
(中米エルサルバドルの首都サンサルバドルの裁判所で開かれた公判に出席するテオドラ・バスケス被告(2017年12月13日撮影)【12月14日 AFP】 流産した彼女は凶悪殺人の罪で禁錮30年の刑に服しています。)
【中絶全面禁止国は5か国】
出産によって母体が危険にさらされる場合とか、レイプによって妊娠した場合など、妊娠の人工中絶の合法・違法性については、宗教的な社会環境もあって、その条件は世界各国でバラつきがあります。
宗教右派の強いアメリカで、日本では想像しがたいほどの先鋭な政治対立の問題ともなっていることは、よく取り上げられるところです。
世界各国の状況については、「Worldwide Abortion Policies」(Pew Research Center)に詳しい一覧表があります。
上記によれば、たとえ出産することで母体が危険にさらされる場合でも、一切中絶を認めないという国が、南米チリ、中米エルサルバドル、ニカラグア、エクアドル、欧州マルタ、バチカンの6か国とされています。
このうち、チリでは昨年規制が緩和されました。
****チリ議会、妊娠中絶禁止の緩和を可決****
チリ議会は2日、軍事独裁を敷いた故アウグスト・ピノチェト大統領政権末期に導入された厳格な妊娠中絶禁止法を緩和する法案を賛成22、反対13の賛成多数で可決した。
これまで約30年にわたりチリでは、いかなる状況であっても妊娠中絶が禁じられ、違反者には最大5年の禁錮刑が科せられていた。
今回の改正案では、レイプによって妊娠した場合や、母親の命が危険にさらされている場合、胎児に致命的な先天性障害が確認された場合などに限り、中絶を認めている。現在は野党の請求に基づき、憲法裁判所の判断を待っている。
チリは非常に保守的な国だが、1989年に現行法が施行されるまでは50年間にわたり、母体に危険が及ぶ場合と胎児の生存が不可能とみられる場合には合法的に中絶ができた。
チリ初の女性大統領で小児科医でもあるミチェル・バチェレ大統領は、中絶禁止法の緩和を最重要課題として掲げ、2018年3月の任期満了前に施行することを約束して取り組んでいた。【2017年8月3日 AFP】
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中南米はカトリックの影響が強いことで、中絶に厳しい国が多くなっていますが、上記チリのほか、2014年12月には同じく全面禁止だったドミニカ共和国が、強かん、近親相かん、胎児に障がいがある、母体に危険がある場合には、中絶を犯罪と見なさないこととする規制緩和がなされています。
【流産女性が殺人として何十年もの禁錮刑を受けるエルサルバドル】
そうしたなかにあって中米エルサルバドルは、いまだ厳しい全面禁止を維持しています。
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カトリック教徒の多いエルサルバドルでは、人工妊娠中絶は固く禁じられており、違反すると禁錮50年という厳しい罰則がある。
2013年5月29日、母子ともに病に冒され(母が全身性エリテマトーデス、子が無脳症)、子を生んでも、子は出産直後に死亡する可能性が高いと診断された女性が裁判所に中絶、および中絶を行った医師の刑事免責などの特別許可を求めていたが、裁判所はこの要請を不許可とし、中絶は認められないとした。
この件では、エルサルバドルの閣僚も、中絶を許可するよう裁判所に要請していたが、裁判所は中絶厳禁の姿勢を変えなかった。この女性は2013年6月3日に女児を帝王切開で出産、女児は数時間後に死亡した。母体は健康である。【ウィキペディア】
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全面禁止というのも厳しい規定ですが、“違反すると禁錮50年”というのも・・・・。
実際に、エルサルバドルでは、違法中絶、あるいは殺人の罪で多くの女性が投獄されています。
たとえ流産であっても、意図的に中絶を企てたとみなされると、違法中絶はおろか、殺人の罪にも問われることになるようです。
****流産で殺人罪問われた女性、控訴審判決も禁錮30年 エルサルバドル****
中米エルサルバドルで、流産が殺人の罪に当たるとして禁錮30年の有罪判決を受けた女性の控訴審で、首都サンサルバドルの裁判所は13日、この判断を支持した。エルサルバドルは中絶を例外なく禁じる法律があることで知られている。
控訴していたのはテオドラ・バスケス被告(34)。バスケス被告はすでに10年間勾留されているが、判事の一人は「判決は支持されるべきとの結論に達した」と述べた。
米人権団体「性と生殖に関する権利センター」のナンシー・ノーサップ代表は声明で、エルサルバドルの裁判所は「女性の尊厳、自由、権利を否定している」と指摘し、今回の判断を厳しく非難した。
ベスケス被告は妊娠9か月だった2007年7月、勤務先の学校で子どもを死産。その際、救急隊員を呼ぼうとしたが気を失ってしまったという。その後、流産を引き起こそうとしたとして起訴され、翌2008年1月に加重殺人罪で有罪判決を受けた。
1998年に施行された同法は、レイプによる妊娠や、出産が危険をもたらす場合であろうと、国内における全ての中絶を違法としている。【12月14日 AFP】
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上記のような流産のケースでも、刑事告発を恐れる医者が警察に通報し、確たる証拠もないまま“殺人”にされてしまうことが多々あるようです。こうした事態を人権団体は強く批判しています。
また、富裕層は国外での手術など抜け道があるのに対し、貧困層は安全性に問題がある闇医者を利用したて健康被害に苦しんだり、罪に問われたりと、不公平さがつきまといます。
【幸いにも刑期途中で釈放される女性も 一方で、更に厳しい罰則を求める動きも】
そのような女性の一人、カルメン・グアダルーペ・バスケス・アルダナさん(上記記事の女性と同様に“バスケス”という名前ですが、おそらく別人でしょう)の場合は、“幸い”恩赦によって7年で釈放されることになったようです。
****エルサルバドルでは流産で刑務所に入れられる****
先月(2015年2月)、エルサルバドルで1人の若い女性が、7年の獄中生活から解放された。彼女の罪は、流産したことだった。
この女性、カルメン・グアダルーペ・バスケス・アルダナさんは、強かんされて妊娠してしまった。18歳の時のことだ。流産したために病院に連れていかれると、医者に故意に妊娠を止めたと非難された。そして、明確な証拠もなしに、凶悪殺人の罪で30年の刑を言い渡されたのだ。
エルサルバドルは中絶を最も厳しく法律で規制している国だ。この国では、いかなる中絶も犯罪だ。母親の生命や健康が脅かされている場合でも、強かんされて妊娠した場合でも、胎児に生存の見込みがなくても。
この法律に背き、隠れて怪しげな中絶手術に頼れば、命を落としかねない。裕福ならば私立の医療サービスを受ける金銭的余裕があるし、治療を国外に求めることもできる。法の犠牲になるのは、痛みを感じて初めて診療所を訪れる女性だ。刑事告発を恐れる医者に、警察を呼ばれてしまう。
エルサルバドルは極度に保守的で、カトリック教会の影響力が政策決定にまで及んでいる。10年にわたった内戦終結後の1990年代、再建に向かう不安定な状況の中で、教会は狙いを定めてキャンペーンを張り、1998年に中絶を全面禁止に持ち込んだ。
現在教会勢力は、有力なコネを持ち資金が豊富な中絶反対の圧力団体と、連携している。マスコミも躊躇することもなく中絶した女性を犯罪者として糾弾する。中絶禁止を非難する政治家もいることはいるが、大衆の反発に遭っている。
グアダルーペさんのような事例は珍しくない。エルサルバドルのアドボカシ―グループである「中絶の非犯罪化を求める市民連合」によれば、2000年、2011年の2年間に中絶関連で129人の女性が起訴され、そのうち23名が非合法中絶、26名が殺人で有罪となっている。
また、1999年からの3年間に、中絶により実刑判決を受けた女性が、グアダルーペさんを含め17人いる。「Las 17」として知られる彼女たちの大半は、凶悪殺人の罪を着せられている。刑期が一番長い者は、40年の刑を受けた。(中略)
昨年4月、法的救済を求める闘いで万策尽きた弁護士たちは、17人の恩赦を求める要請をエルサルバドル議会に提出した。
そして今年1月、議会は最初の裁判で審理手続きに不備があったとして、グアダルーペさんの恩赦を認めた。
このグッドニュースに力づけられるものの、議会の巻き返しが懸念される。当局は今のところ何ら公式声明を出していないが、アムネスティに対し「これ以上の恩赦を認める予定はない」とそれとなく示した。(後略)【2015年03月13日 アムネスティ】
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2016年5月にも、流産をしたために4年間獄中で過ごした女性の釈放が決定しています。
このマリア・テレサさんの場合も、“トイレで多量の出血で意識がもうろうとしているところを義母に発見され、その後病院に運ばれた。病院の職員は、患者が中絶したと警察に告げ、テレサさんは逮捕された。”【2016年5月20日 アムネスティ】というものです。
カルメン・グアダルーペ・バスケス・アルダナさんやマリア・テレサさんのように刑期途中で釈放されるケースもありますが、一方で、中絶でも禁錮50年と、更に厳しく対処すべしとする動きもあるとか。
****エルサルバドル:野党が中絶厳罰化の法改正を提案****
エルサルバドルの野党ARENAが中絶の罪の刑期を現行の最大8年から50年に引き伸ばす提案を出した。これは、国際人権基準を踏みにじる言語道断の提案である。
野党議員は、数百万の女性の人生を踏みにじろうとしている。命に危険が及ぶ場合でも中絶が認められないこと自体、非常に理不尽であるが、中絶した女性や医者らの処罰を重くするよう求めるのは、あまりに卑劣である。
同国がやるべきことは、中絶の犯罪化などという時代錯誤の法律を廃止することである。
998年の刑法改正で、中絶はいかなる場合も禁止されるようになった。強かんや近親相かんによる妊娠でも、母体が危険な場合の時でも中絶は罪になる。現行の刑期は、2年から8年だ。
この法改正の結果、不当な告発や刑法の誤用が起き、胎児を失った女性は即座に犯罪者と見なされるようになった。経済的に恵まれない女性は特に、この改正法の影響を大きく受けている。【2016年7月15日 アムネスティ】
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上記提案がどのように処理されたのかは知りませんが、こうした政治的動きがあるということは、それを支持する国民世論が一定に存在するということでしょうか。
【麻薬ギャングが跋扈する社会にあって警察・司法が目を向けるべきは・・・・】
中絶に関する宗教的・倫理的問題については言うべき知見も持ち合わせていませんが、中絶に関して女性に厳しい対応をとっているエルサルバドルの現状を見ると、著しくバランスを失しているように思われます。
エルサルバドルは中絶に対して厳しい宗教的・倫理的規制を行う一方で、麻薬組織が社会を牛じる社会で、殺人は日常茶飯事で、これを恐れた人々(特に子供など)が遠くアメリカまで国外に逃避するという国です。(この難民が、トランプ大統領の“壁”騒動の背景でもあります)
****死を見る目──エルサルバドルのギャングたち****
朝の5時に電話で起こされるのは、間違い電話か緊急事態のどちらかだ。この金曜日は、間違い電話ではないほうだった。
電話をかけてきたのは、私の情報提供者の一人。エルサルバドルの悪名高いギャングのメンバー数百人が、国内東部の刑務所2か所から、首都サンサルバドルの西方イサルコにある最高レベルの警備の刑務所に移送されるという情報だった。
この数週間、エルサルバドルでは当局が囚人たちの大規模な移送を行っていた。収監されているギャングのリーダーたちと、塀の外にいる彼らの部下たちとの連絡ルートを断つ戦略の一環だ。リーダーであることが判明した囚人たちは、警備がより厳戒な刑務所へ送られる。
人口600万人のこの国で、今年に入ってから3か月の間に組織犯罪絡みの抗争によって1124人が死亡した。犠牲者は兵士や警官、巻き込まれた民間人、そして対立するギャング同士のメンバーたち。急増したこうした事件を絶つことが、大規模な囚人移送の狙いだった。(中略)
エルサルバドルでは殺人事件が起きない日など1日たりともない。私はこうした「死」をギャングたちの目を通して、また恐怖の中で生きざるを得ない人々の目を通して見ている。そうした恐怖心は人々を麻痺させ、生活のすべてに影響を及ぼす。
公式の統計によると、エルサルバドルでは計6万人前後のギャングが活動している。加えて、1万3000人が刑務所に入っている。
最大勢力である二つの組織、「マラ・サルバトルチャ」と「バリオ18(Barrio 18)」は麻薬密売の覇権をめぐり、血みどろの縄張り争いを繰り広げている。さらに小規模なギャング組織も存在している。
こうした中では、誰がギャングで誰がそうでないか、見分けなどつかない。バス停で毎日顔をあわせている人はギャングのメンバーかもしれない。街で時間を聞いてきた人もそうかもしれない。彼は銃を持っていなかっただろうか?
エルサルバドルで私たちは、明日のことを考えずにその日その日を暮らしている。真隣にいる人物が一体何者なのか、決して分からないからだ。【2015年6月2日 AFP】
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こうした社会では、麻薬ギャングの影響は警察・政治家に及んでいるのが“当然”のことです。
司法にはどうでしょうか?
このように麻薬ギャングが我が物顔に跋扈し、殺人事件が起きない日など1日たりともないような状況で、司法・警察がその目を向けるべき先は、中絶を問われる女性では絶対にないはずです。