(イエメン西部ホデイダの病院で治療を受ける栄養失調の子ども(2017年12月19日撮影)【12月20日 AFP】)
【サレハ前大統領殺害 これを機に政権側・サウジが攻勢を強めることも】
今月初めのカンボジア旅行の最中に、3年近くに及ぶ内戦が続くイエメン情勢では大きな出来事がありました。
イランの支援をうけているとされる反政府勢力フーシ派と連携して、サウジアラビアの空爆支援を受ける政府軍と戦っていたサレハ前大統領がフーシ派との共闘解消を発表、その直後にそのサレハ前大統領がフーシ派によって殺害されるという事態となっています。
****イエメン・サレハ前大統領を殺害 フーシ派が襲撃 共闘解消直後****
内戦下にあるイエメンのイスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」の系列メディアは4日、サレハ前大統領が死亡したと伝えた。
ロイター通信によると、サレハ氏が率いる政党、国民全体会議も死亡を確認した。首都サヌア近郊でサレハ氏が乗った車を同派の戦闘員が襲撃し、射殺したという。
イエメン内戦はイランとサウジアラビアの代理戦争の様相を呈しており、情勢は一段と混乱しそうだ。
サレハ氏は2012年、中東・北アフリカの長期政権が相次いで倒れた「アラブの春」の中で退陣したものの、イランを後ろ盾とするフーシ派が勢力を伸ばした約3年前から同派と共闘し、ハディ暫定大統領側と対立してきた。
しかし、最近はフーシ派との対立が表面化し戦闘が発生。サレハ氏は3日、同派との関係解消を表明し、ハディ政権を支援するサウジが歓迎する意向を示したばかりだった。住民がロイターに語ったところでは、サヌアのサレハ氏宅も4日朝、同派に爆破された。
内戦は泥沼化しており、英BBCテレビ(電子版)によると、サウジが軍事介入した15年以降、8600人以上が死亡している。【12月5日 産経】
********************
反体制派の指導者はテレビ演説で、「裏切りが終わった歴史的な日になった」と。【12月5日 NHK】
また、“イランの最高指導者顧問のベラヤティ元外相も5日、「両国によって仕組まれた陰謀は失敗に終わった」と述べ、暗殺を正当化した。”【12月6日 毎日】とも。
“裏切り”“陰謀”というのは、サレハ前大統領が2日、サウジアラビアとの和平協議の準備があると表明したことを指します。
サウジアラビアとイランの代理戦争と言われながら“こう着状態”にもあったイエメン情勢ですが、これを機に政府軍側が攻勢を強め、戦局がはげしくなることも懸念されています。
****イエメン外相 反体制派分裂で政権側攻勢強める考え****
・・・こうした中、イエメンのミフラフィ外相が10日、NHKのインタビューに応じ、「サレハ前大統領の支持者の多くが殺害されるか、拘束されている。首都はパニックと恐怖で支配されている」と述べ、反体制派が支配してきた首都のサヌアで前大統領派に対する大規模な粛清が続いているとの認識を示しました。
そのうえで、「今回の事件で反体制派に協力する政治勢力はいなくなった。反体制派の孤立は勝利につながる」とし、政権としては反体制側の分裂を好機と捉えて首都サヌアなどを奪還するための軍事作戦を強化する方針を明らかにしました。
政権側が反体制派への攻勢を強めれば首都などで市街戦になるおそれもあり、戦闘に巻き込まれる民間人が増えることへの懸念が広がっています。【12月11日 NHK】
******************
政府軍を支援するサウジアラビア等アラブ諸国連合軍の空爆も激しさを増しています。
****サウジ連合軍のイエメン空爆、10日間で民間人136人死亡 国連****
サウジアラビア率いる連合軍が今月実施したイエメンに対する空爆で、10日間で民間人少なくとも136人が死亡した。国連(UN)が19日、明らかにした。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の高等弁務官は、現地は「地獄」のようだと非難している。
OHCHRによると、12月6~16日に首都サヌアやサーダ、フダイダ、マーリブ、タイズで行われた空爆で民間人少なくとも136人が死亡、87人が負傷した。
OHCHRのルパート・コルビル報道官はスイス・ジュネーブで記者会見を行い「サウジ主導の連合軍による空爆が激化した結果、イエメンにおける民間人の死傷者数が近頃激増していることを深く憂慮している」と述べた。
サウジ主導の連合軍は国際的に承認されたアブドラボ・マンスール・ハディ政権を支援するため、2015年3月からイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」に対する空爆作戦を行ってきた。
連合軍がイエメンの内戦に介入して以来、戦闘で8750人以上が死亡したほか、今年に入り2000人以上がコレラで死亡している。【12月10日 AFP】
*******************
【フーシ派のサウジアラビアへのミサイル攻撃】
一方のフーシ派は、サウジアラビア首都の王宮を狙ったミサイル攻撃を行っており、サウジ側が米国製パトリオットミサイルPAC3でこれを迎撃する展開ともなっています。
****サウジ、首都上空でミサイル迎撃 フーシ派が王宮を標的に****
サウジアラビア国営メディアは19日、イエメンのイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」が発射したミサイルを、首都リヤドの上空で迎撃したと発表した。
また、フーシ派側もミサイル攻撃の標的について、リヤドにあるサルマン国王の公邸、ヤママ宮殿だったと表明した。
フーシ派と戦争状態にあるサウジアラビア主導の連合軍は声明で、「弾道ミサイルがリヤド上空で迎撃された」と発表した。フーシ派によるリヤドに向けたミサイル攻撃はここ2か月で2回目。(中略)
数日前に米政府は、先月フーシ派がリヤドに向けて発射したミサイルを製造したのはイランだと非難していた。
最初の攻撃があった11月4日、フーシ派はリヤドのすぐ北に位置するキング・ハリド国際空港に向けて弾道ミサイルを発射。これを受けて連合軍は、すでに飢饉(ききん)の瀬戸際にあるイエメンへの長期にわたる封鎖を一層強化した。【12月19日 AFP】
********************
米国製パトリオットミサイルPAC3は、日本も北朝鮮ミサイルからの防衛戦略として重視している兵器です。
11月の攻撃では“迎撃に成功した”と報じられていましたが、その後、迎撃は失敗した可能性がある・・・とも指摘されています。
****サウジ、イエメンからのミサイル迎撃に失敗か 米紙****
サウジアラビア当局が先月、イエメンのイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」が首都リヤドに向けて発射した弾道ミサイルを迎撃・破壊したと発表したことについて、米紙ニューヨーク・タイムズは4日、軍事専門家らによる分析結果を公表し、米国製の地対空誘導弾パトリオットによる迎撃にサウジアラビアが失敗していた可能性があると報じた。(後略)【12月5日 AFP】
********************
イランはフーシ派へのミサイル等武器提供を否定していますが、サウジアラビア・アメリカはイランがフーシ派にミサイルを提供しているとしてイランを強く非難しています。
(米首都ワシントンの米軍基地で、イラン製とされる弾道ミサイルの残骸の前に記者会見するニッキー・ヘイリー米国連大使(2017年12月14日撮影)【12月20日 AFP】)
【イランからのミサイル・武器供与を絶つための封鎖によって深刻化する飢餓・コレラ】
この事態が問題なのは、戦局への影響もさることながら、イランの支援を絶つということでサウジアラビア等連合国側が、すでに飢饉の瀬戸際にあるイエメンへの長期にわたる封鎖を一層強化することです。
これまでも再三取り上げてきたように、イエメンでは内戦の被害に加え、飢餓とコレラによって多くの住民の生命が奪われる危機的状況にあります。
サウジアラビアが報道を厳しく規制していることや、難民がイエメンから流出することもできない状況にあることなどで、国際社会で大きく取り上げられることはありませんが、イエメンの人道危機は深刻さを増しています。
****内戦のイエメン 一日に子ども130人が犠牲に****
紛争地域の子どもが直面する厳しい現状について国連は、内戦が続く中東のイエメンで一日に130人の子どもが命を落としているなどとして、子どもたちの保護に向け国際社会のさらなる行動を求めました。
国連の安全保障理事会で紛争地域の子どもの保護を担当する作業部会の議長を務めるスウェーデンのスコーグ国連大使は14日、記者会見を開きました。
スコーグ大使は「イエメンでは内戦に起因する飢えや病気によって毎日130人の子どもが命を落としている。シリアでは安全なはずの学校に爆弾が落とされ、子どもたちは教育と保護を拒否されている」と述べ、弱者である子どもたちが紛争の犠牲になっている現状に強い危機感を示しました。(後略)【12月15日 NHK】
**********************
イランからの武器支援を絶つためのサウジアラビアなど連合国側による海上・空路封鎖によって、住民への食料や医薬品の搬入が行えないことが、こうした飢餓・コレラの危機的状況を悪化させています。
****イエメン、1000日となる「忘れられた戦争」 NGOら行動呼び掛け****
戦闘で8700人以上の犠牲者を出しながら国際社会から「忘れられた」戦争となっているイエメン内戦が、20日で1000日目を迎えた。
数多くの子どもたちが餓死する中、援助団体らはこの国での人道危機が日ごとに深刻さを増していると警告し、内戦終結への働きかけを国際社会に訴えている。
子ども支援の国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン(Save the Children)」は、港湾や空港の封鎖、食糧や医療品の不足、コレラの発生などが複合的な原因となり、年末までにイエメンの子どもたち5万人が亡くなる恐れもあるとしている。
同NGO上級アドバイザー、キャロライン・アニング氏は「苦難の深刻さと、すべて人が引き起こした事態だということを考えると、イエメン情勢はもっと国際社会から注目されてしかるべきだ」と語る。
援助活動に従事する人の多くが期待する最優先項事項は、2015年3月26日以降、イスラム教シーア派反政府武装勢力「フーシ派」を攻撃しているサウジアラビア主導の連合軍がイエメンの封鎖を解除することだ。
仏NGO「ACTED」によると、内戦前のイエメンは食糧輸入への依存が高かったことから、現在では人口の4分の3に当たる約2200万人が援助に頼って生きている状況だという。
また11月以降に封鎖が強化されたことで、ワクチンが極度に不足しており、すでに広まっていた感染症の状況もさらに悪化している。
インターネット上で最近立ち上げられた「Yemen Can't Wait(イエメンは待てない)」という支援運動では、世界の著名人約350人が国連安全保障理事会常連理事国である米英仏の3か国首脳に対し、イエメン内戦の即時停止と和平交渉に尽力するよう要請する公開書簡に署名した。
18日の仏紙ルモンドには、この書簡の内容が掲載された。そこには、内戦によってイエメンは「中東の最貧国から、世界最悪の人道危機になってしまった」と書かれていた。
書簡ではさらに、イランとサウジアラビアの代理戦争と化しているこの内戦で、イランと同じシーア派反政府武装勢力を攻撃しているサウジアラビアが米英仏と巨額の軍事契約を結んでいる点も指摘。
「イエメンの何百万人もの女性、男性、子どもたちは、人命よりも利益と政治を優先する世界の指導者たちから見捨てられたと感じている」とつづられた。
■見えない紛争
イエメン内戦が世界のニュースのトップで報じられることはほとんどない。「Yemen Can't Wait」のキャンペーンは、この内戦に対する関心を高め、欧米諸国の指導者らが行動を起こすよう、圧力をかけることを意図したものだ。
ACTEDのイエメン事務所代表、リニー・スハルリム氏は「イエメンは見えない紛争とされている。世界に忘れられている」と言う。
イエメン内戦が世界の関心を集めていない状況についてセーブ・ザ・チルドレンのアニング氏は、サウジアラビアが報道陣を近づけないことに成功しているのが一因と話す。
また、貧困や地理的条件などによりイエメン人が戦闘から逃れられず、そのため他国に影響を与えるような大きな難民危機が生じていないことも、欧米諸国にこの内戦を無視させているともした。
「急性栄養失調の極めて高い発生率、毎日亡くなっている子どもたちの数、世界最大のコレラの流行などが起きているにもかかわらず、それらはすべてイエメンの国境の内側に閉じ込められている」【12月20日 AFP】
********************
【住民の人命よりも利益と政治を優先する世界の指導者たち】
国連はサウジアラビア等に封鎖を即時解除するように求めており、さすがにアメリカ・トランプ政権も支援物資搬入を認めるようにサウジアラビアに要求しています。
****<イエメン>深刻な食糧危機 国連、サウジに封鎖解除要請****
内戦が続くイエメンが深刻な食糧危機に直面している。政府側を支援するサウジアラビアなどのアラブ諸国連合軍が、海上や空路の封鎖を強化しているためだ。国連人道問題調整事務所は「(国民の約3分の1に当たる)850万人が飢餓の危機にひんしている」と警鐘を鳴らし、封鎖の即時解除を求めている。
「イエメンの飢餓は壊滅的だ」。今月5日、国連安全保障理事会でイエメンの現状報告を受けた後、安保理議長国・日本の別所浩郎国連大使は記者団に惨状を訴えた。
空中給油や情報提供で連合軍を支援するトランプ米政権も6日、「人道援助や燃料油など生活必需品の搬入を認めよ」との声明を発表し、サウジに圧力をかけている。
イエメンでは反政府勢力のイスラム教シーア派系武装組織フーシが首都サヌアを実効支配し、南部アデンを拠点とする政府側と戦闘を続けている。
フーシはイランの支援を受けているとされ、イランと長年対立するサウジやアラブ首長国連邦(UAE)などは2015年3月、サヌアなどへの空爆を開始。イランとサウジの代理戦争の様相を呈している。
フーシ側も弾道ミサイルで反撃しており、11月4日には約1000キロ離れたサウジの首都リヤド近郊の国際空港付近にも撃ち込んだ。フーシは今月、サウジとの和平を模索したイエメンのサレハ前大統領を殺害するなど強硬姿勢を強めている。
イエメンは旧ソ連や北朝鮮から射程約500キロのスカッドミサイルをかつて調達していたが、今年2月以降は飛躍的に飛距離が伸びた。改造したり、新たなミサイルを国外から調達したりした可能性が高く、米国防総省は毎日新聞の取材に「イランが関与している」と回答した。
ミサイルの追加搬入を恐れるサウジは、参戦時から主要港や空港で実施していた封鎖を拡大していった。イエメンは食糧の9割を輸入に頼るだけに影響は大きく、国連によるとこの1カ月で飢餓状態にある国民が150万人増えた。医療品不足も深刻で、人口約2700万人のうち、2000万人以上が食糧・医療など緊急の人道支援を必要としている。
深い井戸から水をくみ上げるポンプに使う燃料油の輸入も止まった。清潔な水を確保できず、衛生状態の悪化から伝染病が流行し、今年4月以降、100万人近くがコレラに罹患(りかん)し、2200人以上が死亡している。NGOなどの援助団体はコレラ流行地域への立ち入りを試みているが、紛争当事者が妨害する場合も多いとされる。【12月15日 毎日】
*********************
フーシ派側のミサイル攻撃も、サウジアラビアに軍事的脅威を与えるだけでなく、サウジ側に封鎖強化を余儀なくさせ、サウジアラビアに対する国際社会の批判を強めたい・・・との思惑・狙いもあるのかも。
実際、今回のフーシ派のミサイル攻撃によって、サウジアラビア等は解除どころか封鎖を更に強めており、住民らの悲劇も更に深刻化すると思われます。
フーシ派にしてもサウジアラビアにしても、またイランやサウジと提携する欧米にしても、飢餓とコレラに苦しむイエメン住民のことはほとんど気にかけていないように見えます。
「イエメンの何百万人もの女性、男性、子どもたちは、人命よりも利益と政治を優先する世界の指導者たちから見捨てられたと感じている」・・・極めて残念な現実です。