孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

この頃中国社会で流行るもの 「喪文化」「喪茶」に「仏系」

2018-01-28 21:37:42 | 中国

(「喪茶」メニュー 【https://matome.naver.jp/odai/2151304151064361001】)

自虐・自嘲の「喪茶」 人民日報は「精神的な麻薬」と批判
よく言えば“成功を目指してアグレッシブに挑戦する姿勢”、悪く言えば“手段を選ばず、モラル・ルールも無視して・・・”といったイメージが強い中国人・中国社会ですが、“中国の若者の間では2016年ごろから、自虐や自嘲といった若者の心理を表した「喪文化」が流行している”という興味深い記事が。

****自虐的な若者の「喪文化」 慰めか現実逃避か****
「役に立たず無為に過ごす紅茶」「命の無駄遣い緑茶」「家が買えないアイスレモンティー」……。悲しい名が付けられたお茶を出すのは、「喪茶(SungTea)」という飲料店。

白と黒を基調にデザインされた「喪茶」の店内のメニューには、「頑張れ、君が一番太っているラテ」「元彼の方が私より幸せ紅茶」など、後ろ向きな文言が並んでいる。
 
中国の若者の間では2016年ごろから、自虐や自嘲といった若者の心理を表した「喪文化」が流行している。

西北民族大学民族学・社会学学院の常進鋒講師は、「『喪文化』は退廃的で悲観的な情緒と色彩を帯びた言語や文字、絵などのサブカルチャーの一種だ」と説明する。(後略)【1月28日 東方新報】
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いかにも正規メディアらしく(「東方新報」は在日中国人向けのメディア。おそらく中国当局公認の立ち位置でしょう)面白くないので省略しましたが、あえて、その“大人視線”からの“指導の心にあふれた”論評の一部を紹介すると、以下のようにも。

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若者は学業や職場、物質面や感情など、さまざまな面で常に競争の中にいる。時に挫折したり、落ち込んだりするのは正常なことだ。成長の過程では避けて通れない立ち向かうべき問題だ。

普段の生活の中で深く傷ついた時、「喪文化」はもしかすると若者にとっては慰めとなるのかもしれない。もちろん、後ろ向きの状態が続き、現実から逃避したり、開き直ったりして「人生なんて意味がない」とねじ曲がった価値観を持つようなことは危惧すべき点だ。

「喪文化」を批判するのではなく、若者が勇気を持って積極的に「喪」から脱け出して社会的責任を果たし、思い描いたようなすばらしい生活を勝ち取ることを応援することが重要だ。

若者が学業や仕事、恋愛や結婚などの現実にストレスを感じていたら、手を差し伸べてやり、今後の人生がもっと明るくなるように一緒に歩んでやることが大切だ。【同上】
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「はい、はい、わかりました」といった感じの論評ですが、この「喪文化」について検索すると、以下のような記事も。

中国の厳しい競争社会、ハードルが高くなる一方の現実、親など周囲からの重荷となるような期待、開けぬ明日への展望・・・そうしたものを反映した若者サブカルチャーの一種のようです。

****中国ミレ二アル世代にまん延する自虐的「喪の文化****
9月5日、将来に大きな期待を抱いていた中国の相当な数の若者が、希望を失い、ソーシャルメディア上で「喪」と呼ばれる態度を示している。

中国の(2000年代に成人あるいは社会人になる)「ミレニアル世代」にとって、今後のキャリアや結婚についての見通しは暗い。

彼らは、「何も達成できないブラックティー」、「元彼(女)の方がいい生活をしているフルーツティー」など奇妙な名前のお茶を、苦い思いを抱きつつ啜っている。

さまざまな種類のお茶を提供するカフェチェーン「喪茶」のメニューは冗談半分だが、そこに反映されている感情は深刻である。将来に大きな期待を抱いていた中国の相当な数の若者が、希望を失い、ソーシャルメディア上で「喪」と呼ばれる態度を示している。「葬式」を意味する漢字に由来する、意気消沈を示す言葉だ。

多くの場合、皮肉に満ちた敗北主義を楽しむ「喪」の文化は、インターネット上の著名人や、音楽や一部の人気モバイルゲーム、テレビ番組、悲しい表情の絵文字や悲観的なスローガンによって人気に拍車がかかっている。

数年前と比べて好調とは言いがたい経済において、この文化は、好条件の就職を巡る苛酷な競争に対する反動と言える。

中国では以前から住宅の所有がほぼ結婚の必要条件のように思われているが、集合住宅の価格が急騰するなかで、主要都市では住宅がますます購入しにくくなっている。

「今日は社会主義のために戦いたいと思っていたけど、あまりに寒いのでベッドに寝転がって携帯電話をいじっている」

「喪」の文化を代表するネット著名人の1人であるZhao Zengliangさん(27)は、ある日の投稿でこう書いた。また別の投稿では、「明日起きたら、引退の日だったらいいのに」と書いている。

だが、こうした皮肉に満ちたユーモアは、この国を支配する中国共産党には通じない。
共産党機関紙の人民日報は8月、喪茶を「精神的な麻薬」を売っているとして非難。論説のなかで、「喪」の文化は「極端で悲観的かつ希望のない態度であり、憂慮と議論に値する」と表現した。

「立ち上がり、勇気を出そう。喪茶を飲むことを拒否し、正しい道を歩み、今日的な闘争心を持って生きよう」と人民日報は呼びかけている。

本記事について、中国国務院新聞弁公室にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

「喪」の文化はポーズや気取りかもしれないが、高学歴の若者の一部に見られる絶望感は、安定性を重視する習近平国家主席とその政権にとって大きな懸念事項である。

5年に1回開催される今秋の党大会が近づくにつれ、メディアやインターネットへの検閲・取り締まりが強化されているが、ネット上の視聴覚コンテンツに「前向きな活力」を求める規則が6月に発布されたことを受けて、その対象は消極的な言説にまで広がっている。

6月後半、半人半馬の元喜劇俳優を主人公とする米国のアニメシリーズ「ボージャック・ホースマン」が中国のオンライン番組配信「愛奇芸(iQiyi)」から削除されたことについて、若いネット市民の一部から不満の声が上がった。同シリーズは、主役の自己嫌悪と冷笑的な姿勢で「喪」世代に人気を博していた。

短文投稿サイト「微博(ウェイボー)」を使用するビンセントと名乗る27歳のユーザーは、このニュースを伝える投稿に「前向きな活力なんてどうでもいい」とコメントした。(中略)

中国ネットサービス大手の騰訊控股(テンセント・ホールディングス)<0700.HK>は、「喪」の文化に対する反撃に着手している。

同社は「燃」という中国語(字義通りでは「燃える」という意味であり、楽観主義という含みがある)を軸として、「あらゆる冒険は生まれ変わるチャンス」などのスローガンを掲げる広告キャンペーンを開始した。

<「一人っ子世代」の悲哀>
だが、「喪」の文化を崩していくのはなかなか難しい。

「喪」は、成算や労力の多寡を問わず目標を達成しようとする、現在繁栄している中国の都市文化に対する反乱でもある。これに結びついているのが、成功を期待する社会・家庭からの強いプレッシャーである。

一人っ子政策世代の一員として、高齢化する両親や祖父母を扶養することを期待されているという事情がこれには通常伴っている。(中略)

18歳から35歳くらいまでの中国ミレニアル世代の人口は、約3億8000万人。先行世代には思いもよらなかったような機会にも恵まれているが、彼らが抱いていた希望は実現困難になりつつある。

今年、大卒者の平均初任給は16%下落し、月4014元(約6万7000円)になった。国内大学の卒業者が過去最高の800万人(1997年の10倍近い)に達し、就職競争が激化しているためだ。

Zhaoping.comの調査によれば、エリート層である「ウミガメ」(多くは多額の費用をかけて海外留学し帰国した者)でさえ、2017年卒業者の半数近くは、月6000元を下回っている。回答者の70%は、給料が「期待を大きく下回る」と答えている。

マイホーム購入はほぼ中国全土で共通する夢だが、北京、上海、深センといった大都市で、より高級な住宅への住み替えはますます難しくなりつつある。

中国不動産関連サイト最大手のFang.comによれば、北京の中古住宅市場では2016年に価格が36.7%も跳ね上がり、2寝室の平均的な住宅価格は約600万元(約1億円)に達した。

これは同都市の住民1人あたり平均可処分所得の約70倍である。ちなみにこの比率は、ニューヨーク市では25倍に満たない。

Ziroom.comによれば、北京の賃借人は推定800万人で、その大半がミレニアル世代とされているが、E-House China R&D Instituteの調査結果では、1人あたり家賃の中央値が過去5年間で33%上昇し、6月には月2748元に達したという。これは同市の所得中央値の58%に相当する。

こうした住宅コストの上昇によって、中国の若年労働者は市の周縁部に住まざるを得ず、ストレスの多い長時間通勤を強いられる場合が多い。

このような経済的圧迫は、中国若年層の晩婚化にもつながっている。東部の主要都市である南京では、公式統計による初婚年齢の中央値が、2012年の29.9歳から、昨年は31.6歳に上昇した。

<高まる期待>
「喪」の世代と対照的なのが、それ以前の数十年間、中国経済が2桁成長を続けていた時期に成人した世代の楽観主義である。この世代は、より厳しい時代を経験した「吃苦」世代である両親・祖父母にとっては夢でしかなかったようなキャリア展望と生活向上への期待をモチベーションとしてきた。

「わが国のメディアと社会は、あまりにも多くのサクセスストーリーを私たちに押しつけてきた」とZhaoさんは言う。

Zhaoさんはロイターの取材に対し、「『喪』は、伝統的な『成功』の実現を求める社会の容赦ない圧力に対する、静かな抵抗だ。自分にはそれは無理だ、と認めることだ」と語った。

中国政府傘下のシンクタンク、中国社会科学院の研究者らが6月、国内の大学生200人を対象に行った調査では、これは鬱憤(うっぷん)をためたヤングアダルト層にとって不満のはけ口が不足している兆候でもある、と結論づけている。

「インターネットそのものは彼らにとってプレッシャーを解放する経路になっているが、検閲があるために、大っぴらに不満をぶちまけることは不可能になっている」と、社会科学院のXiao Ziyang研究員は指摘。「社会問題を防ぐには、政府が世論のコントロールを行う必要がある」と同研究員はロイターに語った。(後略)【2017年9月12日 Newsweek】
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「吃苦」世代から楽観主義世代へ、そして「喪文化」という流れ、海外留学者を指す「ウミガメ」という呼称、絶望的な賃金・住宅価格の現状、ネット規制で不問のはけ口がない状況・・・・等々、面白い話です。

人民日報が「喪茶」を「精神的な麻薬」と非難するのも面白いですが、“ネット上の視聴覚コンテンツに「前向きな活力」を求める規則”というのは笑えない話です。

反対意見、異論を認めず、すべてが党指導の意に沿うように仕向けることは、閉塞的で息苦しい社会をつくるだけです。

【「仏系」の人々は何も欲しない。なぜならば何も期待しないからだ。すべてを受け入れる。】
日本でもひところ“草食系”という言葉がはやりましたが、以下の「仏系」は中国版“草食系”のようです・
そして「喪文化」とも同根のようにも。

****中国の「仏系」ミレニアル世代、穏やかで十人並みがモットー****
中国の指導者は、一生懸命働き大きな夢を抱けと市民たちを鼓舞する。だが、ミレニアル世代の中には、ずっと十人並みであり続けることを宣言する若者たちがいる。
 
この若い世代は「仏(ほとけ)系」の若者たちと呼ばれている。何も経を読むわけではない。穏やかで、なるように任せるという姿勢で人生に臨むその様子からそのように呼ばれているのだ。

「人生はとても疲れる」と語る23歳のグオ・ジアさんは「仏系」について、「自分の力で変えられないことを受け入れ、流れに従っていく」人のことだと説明する。
 
中国の若い努力家たちの多くと同様、グオさんは自分自身に課した大きな期待に応えるために首都・北京にやって来た。しかしその当初から、就職した金融関係の仕事から地下鉄での通勤まで、あらゆることに不安を覚えていたという。
 
それから1年以上を経て、グオさんは物事をあるがままに任せることに安らぎを見出すようになった。「最近はほぼ穏やかで平静です。人生に満足を感じれば、それで十分です」と心情の変化について明らかにした。

「中国の夢」なる理念の周りに、特に若者を結集させようと習近平国家主席が奮闘している中国で、このような発言が聞かれるのはなんとも奇妙ではある。(中略)
 
例えば「仏系の乗客」は、配車サービスの「滴滴」の運転手に自分がいる場所を説明するよりも自ら歩いて車両のある場所まで行くこと選び、「仏系のネット通販利用者」は嫌いなものでも送り返さず、「仏系の労働者」は「職場に無事到着し、静かに家に帰る」ことを何よりも望んでいる、といった具合だ。

「仏系」の人々は何も欲しない。なぜならば何も期待しないからだ。勝っても負けても不運でも幸運でも、すべてを受け入れる。
 
長年の一人っ子政策と経済の急成長は中国の若者らに、学業で成功を収めて社会で出世しろと多大な圧力をかけてきた。

表面的には彼らは「普通」の生活を送っている。同僚とランチを食べ、週末にはスポーツに興じる。でも「仏系」の若者たちは何事につけても、やり過ぎることを警戒している。
 
グオさんは数か月前に突然、自己改善しようと思い立った。定期的にジムに通ってテニスをし、ビジネススクールの入試勉強を始めた。だがその1か月後、頭痛と鼻水に悩まされるようになった。

「すぐさま食べたいものを食べて、好きな時だけ運動をする元のやり方に戻しました。そうしないと疲れすぎるから」 【1月28日 AFP】
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「仏系」という呼称は、もともとは日本の「仏男子(ぶっだんし)」に由来するそうです。

****中国で増える「仏系青年」、ネガティブ?それともただのユーモア****
今年のネット流行語を見ると、特定の人にレッテル貼りをする傾向が読み取れる。中年の人を「脂ぎった」と表現し、若者のことを「仏系」と表現している。(中略)

あなたは「仏系」をどう理解する?
最近、ネット上で「90後(1990年代生まれ)の第一陣がすでに『仏門』に入った」と題する文章が投稿され、「仏系」という言葉が話題になるようになった。

そして、ネットユーザーが「仏系」を使って、いろんな言葉を作っている。そのほとんどが90後の生活と密接な関係がある。例えば、「仏系恋愛」や「仏系大学院受験」、「仏系ゲーム」などだ。

「仏系」という言葉は新出単語ではない。2014年に、日本メディアが、一人で時間を過ごすのが好きで、自分の趣味や生活リズムを大切にし、恋愛などに多くの時間を割きたくない男性のことを「仏男子(ぶっだんし)」と表現したことに端を発している。

中国では17年、「仏系追っかけ」という言葉が、アイドルファンの間で流行した。それは、これまでアイドルの追っかけに熱中していたファンが、トラブルに疲れたのが原因で、怒ったり、けんかしたりしない、平和な追っかけスタイルに変えたことを意味する。

「仏系」という言葉が人気になると、議論も巻き起こった。そして、「すべてのことを『仏系』スタイルで片づけることはできない。生活上のとりとめのないことならどうでもいいが、恋愛は真剣にしなければどうやって実を結ばせることができるのか?真剣に仕事をしなければ、どうやって事業を成し遂げることができるのか?」との声のほか、「これは、90後が気持ちの整理をするために自嘲気味に『仏系』という言葉を使っているだけ」との声も上がった。

ただ、多くのネットユーザーは、「『仏系』という言葉を使って、現実から目をそらし、逃避しているだけでは」と懸念を示している。

「仏系青年」は決してネガティブではない
南京の女子大生・余さんは、「『仏系』という言葉を初めて見た時、まさに自分のことだと感じた。私は、『仏系』とは、いろんなことをあまり追及しすぎないようにすることだと理解している」と語った。

そんな余さんは最近、英語のテスト勉強をしており、「もちろん高い点の方がいい。でも、予想していたほどの成績でなかったとしても、無理にどうこうしたくないし、来年またがんばればいいだけのこと」と「仏系」の心で臨んでいる。 (中略)

最近話題になった「脂ぎった」という言葉が中年の人々の危機を反映しているというなら、「仏系」という言葉は90後の現状を反映していると言えるだろう。

17年、90後の最後の一陣(1999年生まれ)が成人になり、一部の90後は職場でその力を発揮し始めている。学校を出て社会に進出し、現実と理想のギャップを実感し、生活リズムの速さや熾烈な競争が、90後のストレスを増大させている。

そして、戸惑ったり、イライラしたり、自分に自信が持てなくなったりしている90後も少なくない。そのため、ネット上では、自分をネタにするサブカルチャーが人気になり、それが社会にも広がっている。(後略)【2017年12月19日 Record china】
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まあ、何事につけ“反作用”はつきものであり、「喪文化」にても「仏系」にしても、“アグレッシブな中国社会”の反作用のひとつであり、“アグレッシブな中国社会”そのものが変質するものでもないのでしょう。あだ花のようなポーズや気取りに過ぎないのかも。

そうであるにしても、「喪文化」や「仏系」が流行るということで、少し中国社会を身近なものに感じることができる・・・・かも。
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