
(トルコからエーゲ海を渡りギリシャ・レスボス島に到着したシリア難民 子供たちを抱えボートを下りる(ロイター=共同)【9月25日 共同】)
【イラン・トルコが関与した部分停戦】
連日報じられているように押し寄せる難民・移民が欧州を揺るがしていますが、現実問題としては難民受け入れにも限界がありますので、いかに難民の発生・移動を抑制するかが重要な課題となっています。
その難民・移民の発生源の最大なものがシリアであり、シリア情勢の改善があらためて認識されています。
そのシリアに関するいくつかの話題。
一つ目は、部分的な停戦合意の件。
****<シリア>6カ月間の部分停戦で合意 政権側と反体制派*****
内戦が続くシリアで、アサド政権側と反体制派が西部ザバダニなど3カ所で6カ月間の局地的な停戦に入ることで合意した。
政権側に加勢するレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラの指導者ナスララ師が、25日に明らかにした。
ザバダニなどの停戦を巡っては、アサド政権の後ろ盾であるイランがシリア反体制派との直接交渉に乗り出しており、停滞するシリアの包括的和平協議に一石を投じる動きとして注目されていた。
ヒズボラ系のメディアによると、一時停戦はザバダニと北西部イドリブ県の二つの村が対象。
政権側が攻勢を強めるザバダニから反体制派戦闘員の退避を認める一方、反体制派は包囲するイドリブ県の村からシーア派住民の避難を容認する。
ロイター通信によると、双方は、アサド政権が拘束する反体制派メンバー約500人の釈放でも合意した。【9月26日 毎日】
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このザバダニと北西部イドリブ県の二つの村をめぐる部分停戦については、8月13日ブログ「シリア イラン、トルコ、ロシア、サウジアラビアなど関係国に動きも 地域限定48時間停戦も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150813)でも取り上げました。
中東情勢に詳しい野口雅昭氏のサイト「中東の窓」によれば、“これまで2度合意した停戦が破られたところ、今回は争点の全部についての合意ができた由。又停戦は国連が監視することになった由”(http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4943155.html)とのことです。
野口氏は“今回の事件は局地的な停戦ではあるが、ある意味で最近のシリア内戦を象徴しているところがある。例えば、交渉はトルコで行われ交渉当事者はアサド政府ではなくイランで、反政府側にはトルコが後ろ盾でいた。おまけにアサド軍が関係したのはイドリブの2の村落のみでザバダニ攻撃はヒズボッラーと民兵であった”とも指摘されています。
アサド政権を支えるイラン及びヒズボラ、反体制派を支援するトルコが関与しての停戦合意ということで、関係国・関係勢力の間での停戦に向けた流れが今後加速されることになれば、より包括的なシリア停戦も現実味を増してきます。
【アメリカのシリア政策破綻】
シリア情勢をめぐる二つ目の話題は、アメリカのシリア政策の破綻を示す事例。
***武装組織に装備引き渡す=米軍訓練のシリア反体制派****
過激派組織「イスラム国」に対抗するため、米軍主導の有志連合の訓練を受けたシリアの反体制派「新シリア軍」が、支給されたピックアップトラックや弾薬の一部を国際テロ組織アルカイダ系の「ヌスラ戦線」に引き渡していたことが25日、明らかになった。通行の安全を確保するためだったという。
米軍が25日に新シリア軍から受けた通報によると、新シリア軍は21、22の両日、ピックアップトラック6台など、支給された装備の約25%をヌスラ戦線に渡した。
ヌスラ戦線は、新シリア軍が入国の際、全ての武器を引き渡したと主張していたが、米軍は強く否定していた。
米軍が事実を一転して認めた経緯から、新シリア軍の基盤のもろさや、戦闘地域に戻った新シリア軍と円滑な意思疎通を図ることの難しさが浮き彫りになった。
新シリア軍は、米軍がシリア国外で訓練を施した反体制派に付けた呼称。米軍は21日、訓練を終えた第2陣約70人がシリアに戻ったと発表していた。【9月26日 時事】
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今回の事態は、シリアでISと戦うため穏健派のシリア人戦闘員を「訓練し、装備を与える」というアメリカの取り組みが破綻していることを示していますが、こうした事態は初めてではありません。
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・・・・当初の計画では5億ドル(約600億円)をかけて、毎年約5400人のシリア反体制派の戦闘員を3年間にわたって育成することになっていたが、訓練にふさわしい対象者を見つけるのが難しく、実際に訓練を受けた人数は計画をはるかに下回っている。
最初に訓練プログラムを終えた54人は今年7月にアルヌスラ戦線の攻撃を受け少なくとも1名が死亡した。国防総省は54人の身に何が起きたのか、十分に把握していない。
第2陣の約70人は先週末シリアに送られたが、その直後から戦闘員の離反や、他勢力への装備の引き渡しなどの情報がツイッターで流れていた。【9月26日 AFP】
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第1陣54名については、米中央軍のロイド・オースティン司令官が9月16日、現在シリアで戦闘に参加しているのはわずか「4、5人」にすぎないと明らかにしています。
「4、5人」・・・・冗談のような数字です。
【介入を強めるロシア・プーチン大統領】
シリア情勢をめぐる三つ目の話題は、シリアへの関与を加速させるロシアの動きです。
最近のロシアの動きに関する記事の見出しだけ並べても下記のとおりです。
シリアに空軍基地設置も=政権支援で可能性排除せず―ロシア【9月17日 時事】
ロシア、シリアに戦闘機派遣か=「直接介入」の臆測呼ぶ【9月19日 時事】
ロシアから戦闘機供給=「無人」偵察機も―シリア軍【9月22日 時事】
ロシア、シリアにさらに2拠点建設か=「駐留準備」と軍情報大手【9月23日 時事】
プーチン政権、イラン、シリアの反米「大連合」の形成呼びかけ アサド政権救済しつつ「善玉」演出【9月24日 産経】
「イスラム国」単独空爆計画=米が共同戦線拒否なら―ロシア【9月24日 時事】
アサド政権への軍事的支援を強め、対イスラム国(IS)のアサド政権を含む「大連合」を構築することで、アサド政権の存続、ひいてはロシアの影響力の存続を図る、もしアメリカ等がこの考えに賛同しないならロシア単独での対IS攻撃も辞さない・・・というロシアの攻勢です。
アメリカ・オバマ政権としては、本音のところはともかく、現段階で「アサド存続」を容認することはシリア政策の失敗を認めることにもなり、国内保守派の反発を招くことにもなります。ロシアの軍事介入は「シリア情勢の混迷を深めるだけだ」というのが、アメリカの現在の公式姿勢です。
もともとシリア内戦は、アサド政権打倒に反政府勢力が立ち上がったことから始まったものであり、当然ながら、これまで欧米が支援してきている反政府勢力はアサド政権存続を容認することはできません。
28日にはオバマ米大統領とプーチン露大統領が会談する予定となっていますので、そこで何らかの方向性が打ち出される可能性もあります。
****露のシリア介入は「火に油」?「建設的関与」? 28日の米露首脳会談で打開なるか****
米、ロシア両政府は24日、国連総会が開かれているニューヨークで28日にオバマ米大統領とプーチン露大統領が会談すると発表した。会談は、今後のシリア、ウクライナ情勢などをめぐる力関係や方向性を規定するものとなりそうだ。
アーネスト大統領報道官は24日の記者会見で、シリアのアサド政権を支援するためのロシアによる軍事介入について、「支援はシリア情勢の混迷を深めるだけだ」と強調した。カーター国防長官も「内戦の火に油を注ぐ」と、ロシアを強く牽制(けんせい)した。
オバマ大統領は首脳会談で、こうした米側の原則的な立場を表明する一方、ロシアの「建設的な関与」を求める見通し。これはイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の掃討に限り、ロシアの関与を許容する用意があるとの姿勢を示すものだ。
ロシアはシリアに装備などを搬入しており、「米国が支援する反体制派への攻撃に加え、イスラム国を単独で空爆する構え」(米政府筋)もみせている。
ロシアの狙いは、米軍主導の有志連合にロシア、アサド政権、イランなどを加えた「大連合」の形成を認めさせることにあるとみられている。
だが、大連合構想は「アサド政権を事実上容認させることによる延命策」(同)にほかならず、オバマ政権としては到底首を縦に振れない。
こうした事情と、ロシア軍の介入という既成事実を前に政権は、(1)ロシアの排除は困難(2)有志連合にロシアのみを組み込み、単独の軍事行動を封じることが次善の策−などの判断に傾いているという。
政権はまた、「ロシアがシリアの政権移行に米国と取り組むなら、『共通の協力分野』を見いだすことも可能だ」(カーター長官)としている。こうした考えをオバマ大統領も首脳会談で示す見通しだが、プーチン大統領は応じない公算が大きい。
一方、ウクライナのポルトラク国防相は24日、ワシントンで記者会見し「ロシアには、シリアでの軍事活動を活発化させ、ウクライナ問題から国際社会の注意をそらす狙いがある」との見方を示した。【9月26日 産経】
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【アサド大統領も参加した「移行期間」 国際的に広がる容認姿勢】
個人的には、これまでも何回も書いてきたように、シリアの現状は悲惨を極めており、アサド政権打倒にこだわって内戦をこのまま続けるより、アサド政権存続(将来的な退陣予定を含めて)でも、とにもかくにも停戦を実現することが急務であると感えます。
自国民にたる爆弾や化学兵器を使用するようなアサド政権が民主的な政権と言い難いのは当然ですが、戦乱が収まればそうした非道も行われなくなりますし、国際監視体制でアサド政権の今後の行動を制約することも可能になります。
軍事的には劣勢にまわっているアサド政権ですが、仮に政権が崩壊すれば、その空白を埋めるのは、欧米が期待するような穏健派反政府勢力ではなく、ISやアルカイダ系ヌスラ戦線、あるいはそれらと同様なイスラム過激派勢力でしょう。そして、そうした諸勢力間の戦闘が更に続くとも思われます。
自らの主張のために戦闘を続け、国民の犠牲を顧みない姿勢は、アサド政権の非道と同じレベルの所業です。
とにかく、国民の半数が避難生活を余儀なくされ、犠牲者だけが増え続ける現状を早急に停止する必要があります。
端的に言えば、そのためであればアサドでも何でもかまいません。
アサド大統領がかねてから主張してるように、シリア情勢の改善は政治的解決でしかありえないと考えます。
アサド存続を含むロシアの構想を容認する向きも増えているようです。
前出野口雅昭氏は、アラビア語メディアの情報として、以下のように紹介しています。
****シリア情勢****
・・・・ドイツを始めとして、多くの西側国も、シリア問題の政治解決の話し合いにはアサドの参加が必須であるとのロシアの主張を支持し始めている。
特にドイツが顕著であるが、米英仏も含めて、その後アサドの役割はなくなると主張しつつも、政治解決の交渉段階、さらにその後の移行期間でのアサドの役割を認めるところが増えている。
元も強硬であったトルコも、交渉、移行期間へのアサドの参加を認めるにいたった。
ロシア大統領府筋は25日、広範な国際社会の参加を得たシリア問題に関する国際会議とのドイツの示唆を歓迎し、これにはロシア、イラン、米の他にサウディ等のアラブ諸国、トルコ、その他の主要国も含まれるべきだろうと語った。(後略)【9月26日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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ロシア・プーチン大統領は、サウジアラビアサルマン国王(9月16日 電話協議)、トルコ・エルドアン大統領(9月23日会談)、イスラエル・ネタニヤフ首相(9月21日会談)と、アサド政権に批判的な国々の首脳とも会談を重ねており、公式見解はともかく、水面下では一定に根回しが進んできていることも想像されます。
アサド政権関係筋からは、ロシアと米国は「暗黙の合意」に達しているとの情報も流れています。
****シリア内戦終結について米露が「暗黙の合意」、アサド大統領顧問****
シリア内戦の終結についてロシアと米国は「暗黙の合意」に達していると、バッシャール・アサドシリア大統領の顧問ブーサイナ・シャアバン氏が23日夜、シリア国営テレビのインタビューで語った。
シャアバン氏は「現在の米政権はシリア危機の解決策を見出すことを望んでいる。この解決策に到達するため、米国とロシアの間に暗黙の合意が存在する」と述べた。
「今や米国は、ロシアはこの地域(=シリア)について深い知識を持っており、状況の評価も優れていると認識している」、「現在の国際情勢は緊張緩和に向かっており、シリア危機の解決に向かっている」(シャアバン氏)
シャアバン氏は2011年以降24万人以上が死亡し、数百万人が避難を強いられたシリア内戦について「欧米の姿勢に変化」が起きたと指摘した。
数十年前からシリアの政権を支援してきたロシアは、アサド大統領退陣をシリアでの和平協議開始の前提条件として受け入れることはないと表明している。
米国は4年以上前からアサド大統領の退陣を主張してきたが、ジョン・ケリー米国務長官は先週、「(アサド大統領退陣が解決への)第1日目や1か月目などである必要はない」と発言した。
今月23日にはフランスのフランソワ・オランド大統領が「シリアで平和が回復することを望む全ての国が貢献できる」新たなシリア和平協議の開催を呼びかけた。
オランド仏大統領は「(アサド大統領)退陣のない政権移行はあり得ない」との姿勢を崩していないが、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は24日、協議にはアサド大統領も関与すべきだと述べた。【9月26日 AFP】
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「暗黙の合意」の信憑性はともかく、ケリー米国務長官の発言は興味深いところです。
停戦合意に向けた障害は、オバマ政権が国内保守派の反対に抗して方針転換できるか、「アサド憎し」で引かない反政府勢力をどうやって説得するか(アメリカの役割でしょうが)・・・でしょう。
一時的にせよアサド容認につながるような方向への転換は、オバマ大統領にとっては、弱腰批判や“レッド・ライン”騒動の再現を招く事態ともなり厳しい選択でしょうが、シリア国民の生命・安全・生活を第一と考えれば、踏み込むべき選択だと考えます。