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(16日、マレー系市民団体によってクアラルンプールで行われたナジブ首相支持派のデモ 「マレーシアはマレー人のもの」といった主張も 【9月16日 時事】)
【資金還流疑惑で高まる首相批判】
巨大汚職疑惑でマレーシア・ナジブ首相への批判が高まっているという件はこれまでも取り上げてきました。
5月1日ブログ「マレーシアで進む宗教保守化と強権支配」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150501)
7月8日ブログ「マレーシア 与党は首相の汚職疑惑、野党は共闘崩壊 それぞれに困難に直面」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150708)
汚職疑惑内容は上記ブログで取り上げましたので詳細は省きますが、ナジブ首相が代表を務める政府系投資会社「1MDB」(ワン・マレーシア・デベロップメント)を舞台にしたもので、巨額負債(約1兆2100億円)やマネーロンダリング、首相親族の関与、更には首相自身への資金還流など多岐にわたっています。
首相への資金還流については、「1MDB」関連会社を通じ、ナジブ首相の個人口座に約7億ドル(約850億円)の不透明な資金が振り込まれた・・・とも報じられています。
9月4日の英紙ガーディアン(電子版)は「ナジブ氏への国際的な圧力も増しており、スイス当局がスイスの金融機関にある1MDBの資金を凍結した」と報じています。【9月8日 SankeiBiz】
以前から取り沙汰されてきた汚職疑惑・不正資金の流れですが、特にナジブ首相への資金還流が表面化したことで、首相への抗議行動が大きくなっています。
****マレーシア首都で2.5万人デモ 資金流用疑惑、首相の辞任を要求****
マレーシアの首都クアラルンプールで29日、政府系ファンドからの資金流用疑惑に揺れるナジブ首相の辞任などを求める大規模な抗議デモがあった。30日夜まで続くが、警察は「抗議は違法」と警告。数千人の警官隊を動員して暴徒化への警戒を強めている。
デモは野党勢力が支援するNGOの連合体「ブルシ(清廉)」が呼びかけた。警察発表によると、29日夕までに約2万5千人が集まったという。身内のナジブ氏を批判し、辞任を求めるマハティール元首相もデモ会場に姿を見せた。
きっかけは、7月にナジブ氏がトップを務める政府系ファンドから約7億ドル(約850億円)が個人口座に不正に流れた疑いを米紙が報じたことだ。
ナジブ氏は疑惑を否定するが、明確な説明を避け、疑惑への対応をめぐって対立したムヒディン副首相を解任。資金疑惑を報じる地元紙2紙を発行禁止にした。手荒な手法に国民の反発が高まるうえ、国内経済の悪化に対する国民の不満の矛先もナジブ氏へと向かっている。
ただ、デモ参加者は華人が中心だ。国民の約6割を占め、政権の支持基盤であるマレー系の参加者は少ない。独立系の世論調査機関ムルデカ・センターのイブラヒム・サフィアン氏は「マレー系住民の支援が十分に得られないデモでナジブ氏を辞任に追いこむのは難しい」とみている。【8月30日 朝日】
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【「ナジブ降ろし」に走るマハティール元首相の事情は?】
上記記事にもあるように、現在のマレーシア政治・経済の大枠をつくったマハティール元首相が、同じ与党のナジブ首相批判の先頭に立っていることが特徴的です。
警察当局はマハティール元首相の「事情聴取」を行う方針を明らかにしています。
****マハティール元首相を聴取へ=大規模デモ参加で―マレーシア警察****
マレーシア警察当局は2日、首都クアラルンプールで8月29、30両日に行われた大規模デモの現場を訪れたマハティール元首相を事情聴取する方針を明らかにした。地元メディアが伝えた。
当局者は「デモに関わった全ての人を調べるつもりだ」と指摘。また、「(マハティール氏は集会で)与党幹部が賄賂を受け取ったと話していた。われわれは元首相が得ている情報を知りたい」と述べ、与党関係者の汚職疑惑についても協力を求める意向を示した。(後略)【9月2日 時事】
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“与党関係者の汚職疑惑についても協力を求める意向”とはありますが、警察は名誉毀損の疑いで元首相を捜査すると表明しており、“野党の人民正義党(PKR)副党首のアズミン・アリ・スランゴール州首相などデモに参加したその他の政治家についても同様に事情聴取する。さらに、デモ会場でナジブ首相の写真を踏みつけたデモ参加者についても、取り調べの対象にするという。”【9月4日 NNA.ASIA】とのことですので、政府側の意を受けてのマハティール元首相らへの圧力と思われます。
マハティール元首相は「賄賂が配られたことは知っている。政府はうそをつくのではなく、真実を話すべきだ」と反発していますが、その後、実際に事情聴取されたという記事は目にしていません。
もっとも、マハティール元首相が義憤に駆られて行動しているという話でもなく、自身の息子を将来首相に吸えるためにナジブ首相が邪魔になっているということがあっての権力闘争とも言われていますが、ナジブ首相同様に“脛に傷がある”マハティール元首相には、ナジブ降ろしを行う「もっと切実な事情」もあるとも指摘されています。
****歴代首相の悪夢は韓国の再来****
・・・・しかし現在、マハティール元首相にはかつてのような強力な政治的影響力はない。
政権与党や内閣、さらにはUMNO幹部もナジブ首相を支持しているが、反ナジブ派が結束するのは、マハティール氏の看板を頼っているからではない。彼らには公に言えない共通の恐怖が常につきまとっているからだ。
今年2月、野党を束ねてきたアンワル元副首相が同性愛行為で5年の有罪判決を受けて、収監され、イスラム刑法導入などを巡り、事実上、野党は分裂状態となっているが、2008年、2013年の総選挙で野党の躍進に甘んじた苦い経験を忘れたことはない。
マハティール元首相が躍起になってナジブ首相を引きずり下そうとしているのは90歳の高齢になった今、息子が首相に就任する事実を見定めたいと思うからではない。
次期総選挙でもし、与党が惨敗すれば、韓国のように、彼も含め、歴代首相や与党関係者は監獄入りになる可能性が大きいからだ。だから、選挙に勝てない首相の首をつなげておくことは自らの自殺行為になる。
マレーシアでは初代首相の「Rahman」の頭文字から、最後の「n」はナジブで与党が崩壊するという、ジンクスも脅威として頭から離れない。
個人流用は否定するが、実際に公金が個人口座に送金されたことは否定していないナジブ首相。このこと事態、政治家の倫理観や規制法律で、司法機関が機能していれば、すでにナジブ首相も退陣しているはずだ。
問題は、政党や選挙資金のため、あるいは、その名目でマハティール元首相時代からも公金流用疑惑がつきまとってきたマレーシア政冶史の根幹が病巣と言えるのだ。
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0年間の大統領在任中に、巨額の国家資産の横領疑惑にまみれながら、全容解明に至らず、結局はハワイに亡命したフィリピンのマルコス元大統領夫妻。
ナジブ首相夫妻がその二の舞を踏むと冷笑されるほど、その病巣は重く、深く、そしてやっかいなものだ。【7月13日 JB Press 末永 恵氏 「マレーシア、ナジブ首相に公金横領疑惑 夫人にも疑惑浮上、国外逃亡の可能性も」】
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ただ、上記記事にもあるように野党勢力を束ねてきたアンワル元副首相の政治生命が政権側の政治的策略とも思える方法で断たれた現在、野党勢力に政府・与党を追い込む力があるかどうかは疑問です。
7月8日ブログ「マレーシア 与党は首相の汚職疑惑、野党は共闘崩壊 それぞれに困難に直面」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150708)
【「マレーシアはマレー人のもの」・・・民族対立に火が付く危険も】
しかし、「政府・与党」対「野党勢力」という構図に代って、もっと厄介な動きが生じているようにも見えます。
前出【8月30日 朝日】にある“デモ参加者は華人が中心だ。国民の約6割を占め、政権の支持基盤であるマレー系の参加者は少ない”という部分です。
この点に関しては、“ただ、マレー系のデモ参加者が少なかったかどうかについては意見が割れている。一部では「参加者の中華系とインド系多数説」はマレーシアを民族問題で揺さぶろうとしている勢力の情報操作との指摘もある。”【9月8日 SankeiBiz】とも。
もし“マレーシアを民族問題で揺さぶろうとしている勢力の情報操作”ということであれば、より危険な動きと言えます。
マレーシアはマレー系を中心に華人、インド系、その他の民族からなる複合民族国家です。
民族対立の戦火が世界各地で噴出していることを考えると、マレーシアの民族問題は比較的調和的に推移してきたと言えます、(もちろん、民族間の衝突がなかったということではありませんが)
マハティール元首相時代からの基本政策は、経済的に劣後した立場にあるマレー系を優遇する「ブミプトラ(土地の子)」政策であり、華人・インド系の既得権益層の協力も取り付けて行われてきました。
しかし、近年は華人・インド系住民から、また、自由な経済行動を求めるマレー系の一定階層からも批判が強まっています。
マレーシアは、これまで同様に比較的調和的な民族関係が今後とも維持できるかの岐路にさしかかっているとも言えます。
そういう時期にマレー系と華人で政治対立が深まる、あるいは“マレーシアを民族問題で揺さぶろうとしている勢力の情報操作”が行われるということいなると、今後が懸念されます。
16日には、マレー系市民団体によるナジブ政権支持の大規模デモが行われ、民族間の緊張が高まっています。
****マレーシアで民族デモ、一部暴徒化で負傷者、華人系に緊張****
マレーシアの首都クアラルンプールで16日、人口の68%を占めるマレー系の市民団体が、「マレー人の威厳のための集会」と銘打った大規模デモを行った。
デモ隊の一部は警官隊と衝突して暴動に発展。警察は放水車などを使い鎮圧にあたり、負傷者も出た。
デモを主催するマレーシア武術の団体、全国シラー協会連合会(ペサカ)は「マレーシアはマレー人のもの」などと主張。先月末、巨額の公的資金の流用疑惑を抱えたナジブ首相の退陣を呼び掛けた市民団体「ブルシ(清潔)」によるデモへの対抗措置と位置づけた。警察によると、参加者は夕方時点で3万人。
ブルシは無許可でデモを実施。警察当局はペサカらのデモも許可しない方針だったが、クアラルンプール市が14日、一部の広場に限定して容認。一部市民からは、「政権擁護のデモだけを認める二重基準」との批判の声が上がっている。
マレー人の全国組織で与党第一党、統一マレー国民組織の総裁を務めるナジブ首相はデモを容認する姿勢を示していたが、当日になり「民族対立に発展すれば危険だ」と懸念を示した。
一方で、与党連合の第二党、マレーシア華人協会のリオウ・ティオンライ総裁は、デモに反対を表明。同国で24%と少数派の中国系の華人は、市中心部で店舗や企業を経営する資産家も多く、デモ隊による暴力行為を恐れて、多くが臨時休業などの措置をとった。
マレーシアでは1969年、マレー系と華人系の大規模な民族衝突が発生。最近では、首都の商業施設で、万引をしたマレー系の若者を華人系の店員がとりおさえたのをきっかけに、マレー系の集団が華人を襲う事件が起きている。【9月16日 産経】
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自身の汚職疑惑を打ち消すために民族対立感情を煽る・・・ということであれば、マレーシアにとって不幸なことです。