孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

サウジアラビア  国民に支持される経済・社会改革 パレスチナを置き去りにするイスラエル接近

2017-12-19 22:44:00 | 中東情勢

(3月14日 トランプ米大統領と昼食を共にするムハンマド・ビン・サルマン副皇太子(当時) バノン氏の姿も【https://www.strategic-culture.org/news/2017/12/14/kushner-and-saudi-crown-prince-wunderkinds-wreak-havoc.html】)

乗用車、運動競技場に続いて、映画館やオートバイ・トラックも
これまでも何度か取り上げてきているように、保守的なことで知られるサウジアラビアにおいて、従来は男性のみに認められていた自動車の運転を来年6月ごろに女性にも解禁、さらに運動競技場への女性の入場も来年から認めるなど、ムハンマド皇太子(32)が主導する経済・社会改革にの一環としての規制緩和が進められています。

****<サウジアラビア>次は映画館解禁へ 経済・社会改革の一環****
イスラム教の厳格な習慣・戒律を重視する体制下、娯楽が制限されているサウジアラビアで、来年3月にも映画館の運営が解禁される見通しとなった。

ロイター通信などが11日報じた。サルマン国王(81)の実子で「次期国王」と目されるムハンマド皇太子(32)が主導する経済・社会改革の一環で、設置されれば約35年ぶりという。
 
サウジ文化情報省は「映画解禁は経済成長を促す」と強調した。上映内容については、イスラム的価値観からの逸脱の有無を事前検閲される見通し。
 
サウジでは男女が同じ空間で長く過ごすことを保守的な宗教界が問題視したことから上映が禁じられた。娯楽を求める国民は頻繁にアラブ首長国連邦(UAE)など近隣国に出かけ、巨額の消費が国外に落ちているのが実情だ。
 
サウジは人口3200万人のうち約6割が30歳未満という「若い国」で、潜在的な娯楽市場は大きい。(後略)【12月12日 毎日】
********************

****サウジ、女性のトラックとオートバイ運転も解禁へ****
サウジアラビア当局は15日、女性によるトラックやオートバイの運転を解禁することを明らかにした。同国は9月に女性による乗用車の運転を解禁すると発表していた。
 
サルマン国王は9月、保守的な同国における改革推進の一環として、来年6月から女性の運転を解禁する内容の国王令を公布した。
 
サウジ交通総局は15日夜、国営サウジ通信(SPA)を通じて新規定の詳細を公表した際、「女性にオートバイ(およびトラック)を運転する権限を認める」と言明した。
 
同総局はまた、国王令は同国の運転に関する法律を男女「平等」することを定めていると説明。女性が運転する車専用のナンバープレートを設けることはないと明らかにした。

ただし、女性が運転中に事故に巻き込まれたり交通違反を犯したりした場合は、女性が設置・運営する専門の施設が対処するという。
 
サウジアラビアは女性による自動車の運転や整備を禁止している世界唯一の国で、この規制は国際社会から抑圧の象徴とみられていた。【12月17日 AFP】
********************

こうした改革・規制緩和は、国内・宗教保守派の見方は別にして、一般的価値観からすれば歓迎されるべきものでしょう。

皇太子による腐敗の一掃と社会の自由化を支持する国民
一方で、ムハンマド皇太子は、汚職捜査を名目に王族や閣僚経験者ら約200人を拘束して超高級ホテル「リッツ・カールトン」に閉じ込めるという、“大規模粛清”を断行しています。

“汚職捜査を名目”とは言いつつも、中国・習近平政権の粛清同様に、政敵排除が主たる目的とも見られており、また、釈放の条件として巨額の資産を没収することによる資金集めの効果もあるとも言われています。

ただ、これまでほとんどアンタッチャブルだった王族等に追及が及んだことは、サウジラビア国民からは概ね歓迎されているとも。

****サウジ皇太子の改革を称賛する国民の本音****
<懸念を募らせる国外の有識者たちとは裏腹に、国内では皇太子の改革を称賛する声が圧倒的に多い>
(中略)

邪魔者の放置を許すな
しかし私が旅先で会ったサウジアラビア人たちは、海外の有識者たちよりもずっと自国の未来を楽観していた。ムハンマドが自分への権力集中を急いでいること(これ見よがしな汚職摘発はその一環だ)についても、庶民の圧倒的多数は肯定的な反応を示した。(中略)

32歳のムハンマドは超保守的な社会の自由化も進めているが、この点についてもサウドは、自分は「イスラム教徒もそうでない人も」、誰もが好きなように生きられる国に暮らしたいと語った。(中略)

私の会った人は例外なく、この国の若者たちはもう、やたらと制約の多い社会制度に愛想を尽かしていると指摘した。よその国の人々の暮らしを見て、自分たちも同じように暮らしたいと考えているのだと。だからこそ人々は、ムハンマドが宗教警察(勧善懲悪委員会)の逮捕権限を剝奪したことを歓迎し、称賛したのだ。

王族らの腐敗への怒り
(中略)ミレニアル世代だけではない。エリート層でありながら、国の奨学金で大学を出て専門職に就いているある中年男性も、11月の一連の逮捕劇を「これまでに起きたことでは最高の出来事」と断言した。(中略)

国の資源が王族や政府高官のポケットに消えていくという現実に、みんなうんざりしている。(中略)

しかしサウジアラビアの庶民は、こうした腐敗に激しい怒りを抱くあまり、ムハンマドもまた腐敗の元凶であるシステムから生まれた存在であることを見落としがちだ。今回の旅で「ムハンマドを信用し過ぎていないか」という質問をためらったことが悔やまれる。(中略)

汚職摘発の真の意図
(中略)私が現地で出会ったサウジ国民はバカではない。これが王族の権力闘争であることくらい承知している。しかし宗教警察の弱体化など、これまでの改革を見た上で、ムハンマドを支持し、信じている。

ある教師は私に、ムハンマドには良心があると言った。だから腐敗に手を染めることなどあり得ない、と。

もちろん、最終的に結果を出せなければ面倒なことになる。しかし今のところ、少なくとも私の出会った限りでは、現地の人々が最も望んでいるのは腐敗の一掃と社会の自由化だ。そして、ムハンマドならそれを実現できると信じている。たとえ、その代償が彼の独裁の確立であるとしても。【12月6日 Newsweek】
*******************

国民の多くが支持するムハンマド皇太子の一連の改革ですが、上記記事にもある“ムハンマドもまた腐敗の元凶であるシステムから生まれた存在である”こと、それも桁違いの贅沢にふけっていることが、明らかにされています。

****汚職摘発に熱心だったサウジ皇太子、ケタ違いの贅沢が明らかに****
12/19 16:56
<7月に王位継承者となって以来、身内の王族も容赦しない汚職摘発でクリーンさをアピールしてきたムハンマド皇太子の天文学的買い物リストが明らかになった>

サウジアラビアの皇太子で経済改革のリーダーを自任するムハンマド・ビン・サルマンが、世界で最も高額な邸宅を3億ドルで購入していたことが明らかになった。

邸宅はパリ郊外のルーヴシエンヌにあり、「ルイ14世の城」と呼ばれている。2015年に売却されたときは、誰が買ったのかわからずじまいだった。それがムハンマド皇太子だったことを、ニューヨーク・タイムズ紙が報じた。

記事はまた11月、レオナルド・ダ・ヴィンチの「サルバトール・ムンディ(救世主)」を美術作品としては過去最高の4億5000万ドルで落札したのも、ロシアのウォッカ会社の投資家から5億ドルのヨットを購入したのも、ムハンマドだった、と報じている。(中略)

米中央情報局(CIA)元高官で、現在はテロ対策専門家のブルース・リーデルはニューヨーク・タイムズ紙に対し、「皇太子は、自分はほかの人間とは異なる改革派で、腐敗した人間ではない、というイメージでかなりの成功を収めてきた」と言う。「それだけに今回の件は、深刻なダメージになるだろう」。(中略)

ムハンマド自身も、同じ穴の狢だったようだ。【12月19日 Newsweek】
****************

もっとも、“サウジ国民はバカではない。これが王族の権力闘争であることくらい承知している”とのことですから、直ちに皇太子が信頼を失うということでもないのでしょう。

桁違いの贅沢ぶりはイメージダウンにはなるのかもしれませんが、皇太子が破格の資産家であること(その資金のでどころはともかく)は、国民にとっては常識なのではないでしょうか。

中東を不安定化させる皇太子の性急・強引な外交政策
ムハンマド皇太子について言えば、問題はその贅沢ぶりよりは、イラン敵視政策を進めイエメンに介入し、カタールを締め付け、レバノン首相を呼びつけて辞任を迫るという性急・強引な外交政策にあるように思えます。

その結果、イエメンでは泥沼にはまり、カタールをイラン側に押しやることにもなり、レバノン政治、ひいては中東全域の不安定化招いています。

****中東に不要な争いを起こすサウジ・ムハンマド皇太子****
11月13日付の英フィナンシャル・タイムズ紙は、「シーア派のイランとサウジアラビアの爆発しそうなライバル関係」と題した社説を掲載し、サウジのムハンマド皇太子のやり過ぎを批判しています。社説の論旨は次の通りです。
 
中東にとって最も不必要なのはさらなる花火である。サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)が、レバノンを宗派間抗争の新しい場にしていることはそれである。
 
イランの勢力拡大と、そのためのレバノンのヒズボラなど代理人の使用は、地域を不安定化させている。しかし、その問題の解決は、サウジがイランと同じように行動して出来るものではない。
 
サウジは、すでにイエメンでホーシー派との戦争で苦労している。シリアでの反乱勢力へのサウジの支援も効果的とは言えない。これに対しイランの革命防衛隊が訓練したシーア派民兵がシリアでもイラクでもIS退去後の領土をとり、強くなっている。

MBSのカタール制裁政策も成果を上げていない。
 
この宗派対立に、キリスト教やイスラム各派のモザイクであるレバノンを引き込むのは爆発につながりうる。先週、リヤドで、ハリリ・レバノン首相が、首相辞任を発表した。

サウジの求めによると見られているが、やり過ぎの感がある。イランとサウジの代理者がレバノンで危うい均衡を保っており、それでシリア内戦がレバノンに波及しなかった。ヒズボラが強くなりすぎたのはその通りであるが、それが排除されうると考えるのは不遜であろう。(中略)
 
不幸にしてトランプはサウジがもっと自己主張することを奨励している。トランプはサウジと歩調を合わせ、イランには強硬に出ている。
 
サウジもイランも地域で保護すべき利益を持つ。対話を通じてその利益を相互承認することが平和のための緊張の解消に役立つ。中東ではあまりに多くの戦争がある。新しい紛争は防止されるべきである。(後略)【12月18日 WEDGE】
*****************

対イランからイスラエルと接近 パレスチナ問題ではイスラエル“言い値”の提案も
イラン敵視を進めるムハンマド皇太子は、“対イラン軍事同盟”とも言える、イスラム教スンニ派諸国の軍事連合を主導する姿勢を示す一方で、“敵の敵”イスラエルとも接近しています。

****サウジとイスラエルが急接近****
(中略)一方、スンニ派の盟主サウジの状況だ、シリア、レバノン、イエメンの3紛争地の背後にはイランのプレゼンスがあることは明確だ。サウジではイランの脅威が囁かれている。

イランが中東の覇権を奪い、レバノンからイラン、ペルシャ湾から紅海までその勢力圏に入れるのではないか、といった不安がある。

サウジのムハンマド皇太子(32)は反イラン政策を強化している。米紙ニューヨーク・タイムズとのインタビューの中でイランへの融和政策の危険性を警告し、イランの精神的指導者ハメネイ師を「中東の新しいヒトラー」と呼んでいるほどだ。(中略)

イランの外交、軍事攻勢に対し、サウジはトランプ米政権と結束して対抗する路線を取ってきているが、ここにきてアラブの宿敵イスラエルに急接近してきた。サウジはイランの侵攻に対抗するため軍事的、経済的大国のイスラエルとの関係正常化に乗り出してきたものと受け取られている。

宿敵関係だった両国が急接近してきた背景には、両国が“共通の敵”を持っていることがある。イランだ。イスラエル軍のガディ・エイゼンコット参謀総長はサウジの通信社 Elaph とのインタビューに応じ、「イスラエルはサウジと機密情報を交換する用意がある。両国は多くの共通利益がある」と述べている。(中略)

米トランプ政権はパレスチナ問題の解決を考えている。その和平案は2002年のアラブ連盟が提案した内容と酷似、アラブ諸国はイスラエルを国家承認し、国交関係を樹立。イスラエルは東エルサレムを首都としたパレスチナ国家を承認し、1967年以降占領した地域から撤退し、難民パレスチナ人の帰還問題にも対応するという内容だ。

イスラエル側はトランプ大統領の和平案に強い警戒心を持っている。そこでネタニヤフ首相はサウジの反イラン対策を支援する代わりに、パレスチナ和平案でサウジ側がイスラエルの要望を受け入れることを期待しているというわけだ。(後略)【11月26日 長谷川 良氏 アゴラ】
*******************

アメリカの政権としても姿勢・方針とトランプ大統領個人の考えは必ずしも一致しないことがありますが、エルサレムについてもイスラエルの首都として認めるトランプ大統領の発言で国際的に大きな波紋が広がったことは周知のところです。

この“アラブの大義”を否定するトランプ・エルサレム発言について、激高しやすいトルコ・エルドアン大統領などはイスラエルが併合した東エルサレムに将来在パレスチナ大使館を開設する意向を明らかして、トランプ大統領との対決姿勢を示していますが、アメリカ・イスラエルとの関係を重視するサウジアラビアは「世界中のイスラム教徒の感情をあおり立てることになる」(サルマン国王)とトランプ大統領を諫めつつも、イスラム教の2聖地を抱える盟主としては対応も遅く、抑制的です。

****エルサレム首都認定」への反応でわかったアラブ諸国の本当の敵****
12月6日、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、各国からの批判を一身に集めているトランプ米大統領。アラブ諸国からも非難の声が挙がっていると報じられていますが、「マスコミ報道とは異なり、親米アラブ諸国の政権との関係は損なっていない」とするのは静岡県立大学グローバル地域センター特任助教の西恭之さん。

西さんは軍事アナリストの小川和久さんが主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で、その理由を記すとともに、アラブ諸国に「中東紛争=パレスチナ問題」という認識は存在しないと結んでいます。

親米アラブ諸国の多くはトランプに反発していない
通り一遍のマスコミ報道とは異なり、トランプ米大統領が12月6日、エルサレムをイスラエルの首都として承認したことは、エルサレムの聖地の管理権をもつヨルダンを例外として、親米アラブ諸国の政権との関係を損なっていない。

サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、トランプ政権そしてイスラエルは、イランを中東最大の脅威と認識し、ガザ地区のハマス(イスラム抵抗運動)を含むムスリム同胞団を警戒ないし敵視している点で一致しているからだ。

サウジアラビアは、エルサレムに関するトランプ大統領の動きがまだ報道されていなかった11月21日の時点で、「リヤドはエルサレムよりも大事」という宣伝を、ツイッターのハッシュタグなどソーシャルメディアで行っていた。

この日、アラブ連盟外相会議は、レバノンのシーア派武装勢力ヒズボラをテロ組織に指定し、ハマスはその決議に従うことを拒否した。また、サウジアラビアがカタールにハマスとの関係断絶を要請したことも、ハマスは批判した。

この宣伝によると、サウジ人はエルサレムとパレスチナ人の権利を守ることでは誰にも引けを取らないが、サウジアラビアの努力をパレスチナ当局が無視し、いくつかの「北方アラブ諸国」がイランと共にサウジアラビアに対する陰謀を企てていることに、警告しているのだという。

また、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は11月にパレスチナ自治政府のマフムード・アッバース大統領をリヤドへ招き、イスラエルに有利な中東和平案を示したと、12月3日以後、ニューヨークタイムズなどが報道している。

この和平案は、パレスチナ国の領土をヨルダン川西岸地区の複数の飛地とガザ地区に限ったうえで主権を制限し、西岸地区のイスラエル人入植地のほとんどはイスラエルが併合し、東エルサレムはパレスチナ国の首都として与えられず、パレスチナ難民とその子孫にはイスラエル国内への帰還権を認めないという、イスラエルの言い値に近いものだ。米国の歴代政権も、これほどイスラエル寄りの提案をしたことはない。

パレスチナ国が西岸地区の一部を失うことへの補償として、サルマン皇太子は、ガザ地区に隣接するエジプト領土(シナイ半島北部の岩石砂漠)を提案した。

実は、ガザ地区をシナイ半島へ拡大し、パレスチナ国の主な領域とすることは、イスラエル右派が、西岸地区の入植地と東エルサレムの併合を、アラブ諸国に容認させるための手段として、1990年代末から主張してきた。トランプ大統領の娘婿のクシュナー上級顧問の社会環境では、このような構想が当然視されている。

その一方で、クシュナー氏は同年代のムハンマド皇太子と親しく、10月下旬にも米政府のジェイソン・グリーンブラット中東特使(元トランプ・オーガナイゼーション弁護士)とともにサウジアラビアを訪れ、ムハンマド皇太子と会談している。

その機会にサウジ側が警告していれば、トランプ大統領が東西エルサレムの区別もしないで、イスラエルの首都として承認したとは考えにくい。

これは、少なくないアラブ諸国にとって中東紛争とはまず自国とイランやムスリム同胞団との争いであることを如実に物語っている。日本から眺めているように、中東紛争=パレスチナ問題という認識は、そこには存在しないのだ。(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)【12月19日 MAG2 NEWS】
********************

パレスチナに寄り添う“アラブの大義”が“建前”にすぎないことは昔から指摘されてきたところですが、イスラエルの言い値に近い提案を“アラブの盟主”を自任するサウジアラビアが行っているというのは、やはり驚きでもあります。

トランプ発言も、アメリカ国内受けがいいということだけでなく、アラブ世界、特にサウジアラビアのこうした“現状容認姿勢”を踏まえてなされたものでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする