【1月12日 朝日】
【「アサド大統領退陣」を巡り難航する和平協議 政権存続を既成事実化する政府軍の攻撃】
「IS崩壊後」のシリアに関する和平協議は、国連主導のジュネーブ協議は進まず、ロシア主導のアスタナ協議も成果を出せるか不透明な情勢にあります。
****<シリア>和平停滞 政権と反体制派、大統領退陣折り合わず****
内戦が続くシリアでは国連やロシアなどの仲介で和平の模索が続く。だがアサド政権と反体制派の交渉は「アサド大統領退陣」を巡り停滞したままだ。
1月には北部イドリブ県や首都ダマスカス近郊で反体制派地域への攻撃が激化、民間人死傷者や新たな避難民も発生しているという。30万人以上の死者と500万人の難民を生んだ紛争に終わりは見えないままだ。
和平協議は国連が主導し、スイス・ジュネーブで断続的に続く。だが昨年11月は反体制派が「アサド退陣」を交渉入り条件とし、アサド政権が反発。直接交渉はなかった。
一方、アサド政権を支援するロシアとイラン、反体制派を支援するトルコが主導する協議もカザフスタンの首都アスタナで定期的に開かれている。
昨年は戦闘行為を禁じる「緊張緩和地帯」をシリアに設け、3カ国が監視することで合意したが、戦闘は続く。ロシアは1月中に南部ソチで「シリア国民対話会議」を開く。アサド政権は参加するが反体制派は拒否するという。
一方、反体制派の拠点はほぼイドリブ県のみで、大半がアルカイダ系組織「シリア解放機構」の支配下だ。この組織は昨年1月、「シリア征服戦線」(旧ヌスラ戦線)など反体制派内の複数の非主流派が結集した。
ロシアのラブロフ外相は昨年12月27日、こうしたアルカイダ系組織の掃討を「次の課題」と指摘。アサド政権は現在、イドリブ県などで掃討作戦を強化し、AP通信によれば今月8日にも14村を制圧した。
激しい空爆や砲撃も行われ、在英のシリア人権観測所によると7日以降、21人が死亡。8日には車爆弾で25人が死亡し100人が負傷した。
ダマスカス近郊東グータ地区でも戦闘で12月29日以降159人が死亡したという。今月はロシア軍基地への無人機攻撃やイスラエル軍機による空爆も発生した。
トルコのチャブシオール外相は9日、アサド政権が過激派掃討を口実に反体制派を攻撃しているとロシアとイランの大使に抗議した。
シリア北部では少数民族クルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」(SDF)が勢力を拡大している。隣国トルコは自国内のクルド人組織「クルド労働者党」(PKK)をテロ組織に指定、SDFとPKKの連携に警戒を強めており、衝突も懸念される。【1月10日 毎日】
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和平協議が難航する一方で、軍事的優勢に立つ政府軍は、政権存続を既成事実化するように、残された反体制派支配地域(イドリブ、ダマスカス郊外の東グータ地区)に対する攻撃を、ロシアの支援も受けて強めている状況です。
【政府軍による東グータ地区包囲戦 国連「戦争犯罪の可能性」】
政府軍により包囲戦が4年以上続く首都ダマスカス近郊の東グータ地区については、以下のように。
*****東グータ地区****
シリア首都ダマスカスの約10キロ東にある農業地帯で、内戦勃発以来の反体制派の拠点。広さ約110平方キロ。
2013年秋ごろからアサド政権軍に主要部を包囲され、約40万人が食料や医薬品、燃料の不足に苦しむ。
国連児童基金の昨年11月の調査では子どもの1割強が急性栄養失調状態。重傷・重病者を外部へ搬送できず、600人以上が必要な治療を受けられずにいる【1月12日 朝日】
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****死ぬより苦しむことが怖い 国連「戦争犯罪の可能性」 シリア****
内戦が続くシリアで、アサド政権軍の包囲攻撃を受ける東グータ地区が深刻な人道危機に陥っている。先月末から子どもを含む民間人85人が犠牲になり、国連は「軍事目標と民間人を区別しておらず、戦争犯罪の可能性がある」と警告する。
朝日新聞の電話取材に応じた住民は、爆発音が響く中、「死ぬことよりけがをして苦しむことが怖い」「世界はこの惨状から目を背けないで」と訴えた。
■医師も薬も不足
(中略)東グータ地区の住民の間では、大型爆弾を積んだアサド政権軍のロケット弾をエレファント・ロケットと呼ぶ。命中精度は低いとされるが、命中した建物を全壊させる破壊力がある。
主婦によると、朝から夕方までは迫撃砲とロケット砲による砲撃、夕方から翌午前1時ごろまでは軍用機による空爆が連日続く。
主婦は「みんな死ぬことよりも、けがをして苦しむことを怖がっている」と話す。医師は足りず、救急医療を担うのは医学生だ。4年を超す包囲攻撃でほとんどの医療施設が被弾した。医療機器は足りず、医薬品は底をついた。砲撃や爆撃で手足を負傷すると、切断されることが多い。
■民間人400人犠牲
東グータ地区に暮らす男性(45)は7日未明、自宅を砲撃され、近くの建物の地下室に妻と子ども5人で移り住んだ。電気はなく、集めた木片を燃やして暖を取っている。食事は1日1回のオートミールだけ。
地区では食料を買うために家具や衣服を売る人が多い。表通りにはゴミをあさって食べ物を探す人も目立つ。
男性は「ここでは全てが破壊される。私も体と心が壊れていくと感じる。我々は同じ人間としてではなく、死者として数えられるだけの存在なのか。世界はこの惨状から目を背けないでほしい」と訴えた。
反体制派NGOのシリア人権監視団によると、東グータ地区では昨年11月中旬以降だけで民間人400人近くが死亡、700人以上が負傷した。反体制派が抗戦を続ける理由について、反体制派メンバーの20歳代の男性は「アサド政権は反体制派を虐殺してきた。降伏すれば殺される。死ぬまで戦うしかない」と語る。
ザイド国連人権高等弁務官は10日、声明を出し、「東グータ地区では地上と空から昼夜を問わず住宅地が攻撃されている。軍事目標と民間人を区別する国際人道法の原則が守られておらず、戦争犯罪にあたる可能性がある」と警告した。【1月12日 朝日】
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【安全地帯イドリブへの政府軍・ロシアの猛攻 トルコは抗議するも・・・】
イドリブ県は、アサド政権を支援するロシア、イランと、反体制派を支援するトルコが主導する和平協議で緊張緩和地帯(安全地帯)とされています。
しかし、昨年夏以降、アルカイダ系イスラム過激派組織「シャーム解放委員会」(旧ヌスラ戦線)が、反体制派の有力組織を駆逐して最大勢力となったこともあって、政府軍・ロシアは「停戦対象ではない過激派テロリストと戦っている」ろいう名目で攻撃を続行・強化しています。
****シリア、緩衝地帯でも戦火 北西部イドリブ、43人死亡 政府軍空爆、和平協議後も***
「勢いを増す政権軍のイドリブでの地上戦と空爆で、何十万人もの市民が危険にさらされている」
ザイド国連人権高等弁務官は10日の声明でイドリブ県の状況に強い懸念を示し、市民の保護を訴えた。
シリア内戦は、2016年末に北部の要衝アレッポを制圧した政権軍が軍事的優位を固める。その中で、イドリブ県は反体制派が県全体を支配する最大拠点となっていた。
政権軍はロシア軍の空爆支援を受けながら同県南部と隣接するハマ県北部で軍事作戦を展開。すでにイドリブ県内に足がかりを確保している。
今月7日には同県の県都イドリブで反体制派の拠点を狙ったとみられる爆発があり、反体制派の在英NGO「シリア人権監視団」によると、8日までに市民27人を含む43人が死亡した。
国連人道問題調整事務所によると、一連の戦闘は昨年12月1日から今月9日までに約10万人の避難民を生んだ。同県を含むシリア北西部には約265万人が住むが、うち約116万人は全国から逃れてきた避難民が占める。新たな避難場所の確保は難しい。食料や水、医薬品も不足し、現地は混乱状態に陥っている。(後略)【1月12日 朝日】
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トルコは、政府軍は旧ヌスラ戦線との戦いを口実に反体制派を攻撃していると批判しています。
トルコ外相は、「テロリストがいるという名目で都市全体を爆撃するのはおかしい」として、ロシアとイランに政府軍の攻撃を止めるように求めたています。
****シリア軍の反体制派攻撃阻止を=ロシアとイランに要請―トルコ***
トルコのチャブシオール外相は10日、同国のアナトリア通信のインタビューで、シリア内戦をめぐってロシアとイランに対し、北西部イドリブ県でのシリア軍による反体制派への攻撃を阻止するよう要請した。
シリア和平を仲介するロシア、トルコ、イランの3カ国は昨年9月、戦闘を禁じる「安全地帯」をイドリブ県に設け、3カ国の部隊が監視することで合意。
チャブシオール外相は「ロシアとイランはシリアの(停戦)保証国としての義務を果たすべきだ」と強調。シリア軍は「テロ組織との戦い」という名目で反体制派を攻撃していると指摘、和平協議に悪影響を及ぼすと批判した。【1月10日 時事】
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【トルコ クルド人勢力への本格的攻撃を近日中に開始】
ただ、トルコがどこまで本気でロシア・イランに抗議しているかは疑わしい感も。
トルコの最大の関心事は、アサド政権や反体制派の行方ではなく、シリア北部のトルコ国境沿いで独自の勢力を強めるクルド人勢力を抑えることにあることは、これまでも再三触れてきました。
そして、トルコ・エルドアン政権はクルド人勢力掃討のための軍事介入を本格化させようとしています。
全くの個人的憶測ですが、イドリブにおける政府軍・ロシアの攻撃を黙認する見返りに、北部のクルド人掃討でトルコが介入することをアサド政権・ロシアも黙認して欲しい・・・というのが、エルドアン大統領の“取引”ではないでしょうか。
****トルコ シリア北西部に軍事作戦 近日中に開始****
トルコのエルドアン大統領は14日の演説で、シリアのクルド人勢力、民主連合党(PYD)が掌握するシリア北西部アフリンへの軍事作戦を近日中に始めると語った。トルコメディアが報じた。
軍は国境付近に戦車を配備し、13日以降、トルコ側からアフリンに砲撃が多数行われている。
トルコはPYDを自国の非合法組織、クルド労働者党(PKK)傘下のテロ組織とみて敵視。
米国は過激派組織「イスラム国」(IS)対策でPYDの民兵組織を軍事支援し、トルコの対米関係悪化の要因となっている。
エルドアン氏は新作戦に絡み、米国などがトルコを支援するよう期待すると述べた。
PYDはシリア内戦に乗じてシリア北部一帯に勢力を拡大。アフリン周辺を「飛び地」として掌握し、エルドアン氏らは軍事作戦の可能性を繰り返し警告してきた。【1月15日 毎日】
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【http://blog.goo.ne.jp/aya-fs710/e/5a37bf99d5e8203dbe82479d8c2d7169】
クルド人勢力は自治区確立に向けて“飛び地”状態のアフリンと他の地域をつなげたいところですが、2016年8月にトルコ軍は「ユーフラテスの盾」作戦で越境介入し、そうしたクルド人勢力の拡大を阻止しています。今回作戦は、そのアフリンが標的になるようです。
アサド政権は、トルコの介入も、クルドの独自の動きも、ともに主権を侵害するものとして否定しています。
【アメリカはどこまでクルド人勢力を支援するのか?】
上記にもあるように、アメリカはIS掃討作戦の主力としてPYDの民兵組織を位置づけ、これを軍事支援してきました。
ただ、今後については、NATO加盟国であり、中東の地域大国であるトルコを決定的に怒らせてまで、クルド人勢力を支援することはないのでは・・・、どこかでクルド人勢力はアメリカに見捨てられるのでは・・・と思っていましたが、アメリカとクルド人勢力の協力関係について、やや異なる動きもあるようです。
****トルコ窮地 アメリカはシリア国境に特別部隊****
アメリカ)がSDF(シリア防衛軍=アメリカの傘下でありYPG(クルド人勢力PYDの民兵組織)の関係組織)の戦闘員を訓練して、シリアとトルコの国境に、配備する計画を立て、既にSDF戦闘員の訓練に入っている。
このことは、当然トルコ政府を激怒させている。大統領のスポークスマンであるイブラヒム・カルンは『このことは地域の位置付けを変えてしまう。』とクレームをつけている。実はこの前の段階では、トルコ政府がアメリカ領事を呼び出し、事実説明を求めている。
現在SDFの230人の戦闘員が、アメリカ軍の訓練を受けている。アメリカに言わせれば、彼らは自宅のそばの安全を、確保するために徴用される、ということだ。
アがメリカ軍はこのことについて『もっと多くのクルド人やアラブ人が、シリア・トルコ国境とユーフラテス川東岸の警備に、あたるということだ。』と説明している。
アメリカ軍の計画によれば、SDFの15000人の戦闘員が、この任務につく予定だ。彼らはIS(ISIL)に対抗することが、目的だとされている。なおこのシリア北部には、2000人のアメリカ兵が、駐屯している。加えて、外交官も200人ほどが、駐在しているということだ。*
トルコ政府にしてみれば、このSDFの新組織部隊が、IS(ISIL)対応の目的ではなく、シリア北部のクルド自治区固定(将来的にはクルドの独立)のための、部隊だと考えている。それは同時に、トルコとの間で戦闘を展開する、可能性が高いということだ。
SDFはYPG(クルドの戦闘部隊)と、特別な関係にある。SDFの実質は、クルドのYPGなのだ。アメリカはYPGではトルコ側に対しての、説明がし難いために、クルドやアラブ・トルコマンなどの混成部隊が、SDFだと説明しているのだ。
このSDFからの選り抜きの、戦闘員によって構成される、特別部隊の結成は、アメリカのトルコに対する、明らかな敵意の表れであろう。このことは今後、アメリカとトルコが明らかな、敵対関係になっていくことを、意味しているものだと思われる。
アメリカは既に、シリア北部の10か所以上に、軍事基地を建設しており、長期に駐留する方針であり、その傭兵としてSDFを訓練し、クルド人にこの地域を治めさせることによる、間接統治を考えているのであろう。【1月15日 佐々木 良昭氏 中東TODAY】
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エルドアン大統領が、アフリンへの軍事作戦を本格化させようとしている背景には、アメリカのこうした動きへの怒りもあるのでしょう。
確かに、アメリカとトルコの関係は最近うまくいっていません。
****米・トルコ、ビザ発給を完全再開 対立収束も亀裂残る****
米国とトルコは28日、互いの国民に対する査証(ビザ)の発給業務を約3か月ぶりに完全再開すると発表した。
両国は、在イスタンブール米総領事館の職員がトルコ当局に拘束され、スパイ活動とトルコ政府の転覆を計った罪で正式に訴追されたことをきっかけに、互いにビザ発給を停止。在トルコ米大使館は、トルコ側の措置は「全くメリットがない」ものだと非難していた。
ビザ発給の完全再開により問題は収束した形だが、双方が出した声明では両国間に残る疑念が浮き彫りとなった。(後略)【2017年12月29日 AFP】
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トランプ大統領のエルサレム首都認定発言に対しても、トルコ・エルドアン大統領は激しく批判しています。
そうは言っても、先述のようにNATO加盟国であり、中東の地域大国であるトルコと決定的に対立してまで、クルド人勢力を支援するような選択は、トランプ大統領の“取引”にはなじまないのでは?・・・と、やはり思えます。
IS掃討への貢献に報いる・・・とか、クルド人の民族自決に共鳴する・・・といったことなら別ですが、トランプ大統領はそうしたことには関心はないでしょう。
トルコが本格的軍事作戦を始めたとき、アメリカがどこまでクルド人勢力を支援するのか、非常に注目されます。
【ロシア 無人機攻撃の背後にアメリカがいると非難】
なお、ロシアは空軍基地がイドリブの穏健派支配地域から飛来したとされる無人機によって攻撃された件で、背後にアメリカがいる・・・と怒りを見せています。
****ロシア シリアの空軍基地など無人機で攻撃された****
(中略)ロシア国防省によりますと、攻撃を受けたのは、シリアでいずれもロシア軍が駐留する、フメイミム空軍基地とタルトゥースの海軍基地です。6日、合わせて13機の無人攻撃機から攻撃を受けましたが、いずれも撃墜するなどして被害はなかったとしています。
これについてロシア国防省は9日、声明を発表し、無人攻撃機は何らかの武装勢力によって運用されたという見方を示し、「GPSの誘導にしたがって的確に攻撃が行えるようになるには先進国における訓練が必要だ」としています。
そのうえで「奇妙なことに攻撃があった同じ頃、アメリカの偵察機が2つの基地の周辺を4時間以上にわたって飛行していた」と指摘し、背後には、アメリカを含む高度な技術支援があったのではないかという見方を示しました。【1月10日 NHK】
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トルコの軍事介入をロシアが容認するのかどうかは、こうしたロシアとアメリカの反目も影響してきます。