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(ロヒンギャ難民キャンプ【12月19日 PR TIMES】)
【難民キャンプで深刻化する人道危機】
昨年アジアで起きた大きな問題のひとつが、ミャンマー西部ラカイン州でのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する民族浄化と国際批判される迫害の問題でした。
周知のように、65万人ほどのロヒンギャ難民が隣国バングラデシュに流入して越年する事態となっています。
経済的に、自国のことだけでも手が回らないバングラデシュですから、食糧や環境など、大量の難民が厳しい状況に置かれていることは誰しも想像に難くないところです。
実際、人道危機の状況が伝えられており、ミャンマーへの帰還が進まないなかで事態は深刻化しています。
****ロヒンギャ難民の子供、4分の1が栄養失調で命の危機 ユニセフ****
国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)は22日、ミャンマーからバングラデシュに逃れたイスラム系少数民族ロヒンギャ難民のうち、5歳未満の子供の4分の1が、生死にかかわる深刻な栄養失調に陥っていると発表した。
今年10月22日から11月27日の間に3回実施された調査の結果、過密状態にある難民キャンプに収容された乳幼児の約25%が急性栄養失調となっていることが分かったという。
スイス・ジュネーブで記者会見したユニセフのクリストフ・ブリアラク報道官は「調査を受けた子供たちの半数近くが貧血、40%が下痢、最大60%が急性呼吸器感染症を患っている」と述べた。
ミャンマーのラカイン州では、軍事作戦によって今年8月以降に難民化したロヒンギャの数が65万5000人を超えており、うち約半数が子供となっている。国連(UN)は、この軍事作戦は民族浄化であるとの見方を示している。【2017年12月23日 AFP】
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食糧不足だけでなく、衛生環境の劣悪さからの感染症も当初から懸念されていましたが、現在、ジフテリアが蔓延する状況となっています。
****ロヒンギャ難民に感染症広がる=人道危機、深刻に―バングラ****
ミャンマー西部ラカイン州で迫害を受けたイスラム系少数民族ロヒンギャが、隣国バングラデシュに大量脱出を始めてから4カ月超が経過した。ロヒンギャ難民の数は推計65万人超。
過密で衛生状態が悪化した難民キャンプでは、「予防接種で防げる」(専門家)はずの感染症ジフテリアが子供らの間で広がり、死者も増えており、人道危機は深刻度を増している。
バングラデシュ南東部コックスバザール周辺には約10カ所のキャンプがある。国連児童基金(ユニセフ)などによると、昨年11月中旬以降に難民キャンプ内で確認されたジフテリア感染が疑われる症例は3000件以上に達し、28人が死亡した。死者の約半数は子供だ。
発症した子供らは、ラカイン州で予防接種を受けていなかった可能性が高い。現場で支援に当たるユニセフの日本人職員、ロビンソン麻己さん(38)は喉の腫れや発熱を引き起こすジフテリアについて、「通常、致死率は5〜10%ほど。日本にいれば死亡例はあまり聞かないと思う」と指摘。他国での勤務経験がある同僚の医師も「実際の感染者はめったに見ない」と語る。
ロヒンギャの大量流入で、キャンプの衛生施設整備などの支援が追いつかないことも、病気の流行に拍車を掛けている。「テントはあっても、その中で地面に直接座って生活せざるを得ず、トイレなどの排水がすぐそばを流れている場所もある」(ロビンソンさん)という。
ミャンマーとバングラデシュ両政府は昨年11月、ロヒンギャの早期帰還で合意、今年1〜2月には帰還事業が始まる予定だ。だが、ラカイン州では多くの家が燃やされたとされ、帰還後もロヒンギャの生活環境の改善は大きな課題となる。
ロビンソンさんは「バングラデシュは日本から遠く、なかなか伝わらないが、問題は悪化している」と強調。支援の継続を呼び掛けている。【1月6日 時事】
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熱帯地域にあるバングラデシュですが、今年は史上最低レベルの寒波にも襲われ、8日は国内の数か所で、2.6度まで冷え込んだと報じられています。
この寒波の影響で北部では少なくとも9人が死亡しています。【1月8日 AFPより】
難民キャンプがある地域は南部ですので上記のような寒波はないとは思いますが、粗末なテント暮らしのロヒンギャ難民への影響も懸念されます。
【帰還作業を急ぎたいバングラデシュ政府】
いずれにしても、難民キャンプは飽和状態で、地元住民の負担や不満も高まっています。ロヒンギャが国内のイスラム過激派組織に勧誘される恐れなど治安上の懸念も指摘されています。
バングラデシュ政府には大量のロヒンギャ難民は“重荷”ともなっており、以前批判を受けて立ち消えとなった無人島への移送計画も浮上しています。
****<ロヒンギャ難民>バングラ、治安に懸念 無人島に10万人****
バングラデシュは、隣国ミャンマーで武力衝突が発生しロヒンギャ難民が急増した8月以降、国境を開放し、60万人超を受け入れた。だが、難民流入による治安悪化に対する国民の懸念は強い。
政府が推進中の無人島に難民を一時期移住させる計画は、ミャンマーへの帰還作業が難航した場合に備え、難民を「隔離」することで国民の批判をかわす狙いがありそうだ。
バングラは1978年と92年、ミャンマーと難民帰還の合意を交わし、これまでに約24万人を戻した。両国は先月、今回の難民危機を受け改めて帰還に向けた覚書を交わしたが、ミャンマー側は難民に紛れたロヒンギャの武装勢力は受け入れを拒否する方針を示しており、難民の選定作業は難航が予想される。
ロヒンギャ難民を巡っては、難民キャンプが麻薬の密売や人身売買など「犯罪の温床」とも言われてきた。またロヒンギャの武装組織の戦闘員は10月、毎日新聞の取材に対し、難民キャンプに「少なくとも30人のメンバーがいる」と証言、当局が警戒を強めている。
無人島移住計画は法王訪問直前の先月28日、政府に承認された。地元メディアなどによると、約2億8000万ドル(約315億円)をかけてベンガル湾のテンガルチャール島に居住区を整備し、2019年までに約10万人を移送するという。
この島は06年、本土から約60キロ沖合に土が堆積(たいせき)してできた。広さは約3万ヘクタールだが、雨期にはサイクロンや高潮のため大部分が水没すると言われる。
15年から計画の検討が始まったが、「非人道的」との批判を受け棚上げになっていた。今回の大量の難民流入で再浮上した格好だ。
ダッカ大のデルワル・ホセイン教授は無人島計画について「(ロヒンギャ難民は)地元経済や治安への影響は大きく、将来的にはテロの懸念もある。政府は住民の不安を考慮したのだろう」と話す。
また、難民の帰還条件としてミャンマーでの居住証明が必要だとするミャンマー政府の立場は、身分証を持たずに逃れた多くの難民が除外されると指摘し「本当にミャンマーが帰還を望むならば条件を緩和すべきだ。政治的意思がなければ解決しない」と語った。【2017年12月2日 毎日】
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“地元紙によると、政府高官は約10万人を移送する方針を示した。政府は12月から島で住居や道路、水道などのインフラ整備を始め、移送は来年5月ごろに始めたい考えだという。ロヒンギャの帰還後には、バングラデシュの貧困層の居住地区にする可能性もあるという。”【2017年11月29日 朝日】とも。
ただ、半年ほどで準備を進めるのは現実的ではなく、また移住を強行したり、移住後に災害がおきたりすると国際的批判を浴びることにもなるので、移住計画は難民に厳しい国内世論向けの“総選挙前のポーズ”にすぎないとの指摘もあるようです。【上記朝日より】
ただ、難民による無秩序な伐採による環境破壊、避難民の一部が安い賃金で道路工事やバイクタクシーの仕事を始めたことで、地元の人の賃金が下がり始めるような事態など、地元住民との軋轢が高まっているのも現実です。
****バングラ側にも焦り****
ロヒンギャの人たちの帰還について、両国政府は(2017年11月)23日、2カ月後から手続きを始めることで合意書を交わしたが、文書は公開されず、具体的な方法は不明のままだ。
90年代の当時の軍事政権の迫害で、25万人以上がミャンマーからバングラデシュに逃れた際は、92年に両国が帰還手続きに合意し、多くが帰還した。
ミャンマー側はこの時の合意に沿って「ミャンマー国内に居住を証明する身分証」を持つロヒンギャを受け入れるとしている。
しかし、今後同じ事態を避けたいバングラデシュ側は、ロヒンギャの国籍認定にまで踏み込んだ明確なルール作りを求め、綱引きは続く。
「1年以内の帰還完了」を求めるバングラデシュ政府側には、早期に問題を解決したい事情がある。
「長引けば来年末の総選挙でロヒンギャ問題が争点になる」と同国首相府の幹部は取材に明かした。国民の不満が高まれば政権への打撃になりかねず、同国のハシナ首相も「(ロヒンギャ問題は)重荷になっている」と焦りを隠せない。
バングラデシュ政府による正式な「難民認定」作業も進まない。IOMの担当者は、「居住が長期化することを恐れているからではないか」とみている。
ミャンマー側も、ロヒンギャが元の村に戻れる環境作りを進められていない。難民の動きを調査しているIOMやUNHCRによると、帰還したいと希望する難民はほとんどいないという。UNHCRの担当者は、「治安への不安から、数年キャンプで暮らすと話す人が多い」と話す。【2017年11月28日 朝日】
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バングラデシュ政府は昨年末に、10万人の帰還を1月中に始めることを発表しています。
ミャンマー政府は、の帰還受け入れを1月23日から実施する予定とも報じられています。
****ロヒンギャ10万人のミャンマー帰還を1月中に開始へ 帰還拒否で調整難航も****
ミャンマー西部ラカイン州からイスラム教徒少数民族ロヒンギャが隣国バングラデシュに大量に流入している問題について、バングラデシュ政府は30日までに、難民のうち10万人が1月中に本国への帰還を開始できる見込みであることを明らかにした。
ただ、ミャンマーに戻ることを拒否する難民も多く、順調に手続きが進むかは不透明だ。
英字紙ダッカ・トリビューンなどが伝えた。両政府は11月23日にロヒンギャの平和的な帰還で合意し、方法などを協議していた。
バングラデシュのオバイドゥル・カデル運輸相によると、今月29日に第1陣となる10万人分のリストをミャンマー側に手渡したという。バングラデシュ政府は難民を記録したデータベースを作成済みで、2016年以降にバングラデシュに移り住んだロヒンギャが帰還の対象となる見通し。(後略)【2017年12月30日 産経】
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【国軍襲撃事件で帰還作業は更に難航か】
帰還に関しては、ミャンマー側がミャンマーでの居住証明が必要だとしていることや、多くの難民が帰還後の治安への不安から帰還を望んでいない等の問題がありますが、ここへきてラカイン州でのロヒンギャ武装勢力による国軍襲撃事件が起きており、帰還作業への影響が懸念されています。
****武装組織がミャンマー軍襲撃、ロヒンギャ軍が犯行声明 難民帰還作業に影響も****
ミャンマー西部ラカイン州で国軍の車両が武装集団に襲われる事件があり、昨年8月に治安当局と衝突したイスラム教徒少数民族ロヒンギャの武装集団の中核組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)が7日、犯行声明を出した。
ミャンマー政府は、隣国バングラデシュに渡ったロヒンギャ難民の帰還受け入れを23日から実施する予定だが、ARSAと国軍の衝突が再び拡大すれば、帰還作業などに影響が出る可能性がある。
襲撃は5日午前、ラカイン州北部の中心都市マウンドー郊外であり、現地メディアによると、兵士6人が負傷し、うち1人は重傷。兵士を移送中の車両が遠隔操作の地雷とみられる爆発物で攻撃された後、近くで待ち伏せしていた武装集団から銃撃を受けた。
犯行声明は、ARSAの掃討作戦を昨年9月5日以降は停止したとのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相の説明が「あからさまな嘘」だと批判。ミャンマー国軍によるロヒンギャの女性や子供への「無差別殺人」が続いているとして、国軍への攻撃を正当化した。【1月7日 産経】
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事件を受けて国軍の掃討作戦が再び激化すれば、もともと受け入れ態勢が整っていなかった難民帰還は更に困難となります。そうした危険な場所に帰りたい難民は多くはないでしょう。
ただ、“帰還したいと希望する難民はほとんどいない”【前出 朝日】とは言うもの、国軍の暴力さえ収まれば一日も早く帰還したいとして、バングラデシュ側の難民キャンプにも入らず、国境の緩衝地帯で帰還を待つ人々も多くいるようです。
****<ロヒンギャ>少しでも母国近くに ミャンマー帰還うかがう****
60万人を超えるミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」難民が流入したバングラデシュ南東部コックスバザール郊外のトンブルライト。
浅い小川の向こうに、ビニールシートで作られた粗末な小屋が並んでいるのが見える。避難してきたロヒンギャが暮らすキャンプだ。「ここから先はだめだ」。バングラ側から小川を渡ろうとすると、国境警備隊員に制止された。「川の真ん中が国境で、その先はミャンマーだ。外国人は行ってはならない」
国境である川と、ミャンマー側が設置した国境フェンスとの間は「ゼロポイント」と呼ばれる緩衝地帯だ。幅数十メートルのわずかな土地に、約6000人が暮らす。多くはミャンマー国境近隣の村から逃れ、帰還のチャンスをうかがう人たちだ。
「私の母国はミャンマーだ。他国に住みたくはない。ここなら母国の空気が吸える」。ミャンマー西部ラカイン州の村から逃れてきたムハンマド・アリフさん(42)はバングラ側で取材に応じ、緩衝地帯にとどまる理由をこう語った。
ロヒンギャの武装集団とミャンマーの治安部隊との武力衝突が起きた8月25日未明。アリフさんは突然の銃声にとび起きた。「戦争か?」。妻と母、4人の子供を外に連れ出し、近くの森に隠れた。
村は軍の掃討作戦の対象になったとみられ、その日朝に戻ると、家は焼かれていた。再び森に戻った後、27日の夜を待ってミャンマー側の国境フェンスを乗り越えたが、川岸でバングラの国境警備隊に制止された。緩衝地帯で数日過ごした後、警備隊は国境を開放したが、ここに残るのも選択肢に思えた。
ただ、緩衝地帯での暮らしは楽ではない。国境開放後、住民は小川を越えてバングラ側で買い物や支援物資の受け取りができるようになったが、近くには医療施設もない。それでも、バングラ内のキャンプへ向かう住民は少ないという。
「我々がバングラのキャンプに行かないのは、恒久的な難民になりたくないからだ」。緩衝地帯のキャンプリーダー、ムハンマドさん(51)はこう語り、母国への帰還実現に期待を示す。一方で、ミャンマー政府への不信感も強い。「帰還するにあたっては、ミャンマー政府に奪われた国籍が我々に与えられ、身の安全も保障されることが必要だ」と訴える。
国境の小川沿いを歩くと、難民の小屋の奥にミャンマー側が設置したフェンスが見えた。その向こうに赤いシャツの人影がのぞく。「ミャンマー軍だ。ああやって時々、監視に来る」。ムハンマドさんが吐き捨てるように言った。【2017年12月26日 毎日】
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ミャンマー側にも、バングラデシュ側にも正式に把握されていない、こうした緩衝地帯で待つ人々の帰還を、ミャンマー政府がすんなり受け入れるのでしょうか?難しいようにも思えます。
【声が聞こえてこないスー・チー氏】
ラカイン州での治安状況の安定にしても、難民の帰還作業にしても、非常に難しい作業ではありますが、これまで同様、この問題に関するスー・チー国家顧問の声が聞こえてこないのは非常に残念なことです。
****U2ボノ氏、スー・チー氏は「辞任を」 ロヒンギャ問題で姿勢転換****
ミャンマーでイスラム系少数民族ロヒンギャが迫害を受けているとされる問題で、アイルランドのロックバンド「U2」のボーカル、ボノ氏は、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問は辞任すべきとの見解を示した。ボノ氏は自宅軟禁下にあった当時のスー・チー氏の支持者として知られていた。
ボノ氏は、米情報誌ローリング・ストーン最新号に掲載された同誌創刊者のジャン・ウェナー氏とのインタビューで、ロヒンギャをめぐる状況を考えると「吐き気がする」と表明。
「あらゆる証拠が示していることを信じられず、本当に気分が悪くなった。だが、民族浄化は実際に起きている。それを知っている彼女(スー・チー氏)は退陣しなければいけない」と語った。
また、スー・チー氏は辞任すべきかをあらためて問われると、「最低でも、もっと意見を発信すべきだ。それで人々が聞く耳を持たなければ、辞任すべきだ」と語った。
一部の専門家らは、仏教徒が多数を占めるミャンマーではロヒンギャに嫌悪感を抱く人が多いことから、スー・チー氏は政治的リスクを取らない判断をしたとみている。また、同氏はいずれにせよ軍を統率する立場にはないとの見方もある。
ボノ氏はこうした見方について、「彼女は国を軍政に戻したくないのかもしれない。しかし、状況が私たちの見解通りなのであれば、彼女はすでに国を軍に渡している」と述べた。【2017年12月29日 AFP】
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もちろん、スー・チー氏の立場に立てば・・・という話はありますが、軟禁状態を脱して彼女が今の地位にあるのは、人権問題に関する強い国際世論があったからです。ロヒンギャ問題で同様の国際世論に“内政干渉”として苛立つ今の姿勢はいささか・・・・。