(インド・ビハール州に住む「ムサハール」の人々(2017年8月18日撮影)【1月6日 AFP】)
【ヒンズー至上主義者のダリットへの暴力も】
インドのカースト制最下層というか、カースト制枠外に置かれた被差別民“ダリット”(不可触民)については、2017年7月18日ブログ“インド 被差別民ダリット出身の新大統領選出でも続く、よそ者には理解しがたい差別社会”
など、これまでも何回か取り上げてきました。
比較的最近のダリット関連のニュースには、以下のようなものも。
****弁護士目指す最下層出身の女子学生をレイプし殺害、被告に有罪判決 印****
インド南部ケララ州の地方裁判所は12日、同国の身分制度カーストの最下層「ダリット(Dalit)」出身で、弁護士を目指していた女子学生をレイプし、刃物で殺害した罪で起訴された被告の男に対し、有罪判決を言い渡した。この事件はその残虐性から、インド国内で激しい怒りの声が上がっていた。(中略)
インドでは女性に対する性犯罪が記録的な件数に上っており、政府の資料によると2016年には3万9000件近くのレイプ事件が報告されている。【12月12日 AFP】
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インド社会の抱える大きな問題であるダリット差別と性犯罪が融合した事件のようです。
また、モディ首相のもとでヒンズー至上主義が強まっている最近の風潮は、上位カーストによるダリットへの攻撃・排斥という社会現象も生み出しているようです。
****印カースト最下層出身者ら、ヒンズー至上主義に抗議デモ****
インドの身分制度カーストの最下層「ダリット(Dalit)」の出身者らが3日、ムンバイでヒンズー至上主義者らの暴力に対する抗議デモを行い、道路や線路を封鎖するなどした。(中略)
デモは、西部マハラシュトラ州プネで1日に行われた「コーレーガーオンの戦い」200周年の記念式典における暴動で1人が死亡したことを受けて行われた。
コーレーガーオンの戦いは1818年にダリット出身者らが英国軍を支援してカースト指導者層を破った戦闘である。
ダリットの指導者らは、ムンバイがあるマハラシュトラ州各地に広がった暴動をヒンズー至上主義者らが扇動したと非難。一方、州政府は暴動に関して司法調査を行うよう命令を出している。【1月4日 AFP】
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【ダリットなど被差別者への優遇制度が、一部では「カーストの固定化」を生む現実も】
部外者には理解しづらいインド・カースト制やダリットについては、多くの研究や啓蒙書などがあるとは思いますが、私を含めてそうしたものに接する機会は現実にはあまりないので、最近目にした比較的わかりやすい記事(橘玲氏)を一つだけ紹介します。
****インドのカースト制度は「人種差別」。カースト廃止を望まない被差別層もいる現実****
インド社会を体験したときに日本人がもっとも戸惑うのはカーストの存在だ。(中略)カースト制をどのように理解したらいいのだろうか。ここではそれを考えてみたい。
カーストによる職業分業は共同体を安定させるための知恵
インド旅行で驚くのは、レストランに女性の従業員がいないことだ。(中略)インド(ヒンドゥー教)では女性の顔をヴェールで覆うような習慣はないが、ウェイトレスはもちろん女性が厨房で料理をつくることもない。
高級ホテルのレストランでは美しく着飾った女性が受付にいるものの、彼女たちの仕事は客をテーブルに案内することで、料理を運んだりはしない。(中略)
これはヒンドゥーの“浄”と“不浄”の文化からきている。最高位のカーストであるブラフミン(バラモン)はもっとも浄性が高いが、それは不浄のものに触れると穢れてしまう。
浄と不浄は厳密に決められており、もっとも不浄なのは体外に排泄されるものだ。ここから月経中の女性は不浄であるとされ、その女性が触れた水や食べ物も不浄で、それを飲食することで浄性が穢れるという観念が生まれた。
さらに、女性が月経かどうかは外見から判別できないため、見知らぬ女性が触れた飲食物はすべて忌避されることになった。これが、インドのレストランに女性従業員がいない理由だ。
「女性の穢れ」という文化はインドに特有のものではなく、日本でも神社仏閣には女人禁制のところがあるし、大相撲の「神聖な」土俵に女性知事が上がることをめぐって紛糾したこともあった。「伝統」という美名でごまかされているものの、その理由は女性が「不浄」だからだ。
しかしだからといって、日本では、カフェやレストランでウェイトレスが持ってきた飲み物や料理を「穢れている」と感じるひとはいないだろう。
インドの特徴は、この「穢れ」の感覚が社会のすみずみまで徹底されており、街の飲食店はもちろん外国人客の多いレストランやカフェ、さらにはホテルのバーですら女性従業員が排除されてしまったことにある。
インドのレストランのもうひとつの特徴は男性従業員がやたらと多いことだ。
これにも理由があって、カーストの低い者が触れた飲食物は穢れており、浄性が落ちるとされている。そのため本来は、料理をつくるのも運んでくるのも高位カーストでなければならないことになる。
とはいえ、さすがにこれは現実的ではないから、都市部の飲食店では厨房の料理人のカーストまでは気にしないだろう。
だがウェイターの場合は、誰が高位のカーストで誰が低位のカーストかが一目瞭然になる。ゴミや食べ残しに触れるのは低位のカーストだけなので、同じウェイターが客に食べ物を運ぶことは許されないのだ。
こうしてインドのレストランはどこも、飲食物をサーブする係と汚れた皿を片づける係が必要になる(ゴミを拾ったり掃除をする係が別にいることも多い)。日本のレストランで1人でやる仕事を2人や3人に分けるのだから、必然的に、店は男の従業員で溢れることになるのだ。
このことからわかるように、カーストには分業によってできるだけ多くの男に仕事を分け与える機能がある。
女性は家庭で男に従属して生きることを強いられるが、これは労働市場から女性を締め出すわけだから、男性のあいだの競争率は下がるだろう。
身分差別と性差別は、人口圧力がきわめて高い社会で共同体を安定させるための「工夫」でもあったのだ。
インドでは3500年も前に生まれた身分差別が連綿と現在まで受け継がれている
カースト制度は3500年前までさかのぼるといわれている。
この頃インド大陸では、インダス川流域(現在のパキスタン)に高度な農耕文明が発達していた(インダス文明)。その北西の中央アジアには「アーリヤ」と称する遊牧民がおり、紀元前1500年頃、その一部が南下を開始してインダス川流域(パンジャーブ)に移り住んだ。これが「インド・アーリヤ人」だ。
その後、紀元前1000年頃に中央アジアから南のイラン方面に大規模な移動が始まった。彼らは「イラーン」と自称したが、これは「アーリヤ」と語源を同じくする。
インド・アーリヤ人とイラン人は、人種的には同じアーリヤなのだ。古代ペルシアの宗教ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の神々と、ヒンドゥー教のヴェーダ聖典の神々に共通するものが多いのはこれが理由だ。(中略)
アーリヤ人は先住民のダーサを「黒い肌の者」と呼び、自分たちの「白い肌」と比べた。さらにダーサは、「牡牛の唇を持つ者」「鼻のない(低い)者」「意味不明の敵意ある言葉をしゃべる者」とも呼ばれている。
こうした先住民の多くは、現在、南インドに多く住むドラヴィダ系のひとたちだと考えられている(山崎元一『古代インドの文明と社会』)。
カースト制度というと「ブラフミン(司祭階級)」「クシャトリア(軍人階級)」「ヴァイシャ(商人階級)」「シュードラ(奴隷)」を思い浮かべるが、この身分の区別は「ヴァルナ」と呼ばれている(このうちブラフミンからヴァイシャまでが高位カースト)。
ヴァルナの原義は「色」だ。ここから、カースト制の起源は(白い肌の)アーリヤ人による(黒い肌の)先住民の征服にあると考えられている。この4つのカーストの下に、「アンタッチャンブルズ」と呼ばれる不可触民がいる。
(中略)今日の日本で、「弥生系」と「縄文系」のあいだに身分差別があるなどということはなく、そもそも自分が弥生系なのか縄文系なのか誰も気にしない。弥生人と縄文人という異なる「人種」は、完全に融合してしまったのだ。(中略)
ところがインドでは、3500年も前に生まれた身分差別が連綿と現在まで受け継がれている。この気の遠くなるようなタイムスパンが、カースト制のいちばんの特徴だ。
カースト制の本質は「人種差別」
「カースト」の語源はポルトガル語で「血統」を意味する「カスト」で、その後のイギリス統治時代に、インド社会に固有(とみなされた)の複雑な身分・職業区分が「カースト制」として整理された。
こうした経緯から「(現在の)カースト制は植民地時代にイギリスがつくった」との主張もあり(これについては次回述べる)、その立場からはカースト制を安易に古代インドにまでさかのぼって説明するのは「偽歴史」と批判されるかもしれない。
しかしそれにもかかわらず、古代インドの身分差別(ヴァルナ)は現在のインドを理解する鍵となっている。なぜならこれが、「不可触民(アンタッチャブルズ」と呼ばれる差別されているひとたちが、自らの来歴を語る物語だからだ。
彼らの物語によれば、アーリヤ人という「人種」が先住民という「人種」を支配し、奴隷化したことで身分差別が生まれた。
これは時代が異なるものの、アメリカ南部において白人農場主がアフリカの黒人を奴隷として使っていたのと同じだ。
すなわちカースト制の本質は「人種差別」であり、反カーストの運動はインド社会に固有の問題ではなく、人種差別に反対する世界的な運動とつながっているのだ。(中略)
現代インドは3500年前と同じく、アーリヤ人種(白人)が先住民であるダリット(黒人)を差別し、抑圧し、奴隷化している「人種差別国家」なのだ。
「カースト制はバラモンたちが作ったものであり、それを先住民に強制したのです」と、(不可触民の政治団体)バムセフ委員長はいう。
「彼ら(バラモン)は被征服者であるダリットを3000ものジャーティ(職業区分)に分断し、そのジャーティーの中で互いに憎み合わせ、闘わせてきました。そして一切の知的能力、知識を奪い取り、物事を正しく見、判断する力を根こそぎにしました。(中略)
不可触民の政治団体の委員長がここまで激しく高位カーストを批判するのは、ナレンドラ・モディ現首相が率いる政権与党BJPが、ヒンドゥトヴァ(ヒンドゥー・ナショナリズム)による民族融和を進めるために、「アーリヤ種族はもともとインドにいた先住民だ」と主張しているからだという。
アメリカの人種問題にたとえるなら、これは白人が「人類の故郷はアフリカなのだから、自分たちもアフリカ起源だ」というようなもので、これまで差別されてきたダリットからすれば許しがたい主張なのだ。
被差別層が必ずしもカーストの撤廃を求めているわけではない
カースト問題が難しいのは、被差別層(ダリット)が必ずしもカーストの撤廃を求めているわけではないことだ。
そもそもインド憲法は、17条で「不可触民制は廃止され、いかなる形式におけるその慣行も禁止される。不可触民制より生ずる無資格を強制することは処罰される犯罪である」としてカーストによる差別を禁じているものの、カースト制度そのものの撤廃を宣言したわけではない。
なぜこのような条文になったかを説明しようとすると、インド独立をめぐるさまざまな利害対立が顕在化した1930年代の複雑な交渉過程から説き起こさなければならないが、要約すると次のような経緯だ。
ムスリム勢力が「自分たちはマイノリティ(少数民族)ではなく一民族である」として独立を強行したことで、ガーンディーは残されたインドを「ヒンドゥーの国」として統一するほかなくなった。
当時、ヒンドゥーの進歩派(改革派)のあいだでは、「ヴァルナは差別的なヒエラリキー(階層構造)ではなく、たんなる分業形態に過ぎず、本来、不可触民を含めすべてのカーストは平等である」という思想が唱えられていた。
いわば、カーストから差別性を取り除き近代的な平等に適合させようとしたのだが、ガーンディーがかなり無理のあるこの「進歩主義」に与したのは、ヒンドゥーを全否定することで社会が混乱し、イギリスに介入の口実を与えインド独立が頓挫することを恐れたからだった。
「カースト制は差別ではない」という“きれいごと”に対して真っ向から反論したのは、不可触民出身の政治家で、インド憲法の起草者でもあったアンベードカルで、「差別され、排除されてきた不可触民がヒンドゥーの一部であるわけがなく、(ムスリムと同じ)独立した民族として分離選挙(自治)を認められるのが当然だ」と主張した。
しかしガーンディーは、アンベードカルのこの分離主義をぜったいに認めることができなかった。イギリス植民地政府がイスラーム勢力の要求をいれて分離選挙を認めたことがパキスタン建国につながったからで、4000万~5000万人といわれる不可触民に分離選挙が認められれば、独立インドが内部から解体してしまうおそれがあった。
1932年、イギリス首相マクドナルドが、カースト差別撤廃運動の高まりを受けて不可触民への分離選挙を認めると(コミュナル裁定)、ガーンディーが断食によって抗議したのはこれが理由だ。
この「生命を賭した抗議」によってアンベードカルは妥協を余儀なくされたが、ガーンディー側も「カースト差別はヒンドゥー教徒のこころの問題」というきれいごとで済ますことはできなくなった。
こうしてインド憲法に、カースト間の差別を禁止するとともに、カースト制度によって差別されてきたひとびと(指定カーストおよび指定部族)に対する特別規定が設けられ、衆議院および州立法議員の議席が「留保(リザーブ)」されることになった。
分離選挙を撤回する代償として、被差別層に対する政治的権利の優遇を憲法で定めたのだ。この「リザーブ制度」が、インド版のアファーマティブアクション(少数民族優遇措置)になる。
このようにして独立後のインドでは、特別な教育的・福祉的支援によって不可触民の地位を引き上げると同時に、大学や行政機関において「特別枠」を用意することで、彼らをヒンドゥーに「包摂」することが国是となった。
リザーブ制度によって、不可触民のなかから高等教育を受け、行政機関で高位の職に就いたり、経済的・社会的に成功する者が現われ、バムセフのようなダリット(不可触民)のための政治団体も誕生するようになる。
リザーブ制度は不可触民の権利拡大運動の成果であり、差別の解消に寄与したものの、その反面、ダリットの政治活動は深刻な矛盾にさらされることになった。
彼らが求めるのはカーストの撤廃だが、そうなると「指定カースト」への優遇措置もなくなってしまうのだ。こうしてダリットのあいだに、自らのアイデンティティは「被差別」にあるとして、これまでの既得権を守りつつより大きな政治的権利を求める動きが主流になっていく。これが、「カーストの固定化」と呼ばれる現象だ。
不可触民たちの政治活動は、差別撤廃を求めつつ差別に依存するようになった。現代のインドでは、カーストが解消されるどころか、低位カーストが政治団体化し国政や州議会で政治家に圧力を加えることで、それぞれのカーストの政治的利益を競っているのだ。
マイノリティ(差別される少数者)への優遇措置は彼らの地位向上に資すると同時に、深刻な社会の対立を引き起こす。同様の政治現象は、アメリカの人種(黒人)問題だけでなく、アパルトヘイト後の南アフリカで黒人を対象に行なわれているアファーマティブアクションでも起きている。
カースト制はインド特有の宗教や文化ではなく、「差別のない社会をいかにつくるか」というグローバルな課題の困難さを象徴してもいるのだ。【2017年5月25日 橘玲氏 「橘玲の世界投資見聞録」】
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上記“カースト制の本質は「人種差別」”という主張がどこまでオーソライズされた見解かは知りませんが、”被差別層が必ずしもカーストの撤廃を求めているわけではない”というインド建国時の経緯と現状分析は非常に参考になります。
【多くのダリットからも差別される「ムサハール」(ネズミを食べる人)】
カースト制のもので差別を受けるダリットですが、どんな差別を受ける者であっても、人間は見下す者をつくり出し差別する生き物であり、ダリットからも差別を受ける人々が存在するとのことです。
****印カースト最下層にさげすまされる社会集団「ネズミを食べる人」****
インド・ビハール州に住むペカン・マンジーさん(60)は、ちょろちょろと腕を這いあがってくるネズミのすばしっこさに苦労させられたようだったが、何とか捕らえて地面に押さえつけ、その頭部を数回叩いて殺した──。
(中略)ペカンさんは、インドで最も疎外された社会集団の一つ、「ムサハール(Musahar)」に所属する一人だ。約250万人いるムサハールの人々は別名「ネズミを食べる人」と呼ばれ、カースト(身分制度)の最下層「ダリット(Dalit)」からもさげすまれている。
近所の住民、28歳のラケシュ・マンジーさんは自らの暮らしを嘆き、「1日中何もせずに家で座っている。農場で仕事がある日もあるが、他の日は何も食べないか、ネズミを捕って手に入るだけの穀物と一緒にそれを食べる」と説明した。
ペカンさんはこんがりと焼けたネズミを火から下ろし、肉の柔らかい部分をつつきながらこう語った。「国や州の政府は変わったのかもしれないが、われわれにとっては何も変わっていない。これまで通り食べて、生きて、眠るだけ。先祖たちと同じように」(中略)
こうした状況について、ビハール州で2014年にムサハールとしてインド初の州首相に就任したジタン・ラム・マンジー氏は、「われわれの生活や将来を変えられるのは、教育の他にない」と語る。
「私の出身コミュニティーは非常に虐げられてきた。政府の記録にさえ実際の人口は記載されていないと思うが、ざっと800万人はいるだろう」
マンジー氏がインド最大の人口を抱えるビハール州のトップを9か月間務めたことは、ムサハールにとって大きな前進だったと考えられている。(後略)【1月6日 AFP】】
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なお“ムサハール”と“ダリット”の関係については、“国内に29あるダリットの中でも最下層と言われる「ムサハール」(野ネズミを捕る人々)”【2014年8月24日 「カトリック新聞」】とも。