(2013年12月10日 シリア・ラトキアの空港に人道支援物資を載せて到着したロシア航空機 【9月9日 AFP】)
【シリアでの対IS空爆に英仏も参加】
4年半にわたる内戦が続いているシリアでは、全人口の約半数が家を離れ、国外に脱出した人は内戦前の人口の20%近くに迫っています。
「アサド政権」対「反政府勢力」という構図で始まった戦闘は、「イスラム国(IS)」という対立軸が加わり、多くの武装勢力・関係国が入り乱れる複雑な様相を呈していることは、これまでも何度も取り上げてきたところです。
ここにきて、欧州に押し寄せる難民・不法移民の問題もあって、難民の最大の発生源であるシリアへの関与、特に混乱の根源となっているISへの軍事措置を強める動きが英仏で見られます。
****<フランス>シリア空爆参加へ 対IS、難民問題で方針転換****
フランスのオランド大統領は7日、米軍など有志国がシリア領内で実施している過激派組織「イスラム国」(IS)に対する空爆に参加する意向を表明した。8日からシリア領内の偵察を開始する。
フランスはこれまで、ISと敵対するアサド政権を利するとして、イラク領内での空爆にだけ参加していた。
アサド政権に近いイランやロシアとの関係強化や、シリア難民の流出を止めようとする姿勢を内外に示そうという意図が、方針転換の背景にある模様だ。(中略)
フランスは2014年9月にイラク領内での空爆を開始したが、シリア領内については「たとえ過激派が存在しても、独裁政権に有利となる行動を取ることはできない」(オランド大統領)として、参加してこなかった。(後略)【9月7日 毎日】
*****************
****シリアで初空爆、3人殺害=難民2万人受け入れへ―英首相****
キャメロン英首相は7日、議会下院で演説し、英空軍がシリア国内で無人機による空爆を行い、過激派組織「イスラム国」の英国人戦闘員2人を含む3人を殺害したことを明らかにした。英軍がシリア国内で空爆を行ったのは初めて。
空爆は8月21日、シリア北部ラッカで実施された。
英国は昨年9月以降、有志連合による同組織への空爆に参加しているが、イラク国内に限定していた。首相は英国内でのテロを防ぐための「正当防衛」だと主張した。(後略)【9月8日 時事】
*****************
これでアメリカの主導する対IS空爆には、当初からのサウジアラビアやヨルダンなどの中東諸国に加え、トルコも参加し(狙いは対ISというより、対クルドという感がありますが)、更にフランス・イギリスも参加という形に拡大しています。
【ロシア・プーチン大統領の「大連合」構想】
一方、ロシア・プーチン大統領は、アメリカが主導してサウジアラビアなど中東諸国が参加する対ISの戦闘に、自らが支援するアサド政権やイラク政府軍を加えた「大連合」の形成をこれまで模索してきました。
「大連合」により、空爆だけでなく、地上戦も可能となります。
ロシアの思惑については、「大連合」形成によってアサド政権生き残りを狙うものとも言われています。
8月11日にモスクワで行われたサウジアラビア外相とロシア・ラブロフ外相の会談でも、この「大連合」が話されたようですが、アサド政権を否定するサウジアラビアは受け入れなかったとされています。
【シリアでの軍事プレゼンスを増強するロシアへのアメリカの懸念】
そうした状況にあって、8月中頃から、アサド政権を支持するロシアのシリアへの軍事プレゼンスの増強が見られます。
今月初め、ロシア軍のシリア投入決定という報道を受けて、プーチン大統領はロシア軍のシリアでの軍事作戦参加は「時期尚早」と否定しています。
****ロシア参戦は「時期尚早」=対「イスラム国」でプーチン大統領****
ロシアのプーチン大統領は4日、過激派組織「イスラム国」に対する軍事作戦に関し、ロシアの参加を検討するのは「時期尚早だ」と指摘した。極東ウラジオストクで記者団に語った。ロシアは同組織と戦うシリアのアサド政権を軍事支援している。
これより先、イスラエルのメディアが「ロシアが兵員数千人と航空戦力の投入を決めた」と伝えていたが、報道を否定した形だ。米国務省は情報を精査中としている。
プーチン大統領は「あらゆる選択肢を想定しているが、(作戦参加は)検討課題ではない」と指摘した。
一方で「シリアの友人や(中東)地域諸国と協議を続ける」とも述べ、自身が提唱したアサド政権を含む対テロ共同戦線の創設を目指す考えを示した。【9月4日 時事】
*****************
イラン核問題協議ではロシアの協調姿勢を高く評価したアメリカですが、シリアに関してはロシアの軍事介入を「紛争を激化させ、罪のない人々の命を奪い、難民の流出に拍車をかける恐れがある」として強く警戒しています。
ロシア・プーチン大統領の不介入発言があてにならないのは、ウクライナで実証済みです。
****ロシア、シリアで軍事増強か 米国務長官が懸念表明****
米国務省は5日、ジョン・ケリー国務長官がロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と電話で会談し、内戦が続くシリアにおける切迫したロシア軍部隊の増強に対する懸念を表明したことを明らかにした。
米国務省は、「ケリー長官は(ラブロフ外相に対し)、もし報道が真実であれば、一般市民の死者数や難民の増加、ISILと対抗する勢力との戦闘などで、内戦がさらに悪化する可能性があると明言した」と述べた。
同省によると、「ケリー長官とラブロフ外相は、シリア内戦をめぐる協議を、今月末に米ニューヨークで継続することで合意した」という。
米紙ニューヨーク・タイムズは、ロシアはシリアと協力関係を結ぶために先遣隊を既に送っており、米政府が恐れている、シリアのバッシャール・アサド大統領への軍事協力を増大させるための新たな手段を講じていると報道した。
同紙は、ロシアがシリアで軍隊増強を行っているサインとして、同国空軍基地にプレハブの簡易住宅ユニットや、移動可能な航空管制ステーションの輸送が行われたことを挙げている。(後略)【9月6日 AFP】
*****************
ISに対する軍事介入について「まだ検討していない」というロシアですが、8日には、アメリカの要請を受けたブルガリアが、シリアに向かうロシア軍輸送機の領空通過を拒否する事態も生じています。
****<ブルガリア>ロシア機領空通過を拒否 シリア政権支援疑い****
ブルガリア外務省は8日、シリアに向かうロシア軍輸送機の領空通過を拒否したことを明らかにした。ロイター通信が伝えた。
「貨物について懸念すべき十分な情報があるため」という。シリアのアサド政権に対するロシアの支援強化を懸念する米国の要請を受けた措置とみられる。
ギリシャ外務省によると、米国はギリシャにも同様の要請をしている。
米露は、過激派組織「イスラム国」(IS)の勢力拡大を受けてシリア問題での協力を模索してきたが、今回の措置でロシア側が態度を硬化させる可能性がある。(中略)
プーチン大統領は4日、ISに対する軍事介入について「まだ検討していない」と述べる一方、「ロシアは(アサド政権との)契約に基づき、シリア軍に武器や技術を提供している」と述べていた。
ペスコフ報道官は7日、ロシアがシリア支援を強化しているかどうかについて「答えられない」と述べた。
こうした発言が、「ロシアがシリアへの本格的軍事介入を検討するのではないか」との臆測を広げている。【9月9日 毎日】
**********************
ロシアは積み荷を「人道支援物資」と説明していますが、アメリカなどは「軍事支援物資」の疑いがあると見ています。
リャプコフ露外務次官は9日、「米政府や北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)の圧力を受け、人道支援機の通過を拒否する国があり、遺憾だ」と批判しています。
地図を見るとわかるように、ロシアからシリアに向かうにあたってブルガリア上空を経由するというのは随分と大回りのルートになりますが、“シリア反体制派を支援するトルコはアサド政権と敵対し、ロシア機への飛行許可は非現実的だ。米国の影響下にあるイラク上空も難しい。そのため、黒海からブルガリア、ギリシャ、地中海に抜けるルートが合理的と判断された。”【9月9日 時事】とのことです。
9日にはイランがロシア機の通過を許可したとの報道があり、カービー米国務省報道官は「失望した」と不快感を表明していますが、事を荒立てずに済んだ・・・とも言えます。(‟米国の影響下にあるイラク上空も難しい”とのことでしたが、結局、カスピ海、イランからイラク上空を経由してシリアに入ったようです。)
なお、ロシアはシリアへの軍事専門家派遣は認めています。
****露、シリアに軍事専門家を多数派遣 内戦悪化の懸念も****
ロシア外務省のボグダノフ外務次官は8日、シリア政府軍がロシア製兵器の運用技術を習得するために、ロシアから多数の軍事専門家がシリアに派遣されていると明らかにした。インタファクス通信が伝えた。
ボグダノフ氏は、ロシアは契約に従いシリア側に武器を供給しており、政府軍がその運用に習熟するために「多くの装備や専門家を現地に送る必要がある」と主張した。またこれらの動きは「国際法に厳格にのっとっている」とも述べた。
米メディアは今月初め、ロシアが軍の先遣隊をシリアに派遣するなど、アサド政権への軍事支援を強化する動きを見せていると報道。内戦を悪化させかねない動きとして、欧米で懸念が強まっていた。【9月9日 産経】
********************
しかし、少数のロシア兵が政府軍側として戦闘に加わったとの情報などもあり、アメリカは懸念を強めており、9日には5日に続き2度目の米露外相電話協議が行われています。
****<米国>露に懸念表明 シリア政権支援「戦闘激化招く」****
ロシアがシリアのアサド政権に対する軍事支援を強化していることを巡り、ケリー米国務長官は9日、ロシアのラブロフ外相と電話協議した。
ケリー氏は戦闘の激化につながりかねないとして懸念を表明した。カービー国務省報道官が同日の定例記者会見で明らかにした。
ロシアの軍事介入拡大に関する米露外相電話協議は5日に続き2度目で、米側の警戒感の高まりが顕著だ。
ロシアはシリアへの軍輸送機の追加派遣も図っているが、飛行ルートにあるブルガリアが8日、通過を拒否。9日になってイランが許可したとの報道があり、カービー氏は「失望した」と不快感を表明。周辺の友好国に対し、ロシアからの上空飛行要請があれば「意図を厳しく問いただすよう要請している」と説明した。
実質的に拒否を求めているものとみられる。シリア周辺国のイラク、トルコ、レバノン、イスラエル、ヨルダンは米国と友好的関係にある。
米CNNによると、ロシアはシリアに水陸両用作戦部隊の海軍歩兵約100人を派遣し輸送船2隻などで物資も運び込んだ。ロイター通信によると、少数のロシア兵が政府軍側として戦闘に加わったとの情報がある。
また、アサド氏の支持基盤であるシリア北西部ラタキアでロシア軍が航空基地の整備を行っているとの情報もあり、アサド政権と対立している反体制派を攻撃する準備の可能性があるとの見方も出ている。(後略)【9月10日 毎日】
***********************
【米軍の対アサド政権攻撃を回避させる「トリップ・ワイヤ」】
シリアでの軍事プレゼンス強化を進めるロシアの狙いについて、小泉悠氏はロシアの軍事評論家で有力紙『独立新聞』の軍事問題記者であるウラジミール・ムーヒン氏の見解を紹介したうえで、その存在によって米軍の対アサド政権攻撃を回避させる一種の「トリップ・ワイヤ」にあるのではと指摘しています。
*****シリアへの軍事介入を始めたロシア ロシア側の見方とその狙い****
・・・・ロシアがシリアに軍事プレゼンスを展開し、しかもそれがシリア軍と一体となってしまえば、米国は容易にアサド政権への攻撃を行う訳にはいかないとムーヒンは見ている。
記事中でも触れられているように、米国はロシアの軍事プレゼンスが紛争の「エスカレーション」につながりかねないとの懸念を示しているが、むしろこのような懸念を惹起することこそがロシアの狙いであるのかもしれない。
いうなればシリアに展開するロシア軍は単にアサド政権を支えるだけでなく一種の「トリップ・ワイヤ」(朝鮮半島で最前線に配備されている米軍と同様、同盟国への攻撃があれば域外大国の介入につながりかねないことを相手国に認識させるためのもの)としての役割を期待されているのであり、その存在によって米軍の対アサド政権攻撃を回避することがロシアの狙いなのだと考えられよう。
米軍は2013年からシリア領内への空爆を開始し、今年8月にはトルコのインシルリク基地を拠点として無人機及び有人機でISの拠点を攻撃しているが、今のところアサド政権側の部隊には攻撃は及んでいない。
また、記事中でも触れられているように、ロシアは今後、シリア紛争をISに対する「対テロ戦争」と再定義することを狙っている。
つまり、「アサド政権vs反体制派」であった当初のシリア内戦にISが参入してきたことを契機に、「IS vs 反IS連合(アサド政権+反体制派+その他諸国)」へと紛争の構図を書き換えてしまおうということだ。(中略)
ところでロシアがシリアで軍事プレゼンスの増強を始めたのは今年8月半ば以降と見られるが、これはムーヒンが触れている9月の国連総会を見据えたものであろう。
シリアにおける軍事プレゼンスによって米国の対アサド政権攻撃を封じた上で改めて対IS連合構想を提起し、これを認めさせる思惑があるものと思われる。
その背景には、IS対策のためにアサド政権を容認してもよいのではないかとの空気が一部の西側諸国に見られるようになってきたことであろう。
今年3月、ケリー米国務長官が「最終的にはアサド政権と交渉する必要がある」と述べたことや、記事中で触れられているイスラエルの態度に見られるように、ロシアは「大連合」構想でアサド政権の生き残りを図るチャンスが出てきたと読んでいるのではないか。
ただし、サウジアラビアとの交渉決裂からも想起されるように、「大連合」構想の成立は簡単な話ではない。
この場合、まさにプーチン大統領が「将来の可能性」として示唆しているように、ロシアが公にシリアで対IS軍事作戦に踏み切ることも考えられよう。
いずれにせよ、目前に迫った国連総会でプーチン大統領が何を語り、各国がどのような反応を示すかが注目される。【9月10日 小泉悠 氏 Wedge】
*******************
アサド政権存続容認については、9日、オーストリア外相も賛同しています。
****アサド政権「取り込み」も=「イスラム国」対策で―オーストリア外相****
ロイター通信によると、オーストリアのクルツ外相は8日、訪問先のイランのテヘランで記者団に対し、シリアで活動する過激派組織「イスラム国」と戦う上で、アサド大統領を取り込むべきだと述べた。西側諸国の大半がアサド政権の退陣を主張する中、異例の発言といえる。
クルツ外相は「アサド大統領による戦争犯罪を忘れるべきではないが、この戦いでわれわれが同じ側にいる事実も忘れてはいけない」と指摘。同組織の打倒へ「現実的で共通したアプローチが必要だ」と述べた。【9月9日 時事】
*******************
大量の難民・犠牲者を生み出しているシリアの混乱を早期に収め、一定の秩序をもたらすためには、当然の発想と思われます。仮にアサド政権が崩壊したら、その後にシリアを襲うのは、今以上の混乱ではないかと思われます。
【ポスト・アサドを睨んだ思惑も?】
ただ、アサド政権は最近軍事的には劣勢にまわっており、アサド政権崩壊という事態も現実味を帯びています。
ロシアの軍事介入は、「トリップ・ワイヤ」といった、単に劣勢のアサド政権を支えるという意味合いだけでなく、もしアサド政権が崩壊した場合のシリアにおける影響力と、新たな枠組み形成への発言権を確保する狙いもあるのではないでしょうか。
現地に軍隊を派遣しているか否かは、影響力・発言権に大きな差異をもたらします。
第2次大戦末期のソ連の対日参戦のような感も・・・。
******************
米政府当局者は、シリア内におけるロシアのこれらの動向の真意の把握に努めている。過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の拠点攻撃やシリア政権軍と交戦する反体制派の穏健派武装勢力の掃討などをにらんでいる可能性がある。
また、アサド政権が倒れた場合、ロシアがシリアの国内情勢を管理することを見据えた初動的な措置とも受け止められている。【9月10日 CNN】
*******************