
(8月23日、テヘランで握手するハモンド英外相(左)とイランのザリフ外相 【8月23日 時事】
イランとイギリスは23日、テヘランとロンドンで閉鎖していたそれぞれの大使館を約4年ぶりに再開しました。 イランの国際社会復帰の流れが強まっています。)
【曖昧な合意内容 「抜け道」の存在】
7月14日に合意されたイランと米欧など6カ国の「包括的共同行動計画」は、イランにウラン濃縮を含む平和的な核開発の権利を認める一方、それを一定の範囲内に収め、国際的な監視下に置くというのが基本的な枠組みです。
イランはウラン濃縮に使う遠心分離器の数を3分の1に減らし、1万2千キロある低濃縮ウランを300キロに削減するなど、今後10年以上はすぐに核兵器を作れないレベルに核開発を制限。
そうした一連の措置により、イランが原子爆弾1個分の核分裂物質を製造するのに必要な時間は、これまでの2〜3カ月から1年以上に延長され。仮にイランが合意を守らず、秘密裏にウラン濃縮能力などを拡大しようとしても、早期発見が可能になる・・・・というのが6カ国側の立場です。
ただ、監視体制の在り方、特に懸案となっていた核兵器開発疑惑を持たれている軍事施設への査察については、曖昧な形になっており、今後問題化することが懸念されていました。
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オバマ米大統領は14日の演説で「IAEAはいつでもどこでも必要な場所に立ち入れる」と述べ、合意は「確かな検証」に基づくと強調した。
しかしイランが核施設ではなく軍事施設でひそかに核開発をしていないか査察する権限は明記できなかった。
行動計画は、IAEAが軍事施設を含む査察を要求できるとしたが「軍事、治安活動を妨げない」とも規定。イランは要求に異議を申し立てて時間を稼ぐことが可能だ。【7月18日 日経】
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AP通信は8月19日、この軍事施設の査察は国際原子力機関(IAEA)が直接行うのではなく、イランの担当者が提供したデータなどに基づいて実施する取り決めになっていると報じており、その実効性を疑う声も上がっています。
****イラン核査察は抜け道だらけ?*****
4月2日、ホワイトハウスのローズガーデンで記者会見したオバマ米大統領は大きな成果に胸を張った。イランの核兵器開発をめぐる協議が枠組み合意に達したと発表したのだ。
協議は7月に最終合意に達し、オバマは歴史に名を残す偉大な業績を上げた……はずだった。
核合意の土台を成すのは、国際原子力機関(IAEA)による徹底した査察だ。イランの核関連施設は厳しく監視され、もしイランが合意を破れば「世界の知るところとなる」と、オバマは言い切った。
しかし、査察の実効性には疑問がある。元-AEA査察官たちによれば、査察担当者たちは、通常のサンプル調査なら簡単にできるが、軍事転用を示唆する機器やプロセスを見分ける専門知識は持つていないという。
「査察を終えた後で、(査察官に)施設で何を見たかと尋ねても、答えられないだろう」と、92年と01年にIAEAのイラク核査察の責任者を務めたロバート・ケリーは言う。
ケリーは同じく元査察官のタリフーラウフと共同で執筆した報告書で、イランでの査察任務は通常の査察の「範囲を超えている」と指摘。イラクでの査察時と同様に、外部の専門家を加えるべきだと主張した。
問題はほかにもある。AP通信の報道によれば、核兵器開発疑惑を持たれているテヘラン郊外の施設について、IAEAが直接査察を行わず、イラン側の提供するデータに基づいて査察を行うことで、IAEAとイランが合意したというのだ。査察の抜け道を認めることになると、米共和党は反発している。
「IAEAが核査察の権限をイランに委ねたとの指摘に当惑している」と、IAEAの天野之弥事務局長は先週、声明を発表した。「合意は、いかなる面でも(査察の)基準を損なうものではない」
もしかすると、イラン側のサンプル収集を監督する要員をIAEAが派遣するのかもしれないが、専門知識を欠く人物を送り込んでもあまり意味はないと、元IAEA職員たちは言う。
歴史的な合意とオバマが退任後に残す政治的「遺産」の雲行きが怪しくなってきた。【9月8日号 Newsweek日本版】
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【「他の選択肢」を考えれば、不完全でも歓迎すべき「合意」】
想像するに、長時間にわたり行われた交渉の実質的中身は、こうした「抜け道」をどこまで許すか、それを表面上はどのように覆うか・・・というあたりの話であり、「抜け道」が存在し、それが表面化したとき批判が出ることは“織り込み済み”でもあり、そうした諸々のことを含めた「合意」だったのではないでしょうか。
交渉による「合意」では、イランに核開発を完全に放棄させるような形で、100%自分の言い分を押しとおすことはできませんので、そうした「妥協」は不可欠でしょう。
(イスラエルが核武装している状況を一方で黙認しながら、イランにそこまで求めることの妥当性にも疑問があります。)
「合意」がなされなければ、イランは核開発を加速させるでしょうし、北朝鮮の事例を見てもわかるように、イランが国民生活を犠牲にしても核開発を進めるという気になれば、制裁強化でもそれを押しとどめることはできません。制裁強化に関して、ロシア・中国の協力をどこまで得られるかもわかりません。
制裁強化でも無理なら、残る選択肢は「戦争」だけです。
そうした「他の選択肢」を考えれば、曖昧・不完全な形ではあっても「合意」によってイラン核開発に一定の制約が課されたこと、また、「合意」によってイランが世界経済の一員に復帰するとともに保守穏健派と言われるロウハニ大統領の力が増し、イランがより現実的な外交路線に向かう可能性が増すことは、歓迎すべきことと考えます。
【アメリカ・オバマ大統領の国内外反対派への対応】
アメリカは合意内容に関して議会承認を必要としています。議会多数派の野党・共和党が徹底反対していますので、オバマ大統領は力で押し切るしかありませんが、大統領拒否権で乗り切ることが可能となったようです。
****イラン核合意、実現に前進 オバマ政権が議員を説得****
米オバマ政権が、イラン核問題の最終合意を実現できる見通しとなった。
2日、合意に反対する野党・共和党が多数を占める議会に不承認とされても、大統領が拒否権で履行するだけの賛成票を得る見通しがついた。議員への説得工作が奏功したもので、最終合意の実現に大きく前進した。
米議会はイラン核合意を検証し、承認するかどうかを判断できる。上下両院は合意を承認しない見通しで、オバマ氏が拒否権を発動する構えだ。さらに議会が3分の2以上を得て再決議すれば拒否権が覆されることになり、「合意が台無しになる」(アーネスト大統領報道官)と危機感を募らせていた。
共和党議員だけでは3分の2に達しないため、民主党議員の動向が鍵を握る。上院(定数100)で少なくとも34議員が支持する意向を固めた。
これまで態度を明らかにしてこなかったミクルスキ上院議員(民主)が支持に回ったことで3分の2には満たなくなった。同氏は2日、「今回の合意は最良の選択肢だ」とする声明を出した。
下院(定数435)でも十分な支持を得られる見通しだ。【9月3日 朝日】
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オバマ大統領にとっては、対応すべき反対派は国内だけでなく国外にも存在します。
そのひとつイスラエルは、どのように説得しても無理です。
****「国際的孤立、辞さず」・・・イスラエル外務副大臣****
(8月)17日から日本を訪問しているイスラエルのツィピ・ホトベリ外務副大臣(36)が、訪日前に読売新聞の単独会見に応じ、イラン核合意を巡るイスラエルの政策について語った。
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イラン政権は、イスラエルの壊滅を呼びかけており、これはイスラエルの存続に関わる問題だ。最初に影響を受けるだけに、イスラエルには合意の危険性を世界に警告する義務がある。孤立しようとも、外交的手段を通じて欧米などに反対の働きかけを続ける。
イランはテロ組織を支援している。穏健になったというのは幻想だ。欧米が経済関係を強化するために安全保障を犠牲にするのは間違っている。イランは決して核兵器開発を諦めることはない。
もう一つの北朝鮮を生み出すわけにはいかない。経済制裁により核兵器開発を遅らせることが可能であり、制裁を維持すべきだ。【8月18日 読売】
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イスラエルと並んでイランの核開発を警戒しているアメリカの同盟国が、シーア派イランと敵対するスンニ派の盟主を自任するサウジアラビアですが、こちらは「一応」オバマ大統領の「合意」を支持する形になっています。
もちろん、内実はわかりませんが。
****<サウジ国王>7月の合意支持 イラン核、米大統領と会談****
オバマ米大統領は4日、ホワイトハウスでサウジアラビアのサルマン国王と会談した。
大統領は欧米など6カ国とイランの核問題を巡る7月の最終合意がイランの核兵器保有を防ぐものだと力説。国王も合意に支持を表明した。
また両首脳は、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦やシーレーン(海上交通路)保護などでの協力継続も確認した。
両国関係は、オバマ政権が2013年にシリアのアサド政権に対する空爆を中止したことや、イランとの核協議を本格化させたことにサウジ側が不満を募らせて悪化。
今年1月に即位した国王は、米国で5月に開かれた大統領と湾岸協力会議(GCC)の首脳会議を欠席した。米側は今回の会談で「アラブ諸国とイスラム圏のリーダー」(大統領)であるサウジとの関係修復を狙った。
大統領は会談冒頭、「中東が困難な時期にあるのは明白だ」とし、サウジも軍事介入しているイエメン情勢やシリア内戦について「懸念を共有している」と指摘。IS掃討作戦を含む対テロ作戦でサウジとの緊密な協力を続けると語った。
イラン核問題については「核兵器の保持を阻止するため、今回の合意を効果的に実行することの重要性について話し合う」と述べた。
終了後に出た共同声明によると、会談で両氏が「中東地域を不安定化するイランの活動に対抗するため引き続き努力する必要性を再確認した」と指摘。
そのうえで、核問題を巡る最終合意は「完全に履行されればイランの核兵器保持を防ぐことで地域の安全保障を高めるものだ」として、国王が支持を表明した。
また、シリアについてはアサド大統領が辞職して政権移行が行われなければならないとの認識を強調した。【9月5日 毎日】
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オバマ大統領は、国内反対を拒否権で乗り切る目途が立ち、国外ではサウジアラビアの支持をを得たことで、合意実現を手繰り寄せた形となっています。
【ロウハニ政権下のソフトなアプローチ】
一方、イラン・ロウハニ政権について、興味深い記事が。
****社会運動の容認に傾くイラン政府、NGOが活発化****
市民社会の発展が政権安定につながるとの期待
今から数カ月前、何百人もの動物愛好家がイラン政府の環境政策を担う部署の前に集まり、南部の都市シラーズの自治体職員による野良犬の殺処分に抗議した。
殺処分の様子はビデオに撮られ、ソーシャルメディアを介して広まっていた。もっとも、要求を聞いてもらえると思っていた人はほとんどいなかった。
ところが、このデモの参加者は取り締まりを受けるどころか、外に出てきたイラン環境保護庁(IEPO)の幹部職員数人から話しかけられた。(中略)
幹部職員は一通り話を聞くと、早速、都市部の野放しの犬の扱い方に関する通達を出した。(中略)
法的保護を享受するようになったNGO
過去には珍しかったこのようなアプローチが見られることは、非政府組織(NGO)や市民社会全般に対する体制側の態度が変わりつつあることを反映している。
改革派のモハマド・ハタミ大統領の政権は、民主主義強化の取り組みの一環としてNGOを奨励した。
しかし、政治活動への関与を深めたことが裏目に出て、ハタミ氏の後を継いだ抑圧的なマフムード・アハマディネジャド大統領の時代には多くのNGOが消えていった。
そして2年前に当選した穏健派のハサン・ロウハニ氏の政権下では、かつて政治の干渉に弱かったNGOがこれまでよりも強力な法的保護を享受している。
イラン政府は今後数カ月以内に、NGOに関する新しい法案を議会に提出する。
政府の意志決定におけるNGOの発言力を高めたり、登録に要する期間を現在の6カ月から1カ月に短縮したり、解散を今よりも難しくしたりするのがその狙いだ。
また、今年施行された別の法律では、環境保護や子供もの権利に関する法律の違反についてNGOが訴えを起こすことが認められている。それ以前は、検事総長しか訴えることができなかった。
イラン政府による、この以前よりもソフトなスタンスは、すでに違いを生み出している。イランで登録しているNGOの数はこの1年間で30%増加し、7000団体に達した。
新しいNGOは、そのほとんどが健康、環境、起業などに的を絞っており、人権のような物議を醸すテーマは避けている。政府は、来年3月までに1万団体に増えるだろうと期待している。
市民の社会参加が政権安定化につながる理由
市民の社会参加を拡大させることはロウハニ氏のためになる、と政府高官やアナリストたちは述べている。
IEPOのムハンマド・ダルビッシュ教育・国民参加局長は「ロウハニ政権は、国民に信頼されて仲間だと思ってもらえる政権は(より)安定すると考えている」と言う。
ダルビッシュ氏によれば、2013年以降、NGOの数は環境関連のものだけでも400から778に増えている。「このシフトは政府だけではなく体制全体で見受けられ、特に司法府でその傾向が強い。干ばつや渇水、若者の高失業といった社会的危機は、より大きな信頼を国民から得ているNGOの助力なしには解決できないことを国の支配者層が理解したからだ」。ある専門家は匿名を条件にこう語った。
「公機関によるこうした協力が社会の発展につながっていく。そして今度はそれが、経済などほかの分野での発展の土台になる」。イラン内務省のアドバイザーでNGO問題担当の代表代行も務めるバーマン・メシュキニ氏はそう指摘する。
この点はNGOも認めている。市民社会への参加が盛んになれば発展を促すことができると語るのは、シンクタンクとして活動するNGO「法律立法研究所」のマネジングディレクター、タフムーレ・バシリイェフ氏だ。
「国の役所のオフィスで座っている人と・・・一般国民とでは問題の感じ方が違う」と同氏は言う。「政府機関よりも国民に信頼されており歓迎されてもいるNGOは、人々のニーズをより的確に理解している」(中略)
それでも、政府がアプローチを和らげている中でも、なすべきことがまだある。原理主義者たちが支配する司法と議会はこれまで協力してきた。だが、NGOはまだ、活動する分野を慎重に選ばなければならない。人権などの分野はいまだに物議を醸す。
人権状況はなお悪化
国連は今年、ジャーナリストや活動家の処刑と投獄の急増を引き合いに出し、2013年にロウハニ氏が大統領に選出されて以来、イランの全体的な人権状況が悪化したと述べた。
国連のイラン担当特別報告者、アフメド・シャヒード氏は今年、「イランは引き続き、人口比で世界中のどの国よりも多くの人を処刑している」と述べた。
一方、前出のメシュキニ氏は、NGOに門戸を開く政府の政策を追求する決意を固めており、「すべての政府機関の方針は、微笑み、すべての社会活動家を尊重することだ」と語っている。【8月29/30日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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“「合意」によってイランが世界経済の一員に復帰するとともに保守穏健派と言われるロウハニ大統領の力が増し、イランがより現実的な外交路線に向かう可能性”に加えて、イラン国内政治においても柔軟な対応が増えることも期待されます。敢えて楽観的に言えばの話ですが。
「合意」によるイランの中東地域での影響力拡大がもたらす混乱への懸念もありますが、「合意」が破綻した場合の混乱に比べれば、まだましではないか・・・とも思っています。