
(「希望の国」へ ドイツにつながる線路の上をひたすら歩く難民の家族 【9月14日 Newsweek】)
【「ほぼ全てのドイツ人は、かつて難民あるいは移民だった家族を持っている」】
難民・移民を受け入れることは、低所得層との職を巡る競合、社会的・文化的摩擦といった様々なコストを伴います。それは皆が承知・経験していることです。
それでも難民受け入れに比較的寛容な姿勢を示してきたドイツですが、その背景には、悲惨な境遇にある難民らへの同情や人権を重視する欧州の価値観だけでなく、急速な高齢化と出生率の低下により優秀な人材が徐々に減少し始めているドイツの現状から、難民・移民への労働力として期待感という経済的事情もあると言われています。
実際、ドイツはEU最大の難民受け入れ国であるほか、旧西独時代にはトルコ人を労働力として受け入れてきた実績もあります。(それに伴う社会的摩擦も経験している訳ですが)
そうしたこと以外にも、国民の多くが「難民」を身近なもとの捉える「ドイツの歴史、ドイツの記憶」も関係しているとも言われています。
****同情か罪の償いか、ドイツ人が難民を支援する理由****
ドイツの年金生活者フランク・ディトリヒさんはこの4週間、午前8時から午後7時までベルリンの難民登録センターに並ぶ人たちに飲み水を渡している。
「家でテレビの前に座っているよりもずっと有意義な時間の使い方だよ」と、ディトリヒさんはAFPに語る。「登録希望者が多すぎて政府には絶対に対応しきれない。だから手伝わないとね」と、ディトリヒさんはあっさりとした口調で語った。
今年予想されている難民申請者80万人の受け入れ準備が進められているドイツでは、ディトリヒさんのような大勢の市民が、第2次世界大戦後最大規模の難民支援に自発的に参加している。
難民の一時収容施設の隣に自宅兼スタジオを構えるアーティストのアンデレル・カマーマイアーさんは「毎週末、あるいは毎晩、難民のための物資を積んだ車が次々にやってくるのが見える」と語る。
「われわれの歴史、ドイツの記憶と関係していることなのだろう。ほぼ全てのドイツ人は、かつて難民あるいは移民だった家族を持っている」
ノーベル文学賞作家ヘルタ・ミュラー氏は「私も難民だった」と題した独大衆紙ビルトの論説で、ナチス・ドイツの統治下で数十万人規模のドイツ人が国を逃れたことや、その後に大勢のドイツ人が東欧や東ドイツの共産圏を逃れたことを振り返り、「ナチスを逃れて亡命した人々はみんな助かった。…過去に他の国々がドイツ人にしてくれたことを、ドイツもしなければならない」と述べた。
歴史家のアルヌルフ・バーリング氏は「われわれが今行っている善行はなんであれ、過去にわれわれが犯した悪行、とりわけナチス時代のそれとつながりがある」と述べる。同氏によると、反移民の論調が出るたびに、ソーシャルメディアで激しい反論が巻き起こっているという。
■自身や家族の体験が原動力
ドイツのDPA通信の委託で英世論調査会社ユーガブが実施した調査によると、難民支援を手伝った人は、すでにドイツ人の5人に1人に上っている。
カマーマイアーさんによると、難民の一時収容施設に寄付した人の多くは、最近ドイツに移住した人や、家族が移民だった人だという。(後略)【9月12日 AFP】
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【「難民の流れを制限し秩序ある管理を実施する」】
さはさりながら、連日大勢の難民・移民が到着しているドイツ南部バイエルン州ミュンヘンでは、12日の一日だけで1万2200人が到着したとのことで、地元からは限界を訴える声が出ていました。
****移民歓迎のドイツ、流入増でミュンヘンなど爆発寸前****
「黄金郷」への入り口として、連日数千人の移民・難民が到着するドイツ南部バイエルン州ミュンヘンの当局は、流入する人々のあまりの多さに、同市が爆発寸前であると述べている。(中略)
同日の現地時間午前0時から午前10時30分までの間に、当局は3600人の移民を確認した。ミュンヘンのディーター・ライター市長は、「この展開にとても困惑している」、「もうこれ以上、難民にどう対応していいかわからない」と述べた。
ジグマル・ガブリエル副首相は10日に連邦議会で、9月初めの8日間に入国した約3万7000人を含め、ドイツには今年、これまでに45万人の難民が到着していると述べた。
ミュンヘンの駅では今も、到着した人々を歓迎するサインを持つ人々がみられる。
しかし、多くのボランティアたちが歓声を挙げ、食料品や子どものおもちゃを手渡していた数日前と比較すると、その数は格段に少ない。
歓声は、駅に到着した列車から移民らが降りるのとほぼ同時に、登録のための歓迎センターに案内する警察官の日常的作業に取って代わった。(中略)
しかしミュンヘンでは、移民らの数が、受け入れ可能な数の限界に達しようとしている。そうした移民らを収容するために、同市は軍の力を借りて仮設ベッドを設置するなどしている。
同国メディアは、ミュンヘンなど南部の都市が担う重圧を取り除くために、北部に大規模な歓迎センターが建設される可能性があると報じた。しかし、同国政府はその可能性について言及していない。【9月13日 AFP】
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こうした急変による「限界」の訴えもあって、ドイツはオーストリア国境で入国管理を一時的に復活させると言う方針転換を行いました。
****<ドイツ>難民急増で入国管理復活…オーストリア間一時的に****
中東から欧州に難民らが押し寄せている問題で、ドイツ政府は13日、通常は自由に往来できる独オーストリア国境で入国管理を一時的に復活させると発表した。
ドイツ鉄道は13日、14日朝までオーストリアからの列車乗り入れを停止した。
今月、ドイツに南部から入国した難民らが6万3000人に達するなど流入が「速すぎる」(独内相)ため、抑制を図る。同時に、難民受け入れを拒否し、国境管理強化を訴えている東欧諸国と妥協を図る狙いもありそうだ。
ドイツは難民の無制限な受け入れに「急ブレーキ」(独第2公共放送)をかけた形だ。ただ、秋が深まる中、難民をオーストリア側で野宿させることは難しく、ドイツは難民受け入れを続けざるを得ないとみられる。
デメジエール独内相は13日、「難民の流れを制限し秩序ある管理を実施する。治安維持の観点からも必要だ」と国境管理復活の理由を説明した。管理の期間は明示しなかった。
ドイツとオーストリアは1997年から国境管理を廃止しており、異例の措置となる。オーストリア西部ザルツブルクでは難民ら数百人が駅に宿泊した。
独内相は一方で、「負担は連帯に基づき分担されるべきだ」と述べた。欧州連合(EU)の欧州委員会は難民12万人を加盟国に分配する「受け入れ割り当て」の義務化を提案し、独仏は強く支持している。
EU緊急内相会議は14日、提案を協議するが、東欧4カ国が強硬に反対している。
ドイツの方針転換は東欧に妥協を図ったとみられ、ハンガリーやチェコは13日、歓迎の意向を示した。欧州委はドイツの管理復活を緊急避難として容認した。【9月14日 毎日】
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今回措置でドイツは、加盟国圏内の査証(ビザ)なし渡航を認める「シェンゲン協定」への参加を事実上、一時停止することになります。(「シェンゲン協定」では治安上の深刻な懸念などがあれば、国境検査を一時的に復活させることが可能とされています。)
今後オーストリアとドイツの国境を越えられるのは、EU市民と、有効な書類を持つ者だけになります。
【緊急のEU内相・法務相理事会 難航は必至】
難民受け入れを拒んでいる東欧に“妥協”とのことですが、逆に、それらの国へ応分の受入を迫る圧力のようにも見えます。
****ドイツが「国境開放」「難民歓迎」を1週間でやめた理由****
・・・・この発表は、EUが難民問題について話し合うな内相理事会の前日に行われた。
デメジエール(ドイツ内相)は、新しい国境管理は「ヨーロッパへの警告」だと言う。
ドイツは人道的責任を果たしているが、多くの難民受け入れとそれに伴う負担は、ヨーロッパ全体の連帯の下に負わなければならない、というのだ。
英BBCニュースのダミアン・マクギネスは、デメジエールの発表は「抜け目のない」政治判断に基づいているという。
(難民をドイツに受け入れないことで)、自ら責任を果たすようヨーロッパ諸国に圧力をかけられるからだ。
だが、トラブルは避けられない。オーストリアとドイツの国境は大変な混乱に陥るだろう、と英ガーディアン紙は報じた。
数万人もの難民はどんな手段を使ってでもドイツに入ろうとするだろうし、国境の手前は難民キャンプと化すだろう──。(後略)【9月14日 Newsweek】
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いずれにせよ、上記にもあるように、ドイツ国境は当面大きな混乱に見舞われそうです。
行き場を失った難民は、難民に対する冷遇が取り沙汰されているハンガリーなどでも溢れることになります。
****EUは緊急理事会も紛糾必至****
・・・・欧州連合(EU)は14日、ブリュッセルで緊急の内相・法務相理事会を開き、難民申請者16万人を分担して受け入れる割り当て計画を協議するが、中東欧の反対は強く、難航は必至だ。(中略)
欧州委員会は13日、ドイツの国境検査復活を容認する考えを表明。一方で、同国の状況が「難民危機対応で合意すべき緊急性を示した」とし、内相・法務相理事会で難民申請者の割り当てで一致するよう求めた。
理事会では、16万人を割り当てのほか、将来の緊急時に備え、割り当ての制度化などを盛り込んだ欧州委員会の計画を議論。難民認定と対象外の移民らの送還を迅速化する措置なども含まれている。
ただ、受け入れの割り当てには中東欧諸国が強く反発。EUのトゥスク大統領は理事会で合意できなかった場合、EU首脳会議を開く可能性も示している。
欧州委は5月に4万人の受け入れを提案したが、移民らの急増により今月上旬、12万人を上乗せした受け入れ計画を提案した。【9月14日 産経】
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【試される「価値観」 問われる良識】
欧州各国が対応に苦慮し、事態が紛糾する間にも、犠牲者が増え続けます。
オーストラリアではまた、難民を詰め込んだ保冷車が発見されました。40人を超える難民は幸い生きていたそうです。
ギリシャのファルマコニス島沖では難民船が転覆。乳幼児4人、少年少女11人を含む34人が死亡し、うち6人は転覆した船に閉じ込められたとのことです。
トルコからギリシャに渡ってバルカン半島を陸路で北上する「バルカンルート」は、リビアからイタリアに向けて地中海を縦断する「地中海ルート」に比べ海路行程が短く、海難の危険が少ないとされていますが、今月に入って事故が相次いでいます。
****難民危機で試される欧州の価値観****
高くつき、不都合であっても信念を貫くことができるか?
現在の難民危機は欧州に、欧州諸国が自ら掲げた価値観に恥じない行動ができるかどうか考えることを迫っているとするドイツのアンゲラ・メルケル首相は正しい。残念ながら、その答えは恐らく「ノー」だろう。
ほぼ500年にわたり、欧州の国民は世界のその他地域を支配し、植民地化し、各地に居住してきた。
西欧諸国は1945年以降、普遍的な人権に基づき、1951年の国連難民条約などの公式文書に銘記されているポスト帝国主義、ポストファシズムの新たな価値体系に合意した。
だが、欧州の人々が世界でも最も高い部類に入る生活水準を謳歌し続ける一方で、よりどころを失い、絶望した世界の人々は概して距離を置かれてきた。
「第三世界」の飢饉や戦争の痛ましいイメージを目にすると、欧州の人々は慈善団体に寄付をしたり、慈善コンサートに出席したりすることで良心を慰めることができた。
欧州が迫られる決断
ところが今、難民危機は欧州の人々に、恐らくは高くつき、不都合で、大きな社会的変化を加速するようなやり方で、欧州の価値観を守るよう求めている。
ミュンヘン駅に到着するシリア難民を歓迎するために集まった群衆は、欧州がそのコミットメントを完全に尊重することを示している――。そう考えると、心が温まるが、それは同時に危険なほど認識が甘い。
すでに、ドイツ政府さえもが問題となる数について考え直している兆候がある。ドイツは欧州のパートナー諸国を恥じ入らせ、脅すことにより、クオータ制(割当制)を通じて難民の負担を分担させることができるかもしれない。
だが、数字は文字通り、帳尻が合わない。
欧州委員会は、欧州連合(EU)は16万人の難民を受け入れるべきだと提案した。今年7月に欧州委員会が提案した4万人からは大幅な増加となる。
だが、すでに国外で暮らしているシリア難民は400万人いる。ドイツだけで、今年、シリアなどから80万人の難民申請があると見込んでいる。
ここへ来てドイツがシリア人を全員受け入れることを決めたという認識は、EUのさらなる政策変更への期待と相まって、トルコや中東のキャンプで身動きが取れなくなっている何百万人もの難民に、欧州への危険な旅を試みることを促す公算が大きい。
しかもシリア人が唯一の絶望したグループではない。合計すると何十万人ものエリトリア人、アフガニスタン人、イラク人が移動している。
難民の絶望と希望vs欧州有権者の不安と反感
どこかの段階で、難民の絶望と希望が、欧州の有権者の不安や反感と衝突する可能性が高い。EUの東欧加盟国は難民の割当に対する不満を明確にしている。
また、最近の世論調査によると、フランス人の過半数が亡命規則のいかなる緩和にも反対しており、英国人の過半数がEUに義務づけられるクオータの受け入れを拒むデビッド・キャメロン首相率いる政府の決意を支持している。
こうした反応は驚くに当たらない。不法移民と亡命希望者に対する欧州の不安は、オーストラリアと米国でも全く同じように見られる。どちらも、かつて欧州文明の分派だった豊かで白人中心の国だ。(中略)
国際法は、EUに到着したすべての本物の難民に対し、欧州が亡命を認めなければならないことを示唆している。
政治的な現実は、問題となる数字が大きすぎて、そのような政策に対する国内の支持を維持できないことを示唆している。
その時点で、欧州の政治家は恐らくそもそも難民がEUにたどり着くことを阻止しようとすることで、自分たちのコミットメントから抜け出そうとするだろう。
ハンガリーとオーストラリア――現在、幅広い非難の対象となっている国々――が採用した厳しい抑止策は、より普通に見えるようになるかもしれない。
価値観の衝突
もし欧州の政治家がその道を進んだら、当然、「欧州の価値観」を守らなかったと批判されるだろう。だが、現実には、彼らは価値観の衝突に直面している。
メルケル氏は、欧州には正真正銘の難民を受け入れる道義的、法的責任があると述べた。だが、民主主義国で活動する政治家には、自国の有権者の望みを尊重する道義的、法的責任もあるのだ。【9月8日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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国外に暮らすシリア難民だけで400万人、更にエリトリア人、アフガニスタン人、イラク人・・・・現実世界が抱える問題はあまりに大きすぎ、「欧州の価値観」を貫くことは現実的にはできないでしょう。
さりとて、そうした価値観を捨て去って、悲劇的な現実を見て見ぬふりを決めこむ・・・「戦乱も貧困も自分たちで解決すべき問題で、我が国は関係ないこと」とするのは、あまりに恥ずべきで情けないことでもあります。
「価値観」と現実の間で、どのようなバランスをとるのか・・・良識が問われています。