、政治亡命を求める人たちのために7000万ユーロを支出している。同国はまた、来年にはセンターの場所を倍以上にする計画だ。レッタ政権は9日、センターにいる未成年者向けの2000万ユーロを承認し、一方、バローゾ委員長も3000万ユーロの資金援助を約束した。
しかし、長期的な見通しは以前厳しく、イタリアの長引く経済危機で仕事を見つけることは困難だ。同国全体の失業率は12%を越えており、若年層はこの3倍以上に達している。
この結果、イタリアに着いた難民は見つからないようにして北欧諸国を目指そうとする。イタリアの方が難民認定の確率が高くてもだ。
例えば、失業率が5%強のドイツで昨年、難民が認定された比率は30%で、イタリアのそれを大幅に下回った。しかし、認定の申請はイタリアの約5倍にもなっている。
ドイツは、スカンディナビア諸国と同様、難民を定住させる上でイタリアよりも手厚い支援─職業訓練など─を提供している。
イタリアで足止めを食らうことを避けるため、一部の難民は同国の沿岸警備などに捕まらないように多大な努力を払っている。ボーダーライン・シチリアのグラセソさんは、最近はイタリア北部の国境を最大6000ユーロで越えさせる犯罪が行われていると話した。スーダン人難民のアダムさんによると、04年に同じ船でイタリアにやって来た他のスーダン人たちは直ちにフランスと英国に向かったという。
難民に食事などの支援をしている宗教団体の関係者は「イタリアに到着する難民たちは、出国する前からイタリアよりもドイツや英国の方がいいということを知っている」と言い、「難民たちは全ての権利を有すると記載された滞在許可証を与えられてセンターを出るが、実際には彼らは何も与えられていない」と話した。【10月15日 ウォール・ストリート・ジャーナル】
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【EUの境界警備を担うFRONTEXの活動強化とともに、新しい欧州国境監視システム(EUROSUR)の早期稼働を確認】
イタリアからすれば、他国への移動を望んでいる難民の対策を自国のみに押し付けられるのは理不尽ですし、ドイツなど最終的に難民が移動してくる国にとっても、イタリアだけに任せてはおけない問題です。
EUはこうした情勢を踏まえて、移民対策強化を打ち出しています。
開発援助による貧困の改善など移民・難民が減るような抜本対策についても検討・提案することとはしていますが、さしあたっては境界管理の厳格化がメインになっています。
****EU:移民政策見直しへ 国境管理機能を強化***
欧州連合(EU)首脳会議は25日、地中海上のイタリア最南端ランペドゥーサ島周辺で移民を乗せた船が転覆し300人以上が死亡した事件を巡り、12月までに現状の移民対策を強化し、来年6月までに移民政策を抜本的に見直す2段階の改革で合意した。
首脳宣言案は、移民がイタリアやマルタなど地中海の島の近くで遭難、死亡している事態に「悲嘆」を表明。「不法移民の防止や移民への連帯」の分野で「より多くをなすべきだ」と記した。
具体的には、国境管理にあたる既存の欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)の機能強化など、現状でできることを12月までに、欧州委員会や加盟国が設置した対策委員会がまとめる。
一方、開発援助による貧困の改善など移民が減るような抜本対策▽移民船を手引きしている違法な業者の摘発など防止策▽加盟国間の移民受け入れ分担の見直し−−など長期的な対策については欧州委などが来年6月までに提案。EUとしての新たな移民政策指針、法案、計画を定める。
EUは移民船を捜索・発見する能力が弱く、移民を「見殺しにした」と批判されている。
また、移民が一番先にたどり着いた国が移民に対して責任を持つという原則に、地中海沿岸の南欧諸国から不満が出ている。
移民受け入れ率も加盟国によりバラバラで、受け入れの多い北欧諸国からも批判がある。EUはこれから数カ月でこうした問題の克服をはかる。【10月25日 毎日】
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また、“首脳会議では、EUの境界警備を担うFRONTEXの活動強化とともに、新しい欧州国境監視システム(EUROSUR)の早期稼働を確認した。同システムで、加盟国の国境監視当局が現場の動画などの情報を互いに共有。不法移民や越境犯罪の監視だけでなく、沈没事故などに各国が協力して対応する態勢を整える。28カ国中18カ国で、12月にも稼働させる。”【10月26日 朝日】とのことです。
【強制的にアフリカに戻すかあるいは迎撃するための措置を調整する】
この“欧州国境監視システム(EUROSUR)”については、下記のような指摘があります。
****要塞化する欧州と海の墓場移民排斥の波~北欧・福祉社会の光と影(31)****
・・・そしてこの大事故後、直ちにEUが取った措置は、難民の流入を緩和し安全な措置を取ることなどではなく、流入を厳重に制限し、EUの障壁をさらに堅固に要塞化することだ。
EU議会は10日、新しい「ヨーロッパの国境監視システム」を導入することを承認した。
EUROSURという名のこの新システムは、12月に実動に入ることになっている。このシステムについて、EUのセシリア・マルムストロム委員(内務担当)は、「海難事故で命を落とす者の数を減らすことができるだろう」と言っている。
だが、採択された規制の文言によると、EUROSURの目的は「EU加盟国当局及び機関に、その対外国境で、不法移民と越境犯罪を摘発・予防・対処し、状況の認識および反応能力を向上させるために必要なインフラとツールを提供し・・・」となっている。つまり「EUに入る『不法』移住者の数を減らす」ことが第一義の任務。
具体的には欧州対外国境をドローン(無人偵察機)、人工衛星検索システムでパトロールし、沖合いでの検問と生体身元確認により「違法」入国者を監視・摘発する。EUROSURによって得られた情報はFrontex国境警備機関に転送され、同機関では難民船がヨーロッパに到達するずっと前に、強制的にアフリカに戻すかあるいは迎撃するための措置を調整する。
EUによると、リビアのほか、チュニジア、アルジェリア、エジプトもEUROSURプログラムに参加しており、各国政府との間で監視用の無人偵察機や人工衛星の使用契約が締結されているようだ。
このシステムの開発や設置、維持には2020年までに3億4000万ユーロかかると推定されているが、10億ユーロという推定値もある。デンマークの人 類学者ハンス・ルーチ氏はニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で、この高価な最新鋭ハイテクを駆使したプログラムについて「セキュリティの狂信者と国際的兵器産業界の夢」と書いている。
【10月23日 JB PRESS みゆき ポアチャ 】http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38976
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“欧州国境監視システム(EUROSUR)”が、「海難事故で命を落とす者の数を減らすことができるだろう」というシステムとなるのか、“海の墓場・移民排斥の波”をもたらすものになるのか・・・。
みゆき ポアチャ 氏は、欧州の移民・難民対策の実情について、同記事において以下のようにも指摘しています。
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11日には、マルタ領海内のランペドゥーサ島南方で別のボートが沈没したが、これはリビア旗を掲揚していた軍船が発砲したためだ。
ボート上には200人以上のシリアとパレスチナからの男性、女性、子供が乗っていたが、このうち50人の死亡が確認されている。この中には、女性と10人の子供が含まれている。軍船は船上の数人を直接狙撃して殺害し、さらにボートのエンジンを破壊したという。
これはチャネル4が生存者から聞き取って記事にしたものだが、他メディアは黙殺しているようだ。
リビアがなぜ、放っておいても沈みそうな満杯の粗末な難民船を攻撃したのかについて、これについてもどこにも書かれていないので筆者の憶測なのだが、アムネスティ・インターナショナルが昨年、イタリアと当時のリビア国民評議会が「欧州の防備を強化し、域内への移民の流入を抑制する」ための密約を締結したことを暴露している。
この合意の内容について、アムネスティのニコラス・ベガー欧州事務局長は「EUが欧州の国境を増強することは、明らかに難民の命を救うことをないがしろにすることだ」と述べている。つまり密約の内容には、イタリアへ向かう難民の命を「ないがしろにする措置」が含まれているということだ。【同上】
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リビア艦船が難民船に発砲したのかどうか・・・は定かではありませんが、イタリアなどが北アフリカなどに難民をよこさないように圧力をかけているであろうことは推測できます。
シリアに隣接するトルコと国境を接するブルガリアからは、以下の報道も。
****シリア難民 国境地帯に100キロのフェンス****
内戦が続くシリアを逃れ、ヨーロッパを目指す難民が増えるなか、ブルガリアには8000人近いシリア人が押し寄せ、政府は入国管理を強化するため、国境地帯におよそ100キロのフェンスを新たに建設する考えを明らかにしました。【10月27日 NHK】
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【「私たちは博愛の義務を忘れ、他者の苦しみに慣れ、無関心が地球規模で広がっている」】
以下は、10月5日ブログ「オーストラリアを目指すボート・ピープル 取締りを強化する豪、中継地インドネシアと協議」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131005)からの再録です。
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「祖国を捨て、命がけで難民の道を選ぶしかない人たちの境遇を改善しなければ、問題の根本解決にはつながらない」・・・それはそのとおりですが、オーストラリア・インドネシアだけではいかんともし難い問題でもあります。
また、国家を基本とした現在の枠組みからすれば、“厄介者”の難民を水際で追い返すというのも、現実的施策です。
ただ、「ここは俺たちの国だ。お前たちが来るところじゃない。」という論理は、現実的ではあっても、それほど声高に叫べるような崇高な理念ではないようにも思えます。この難民の問題では、いつも芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を連想してしまいます。
密航船事故が多発しているイタリア・ランペドゥーサ島を7月に訪れ、「私たちは博愛の義務を忘れ、他者の苦しみに慣れ、無関心が地球規模で広がっている」と語ったフランシスコ・ローマ法王は、今回のランペドゥーサ島沖の事故に、「多数の犠牲者に胸が痛む。脳裏に浮かぶ言葉は『恥』だ。惨劇を繰り返さぬよう力を合わせよう」と述べています。
そこらの感覚によって、現実の対応が単なる“押し付けあい”になるか、難民にも配慮された別物になるか違ってくるように思えます。
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